琥珀色の戯言

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【読書感想】エンターテインメントという薬 -光を失う少年にゲームクリエイターが届けたもの- ☆☆☆☆


Kindle版もあります。

内容紹介
ゲーム業界の片隅で起きた小さな奇跡の物語――!


NARUTO-ナルト- ナルティメット』シリーズや『.hack』シリーズの開発で知られる株式会社サイバーコネクトツー代表取締役社長の松山洋氏によるノンフィクション。
本書は、2006年12月、プレイステーション2用ソフト『.hack//G.U. Vol.3 歩くような速さで』発売直前に松山氏に入った1本の電話をきっかけに、ひとりの少年に出会うところから始まります。
その電話は、目の病気のため眼球摘出手術を受ける少年が、『.hack//G.U. Vol.2 君想フ声』の続きを遊びたい、と望んでいることを告げるものでした。ソフト発売は、手術の9日後。このままでは間に合わない――! そこで、視力を失う少年のもとへ直接ROMを届けに行くという、異例の対応を行った松山氏。10年前当時のことを振り返るとともに、この対応の裏で多くの関係者が動いてくれたことや少年の半生などをこまかに取材し、執筆しました。
ゲーム、エンターテインメントにできることって何だろう? 松山氏とその少年との出会いが、当時の開発スタッフに勇気と希望を与えるものであったこと、そして、エンターテインメントに関わるすべての人々へ伝えたい想いを込めた1冊です。


本書の売上の一部を“がんの子どもを守る会”に寄付いたします。


 この本のあらすじを読んで、映画『ファンボーイズ』を思い出しました。


fujipon.hatenadiary.com


余命わずかな『スター・ウォーズ』ファンが、生きているうちに、なんとか新作を観たいと切望し、周囲の人たちを巻き込んでの騒動になるコメディ映画なのですが、これはフィクションだったんですよね。
 そのフィクションを後追いするように、『フォースの覚醒』公開前には、こんなニュースも伝えられていたのです。

www.afpbb.com


 あらためて考えてみると、著者の松山洋さんたちが、『.hack//G.U. Vol.3 歩くような速さで』をこの「あと3週間で視力を失ってしまう人」に届けたのは、2006年のことですから、『ファンボーイズ』の公開よりも、ずっと前に起こった出来事なのです。
 僕は素直な人間じゃないので、「ああ、お涙頂戴の、手前味噌の美談か」と、斜に構えながら読み始めたのですが、読みながら、こみ上げてくるものがありました。

 あなたに質問です。

 
 これからあなたは目が見えなくなります。そうです。何も見えません。きっちり猶予は3週間。そう、3週間後にあなたは目がまったく見えなくなるのです。親しい友人の顔も、大好きな家族の顔も、何も見えなくなってしまうのです。


 さあ、残された時間で、あなたは何を見たいですか?


 僕だったら、どうするだろうか、と、しばらく考えていました。
 オーロラを一度は観てみたかった、とか、とりあえず『ドラクエ11』をクリアしておきたい(でも、残された時間を考えると、効率が悪いかな……)とか、子どもたちの顔をよく見て覚えておきたい、とか、まあ、いろんなことを思ったのですが、結局、「絶対にこれだけは!」というものは、あんまり無かったんですよね。
 

 著者は、「最後に見たいもの」に自分たちがつくったゲームソフトが選ばれたことに報いようと、周囲の人たちと奔走し、その望みを実現します。
 その後も交流は続いていき、著者は、「エンターテインメントは、生活必需品ではないけれど、豊かに生きるために大事なものである」ことを再認識するのです。

 ヒロシくんから話を聞きながら、”ある日、突然目が見えなくなった人間がそんな簡単に歩けるようになるものだろうか?”と私自身も考えました。


”どれだけの訓練をすれば、真っ暗な世界で音だけを頼りに歩けるようになるんだろう? ましてや、買い物? 電車に乗る? いくら訓練したとしてもできるイメージが湧かない”


 ヒロシくんにそう言ってみると、「いや、僕も最初はやっぱりそうでしたよ。点字などは触りながら覚えられましたが、やはり、歩くという行為がいちばん難しかったですね。指導員の方がそばにいるうちは全然問題ないです。いろいろとそばで指摘してくれるし、何よりこちらの声が届くので。でも、いつまでもそれではだめで、あるタイミングからは自分ひとりで歩いて外に出て、目的地まで向かわなきゃいけないんです。いやー、やっぱり怖かったですよ。ましてや、北海道は雪も降りますからね。あの雪がまた音を消すんですよ。だから、ただ歩くという訓練がいちばんの難題でした」と、本人は笑って答える。


 笑えるところがすごい。いや、これも訓練を積み重ねたあとの”いま”があるからこそなんだろうなあ……。
 ヒロシくんは半年間そういった生活訓練をくり返し、翌年2008年の春から職業訓練を行うコースに進む準備をしていったのだそうです。

 

 この本を読んでいると、人の生きる力と、エンターテインメントが存在する世界のすばらしさを痛感するのですが、読んでいて、考えさせられるところもありました。
 ヒロシさんは、視力障害センターでひとりの女性と出会い、結婚したのです。

 じつはふたりとも、全盲になったときから「自分はこの先、人を好きになることがあったとしても結婚することは無理だろうな」と思っていたのだそう。幸恵さんはヒロシくんからプロポーズの言葉を聞いたときのことを、「まるで”天使の声”に聞こえた」と表現しました。


 やがて、ふたりは夫婦となり、子どもができて”親”になりました。
 幸恵さんは妊娠がわかったとき、心からうれしかったといいます。結婚も子どももあきらめていた自分に、こんな幸せなことが起きるなんて。
 しかし、一方のヒロシくんは複雑な心境でした。もちろん、子どもができたことはうれしい。けれど、同じぐらい不安な気持ちもあったのです。なぜなら、ヒロシくんが全盲者になるきっかけとなった病気、網膜芽細胞腫というのは、50%の確率で子どもに遺伝するといわれていたから……。


 僕はこの部分を読んで、50%って……2人に1人じゃないか……そんな高い確率で、自分が視力を失ったのと同じ病気にかかって生まれてくるというリスクを、子どもをつくる前に考えなかったのか?と思ったんですよ。ヒロシさんがあらかじめ知っていたどうかはわからないのだけれど。
 そして、「病気が遺伝する可能性が高いから、あなたは子どもを作るのはやめた方がいい」と、誰かに言う権利がある人間がいるのか、と自問自答もしたのです。僕は傲慢ではないのか。
 しいて言えば、その生まれてきた子ども自身、ということになるのでしょうけど、生まれてこなければ、そんな悩みそのものが生じる機会すらありません。
 先天的なトラブルを抱えた子供が生まれる確率は、誰の場合でも、けっしてゼロにはならないのだし。
 生まれた子供はどうだったかというと……それはここでは書きませんが、その結果によって、良かった、悪かったと判断するようなものじゃないですよね、これは。


 あと、この発売前のゲームを贈る、というプロジェクトを陰からサポートをしてくれた人の話も出てきます。
 この話の「真ん中」にいたはずの著者でさえ、この本のための取材をしなければ、知らずに済ませていたかもしれません。
 世の中には、本当に、見えないところで、すごいことをしている人がいるのだよなあ。
 その一方で、「発売日前のゲームを誰かにプレゼントすることによる情報漏洩のリスク」や「同じような立場の人が他にいるかもしれないのに、特定の人を『贔屓』するのが正しいのか?という疑問」が社内にあったことも紹介されています。
 この本を読んでいると、著者やヒロシさん側に肩入れしてしまうのですが、これらの反対意見や問題提起は、けっして理不尽なものではありません。

 
 それでも僕は、こういう「美談」が存在する世界は、リスク回避ばかり考えている社会よりも、少しは楽しいのではないか、と思うのです。
 目の前の人を幸せにしようと思わない人が、世界中の人を幸せにできるわけがないのだから。


fujipon.hatenablog.com

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