琥珀色の戯言

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【読書感想】神童は大人になってどうなったのか ☆☆☆

神童は大人になってどうなったのか

神童は大人になってどうなったのか

内容紹介
神童といわれていた子供たちはいったいどのような大人になったのだろうか。四谷大塚とか名門塾で全国トップの子供達は大人になってどうなったんだろうか。東京大学を首席卒業した人や、灘や開成、麻布、ラサールなど名門私立で伝説的といわれた人たちはどういう生涯をたどったのだろうか。


長年『大学ランキング』(朝日新聞出版)の編集を手がけ、『高校紛争 1969-1970』(中公新書)、『東大合格高校盛衰史』(光文社新書)、『ニッポンの大学』(講談社現代新書)、『早慶MARCH 大学ブランド大激変』(朝日新書)などの著書もあり、日本の中高大学事情と歴史に関しては日本一といってもいいほどの教育ジャーナリストが、神童的な人たちをできるかぎり追跡し、本当の頭の良さとは何かを解き明かしていく。


 僕は高校時代、進学校に通っていたので、「すごいヤツ」を至近距離でみてきましたし、大人になってからも、研究室で「こういう人が教授になっていくのだなあ」と感嘆したこともあります。
 ただ、僕の場合は、中学は家から近い公立中学で、高校・大学は「その地域ではそれなりの偏差値の学校で、秀才が集まるのだけれど、神童レベルの人が大勢来るような学校ではない」という感じでした。
 この本、「神童」と呼ばれた人たちの「その後」を追ったものなのです。
 「十で神童、十五で才子、二十歳過ぎれば只の人 」という、よく知られた慣用句がありますよね。
 早熟型の天才というのは、年とともに「普通の人」になってしまうことが多いのではないか(あるいは、成績が良いとトーナメントのように、より能力が高い集団のなかでの競争を余儀なくされ、そこでも勝ち残れる人はごく一握りなのではないか)、という印象を僕も持っています。
 この本は、そういう「昔、神童だったけど、いつのまにか普通の大人になってしまった人」にも取材したものだと思っていたのですが、神童と言われて、大人になっても学者や政治家として活躍している人、あるいは、頭は良かったのだけれど、不祥事などで汚点を残してしまった人の話がほとんどです。
 うーん、僕は「いつのまにか普通になってしまった元神童が、どういうふうに自分の人生と折り合いをつけてきたのか」に興味があったのに。
 まあ、そういう取材が難しいというのも、「いまは普通になってしまった人」のことを知りたいという人が少ないというのも、わかるんですけどね……


 この本で採りあげられている「神童」たちのエピソードを読むと、こういう人たちと受験で張り合おうなんて、どだい無理だったんだよなあ、と苦笑せざるをえません。

 1990年、ラ・サール高校から東京大学理科3類に進んだ竹内隆正。駿台東大模試は高校2年で9位、16位、8位。高校3年で2回連続1位をとっている。
 

駿台の模試が高2の頃から、なぜよかったのかとよく聞かれるんですが、実のところ、自分でもよくわからないんです。ぼくはいつも1学年上の模試を受けると、良くできたという妙なクセがありました。寮のベッドでゴロンと横になり参考書を見たりするのが好きでした。クラシックのブラームスマーラー、ベートーベンが好きでBGMにその曲をいつもかけています。Z会の数学でも、わら半紙にメモったり、図形を描いたりして考えて、できたとなると、起きだして机に向かって解答を書くという不愛です。数学の先取りは、Z会の1年上の問題を解いていくときに、わからなくても参考書を読んでいた、というのが、いわば勉強方法でした。といっても、よく寝るというのが主義でしたから、夜は11時には電気を消していました」

                   ——『東大理3 90年版』データハウス、1990年


 通っていたラ・サール高校のある先生が「どうしてそんな点がとれるのか」と竹内さんに訪ねたそうです。そのときの竹内さんの答え。

「そんなに難しいことじゃないです。余計な先入観をもたずに、問題にそのまま従えば解けます」


 うーむ、こういう人の頭蓋骨の中に入っているものと、僕のものを、同じ「脳」と呼んでも良いのかどうか……この本には、ものすごい努力をして東大に入り、トップクラスの成績をとり続けた「神童」たちも出てくるのですが、いくらなんでも、ここまではできないよなあ、というような「一日19時間の勉強」とかなんですよ。
 

 ただ、神童ともてはやされ、すごい成績で東大を卒業した人たちも、その後の人生が順風満帆、とは限らないようです。
 

 クロトン(日本銀行第31代総裁、黒田東彦さんのニックネーム)の後輩、つまり、東京大学、大蔵省(財務省)は神童の宝庫である。大蔵省に入るためには国家公務員試験で30位以内でないとむずかしい、と言われている。神童でなければむずかしい。
 しかし、大蔵省の神童たちはときに脱線してしまうことがある。
 法務大臣金田勝年。1949年生まれ、1969年、秋田県立秋田高校から一橋大学に入学する。同年、東京大学が紛争で入試中止になったため、同年代の神童的な受験秀才の多くは一橋大学に入学した。1973年大蔵省に入省。省内エリートコースの主計局を歩み、神童、キレ者ぶりを発揮した。1995年から国会議員に。2016年に初入閣し法務大臣就任となる。
 しかし、メッキがはがれてしまった。
 2017年、国会で共謀罪の中身を問われると、「わたしはちょっと、私の頭脳というんでしょうかちょっと対応できなくて、申し訳ありません」。全国の神童の顔に泥を塗ってしまった。


 僕はこれを読みながら、大蔵省では、「神童のなかの神童」が集まって知恵を絞っているはずなのに、それでもなかなかうまくいかないのが経済っていうものなのだなあ、と考えていました。
 ものすごく地頭がよい、先述の竹内さんのような人が官僚になっていくのでしょうけど、そういう人たちでも思い通りにいかないのは、彼らの能力の限界なのか、世の中の大部分の人が無能だからなのか。


 あまりにも勉強ができて、周りから畏敬されると、ものすごく傲慢になってしまう人もいれば、かえって疎外感を抱いて引っ込み思案になったりすることもあるようです。


 片山さつきさんのエピソード。

 高校3年の春、代々木ゼミナールの全国模試で一番となった。それをいまでも誇りに思っており、機嫌が良くなるとこの話を持ち出してくる。高校の先輩には鳩山邦夫がいる。のちに片山が鳩山と会ったとき、こんなやりとりがあった。

「まだ財務省の役人だった片山さつきが『鳩山先生は高校時代、全国模試で1位、1位、3位、1位だったそうですね』と聞くと、邦夫は自慢そうに『そうだ』と答えた。すると片山さつきが『私は1位、1位、1位、1位でした』と勝ち誇ったように言ったというのです。さすがに邦夫は、あとから『あの女はなんだ!』とカンカンだったといいます」

                    ——『日刊ゲンダイ』2010年3月18日号


 神童は大人になって、神童であり続けたことを誇りに思う。そんな人がたまに見られる。まわりから見ればいやみこの上ないが、神童本人にすればアイデンティティを認めてもらいたいところだろう。


 大学に入ってすぐ、同級生たちのなかに「高校時代の模試の成績比べをする人たち」がいて、なんだかなあ、と思ったのです。
 恥ずかしくはない(と思いたい)けれど、自慢できるほどではない地方大学にみんな入ってしまったのだから、そのなかで過去の成績比べをすることに、何の意味があるのか。
 この片山さつきさんと鳩山邦夫さんくらいのレベルになると、もう圧倒されてしまうけれど。
 ただ、成績優秀であったことにプライドを持っている鳩山邦夫さんに、こういうふうにマウンティングするのは、下策ではありますよね。
 

 この本のなかでは、何代も続けて東大に入学した家系の話や「才能は遺伝するのか」ということについても検討されています。
 遺伝的な要因とか環境を考えると、東大を出た人の家からは、東大生が生まれやすいところはあるのですが、その一方で、突然変異のように、普通の家庭から神童が生まれることもある。
 ああ、なんか競馬の世界みたいだなあ、とも思うのです。
 ただ、競馬の世界でも、一昔前はオグリキャップのような、良血ではない突然変異のような名馬がときどき出現していたけれど、最近は、そういう馬をほとんど見ない気がします。
 日本の社会でも「教育環境格差の拡大」が、問題視されているのです。


 結論としては、「神童は、大人になっても、ひとかどの人物になっている確率が高そう」なのだと思われます。
 ただし、「ものすごく勉強ができる」というのは、「正規分布外」であることも事実なので、うまく社会に適応できなかったり、できない人に配慮する意識に欠けたりする人も少なくないようです。
 「異常な才能」と「バランスのとれた人格」を併せ持つことを期待するのは、それはそれで欲張りすぎな気もするのですけどね。


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