琥珀色の戯言

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【読書感想】世界神話学入門 ☆☆☆

世界神話学入門 (講談社現代新書)

世界神話学入門 (講談社現代新書)


Kindle版もあります。

世界神話学入門 (講談社現代新書)

世界神話学入門 (講談社現代新書)

内容(「BOOK」データベースより)
亡き妻を求めて冥界に下るイザナキとオルフェウス。海幸・山幸神話と釣針喪失譚。―なぜ世界中でよく似た神話が見られるのか?近年まれに見る壮大かつエキサイティングな仮説=世界神話学説とは?最新の神話研究とDNA研究のコラボが解明!ホモ・サピエンスの壮大なドラマ。


 世界各地のさまざまな神話や物語を読んでいて、当時はそれぞれの地域に交流はなかったはずなのに、同じようなストーリーが多いのだな、と思ったことはありませんか?


 人間の想像力というのは、どこの地域に住んでいても似たようなものなのか、それとも、知られいない「交流」があって、ひとつの物語が各地に拡散されていったのか。
 大昔のことだし、人間の想像力には、ある程度「傾向」みたいなものがあるんだろうな、それにしても、もっと独自性というか、理解不能な物語を編んだ人たちがいてもよさそうなものだけど、というあたりで、僕の思考は他のことに移ってしまっていたのですが、世の中には、その疑問を本気で解決しようとしている人たちがいるのですね。


 世界にはたくさんの「神話」があるけれど、なぜ、各地に同じようなストーリーの神話が残されているのか?


 僕はこの新書を読んで、そういうジャンルの研究がちゃんと存在していて、世界中の人がそれを追究している、ということに驚きました。


 著者はその典型的な例として、『古事記』で、最初の男女として描かれているイザナキ・イザナミの話を挙げています。

 死んだイザナミを追って、イザナキは黄泉の国を訪れる。しかしイザナミは、自分は黄泉の国の食べ物を食べてしまったから現世にはもどれない、しかし黄泉の国の神と相談してみるので、それまでけっして私の姿を見てはいけない、と言う。しかしイザナキは禁を破って火をともして妻の姿を見てしまう。妻は、おぞましい姿になっていた。
 死んだ妻を追って冥界に行くが、妻をこの世に連れ戻すために何らかのタブーを守る義務を負う。しかし夫はそれが守れなかったために妻は冥界にとどまり、それまでつながっていた現世と冥界との往来が永遠に失われてしまうというこのモチーフは、ギリシャ神話のオルフェウスの物語に典型的なので、オルフェウス型神話と呼ばれている。


 ギリシャ神話のオルフェウスも、死んだ妻を冥界に取り戻しに行き、首尾よく連れ帰る許しを得るのですが、「太陽の光を仰ぐまで、けっして振り返って妻を見てはいけない」という禁を破ってしまうのです。
 こういう話、たぶん、ほとんどの人が、どこかで聞いたことがあるはず。
 僕も子どもの頃「振り返っちゃだめ、だめだって!」と思いながら聞いて(読んで)いたことを思い出します。
 そういえば、「なんとか振り返らずに我慢して、妻はよみがえり、ふたりはまた幸せに暮らしました」というハッピーエンドの物語って、ないですよね。
 『古事記』がつくられた時代の日本とヨーロッパに直接の交流があったとは考えづらいのに、同じような神話が存在していたのです。
 著者は、同じような神話がヨーロッパ各地やソロモン諸島ガダルカナル島にもみられることを紹介しています。


 著者は、これらの神話の分布に対する仮説のひとつとして、「世界神話学説」を紹介しています。

 ヴィツェルが近年唱えている世界神話学説は、古層ゴンドワナ型神話と新層ローラシア型神話と、世界の神話が大きく二つのグループに分けられるという仮説である。そしてこの神話学説が、遺伝学、言語学あるいは考古学による人類進化と移動に関する近年の成果と大局的に一致するというのが彼の主な主張である。
 ゴンドワナ(Gondwana)は、インド中央東部にある、サンスクリット語起源の名前である。それは現在のアフリカ、南アメリカ、南極、オーストラリアなどの大陸および、インド亜大陸アラビア半島マダガスカル島を含んだ、大きな大陸であった。
 一方ローラシア(Laurasia)大陸は、アメリカ大陸を意味するローレンシア(セントローレンス川に由来する語)大陸とユーラシア大陸からの造語である。南にあったゴンドワナ大陸に対し、北半球にあったローラシア大陸は、後にユーラシア大陸とローレンシア、つまり北アメリカ大陸に分離したと考えられている。
 この語源は大陸移動説に由来する。大陸移動説を唱えたアルフレード・ヴェーゲナーは、現在の諸大陸は分離する前に一つであったという仮説を考え、この大陸をギリシャ語で「すべての陸地」を意味する「パンゲア(Pangaea)大陸」と呼んだ。この超大陸パンゲアが分裂し、ゴンドワナ大陸ローラシア大陸が生成されたわけである。
 ゴンドワナ神話群はアフリカで誕生した現生人類のホモ・サピエンスが持っていた神話群で、初期の移動、すなわち「出アフリカ(アウト・オブ・アフリカ)」によって南インドそしてオーストラリアへと渡った集団が保持する古層の神話群と考えられる。具体的にはサハラ砂漠以南のアフリカ中南部の神話、インドのアーリア系以前の神話、東南アジアのネグリト系の神話、そしてパプアやアボリジニの神話群である。
 一方ローラシア型神話群にはエジプトやメソポタミアギリシャやインドのアーリア系神話、中国や日本神話の大半が含まれる。日本神話が周辺の中国や朝鮮半島の神話と類縁性があるのは当然としても、ユーラシア大陸の西端のゲルマンや北欧神話との類縁性、あるいはインド、またポリネシアなどの神話との関係がこれまでにもしばしば議論されてきた。だが世界神話学説によれば、これらはすべてローラシア型神話群に含まれているのだから、似ているのはむしろ当然になる。


 著者は、大陸の移動が起こったのは二億年前と考えられており、人類の起源は700万年、物語を生み出すような能力を持ったホモ・サピエンスは、遡っても20万年くらい前だと述べています。
 したがって、大陸移動で人類の集団や神話の分岐が起こったわけではなく、ホモ・サピエンスの移動による分岐であることを強調しているのです。
 世界神話学説では、ゴンドワナ型神話はホモ・サピエンスの初期移動にともなったもので、ローラシア型神話は、すでに地球上の大部分の地域にホモ・サピエンスが移住した後に、西アジアの文明圏を中心に生み出され、それが人や文化の移動とともに伝播していったものだとされています。


 この新書、手にとったときには、世界各地の面白い神話を紹介した読み物かと思っていたのですが、前半は、DNAの研究なども含めて、人類がどのように進化し、世界中に移住していったのか、という人類学・考古学的な解説が多くを占めています。
 読んでいて、「神話の内容については、紹介されないのだろうか」と、ちょっと心配になってくるくらいに。

 後半では、世界各地の面白い神話が採りあげられていて、僕が「似たような話ばかりだ」と感じていたのは、「よく知られているものには、類似したストーリーが多い」ということなのでしょう。


 この新書のなかで紹介されている神話、とくに、ゴンドワナ型神話には、読んでいて、なんとなくしっくりこないというか、違和感があるものが多いのです。
 ローラシア型が、いまの「小説」に近いのに比べて、「なんでこんな展開になるの?」と言いたくなるんですよね。

 人間や動物の誕生とともに関心の高いのは死の起源である。このテーマもローラシア型神話群と相互影響があるので、ゴンドワナ型神話群の要素を純粋に抽出するのは容易ではないが、いくつか可能性のある事例をみてみよう。まず、もともと死者は死ぬたびに蘇っていたのだが、あるきっかけから人間は死を選択することになったとする一群の物語がある。
 まず過ちによる死である。
 アフリカ・ケニア西部のルイア族は、昔、人間は、死んでも四日後に生き返っていたという。しかしある時、少年が死んで再び帰ってきたときに、母親が、死んだのだからそのまま死んだ場所にいるべきと言って少年を追い返した。少年は去ったが、歩きながら人々を呪い、将来死んだ者たちは戻らないだろうと言った。
 アンダマン諸島では、兄弟の一人が死んだので母親が森に埋めた。やがて息子が帰ってくると、母親は一度死んだと思っていたので、再び息子を埋葬した。するとまた同じことが繰り返されたので、ようやく母親は息子が霊であることを知った。息子は、二、三日するとまた戻ってきて、兄弟が自分を殺したことを知った。それでトリックスターのカラワディは言った。「おまえは何が起こったのかを知った。だからわれわれすべては死ぬことになる」と。
 この件では、殺された息子は自分を殺した兄弟を恨んで戻ってきたのではなく、むしろ彼らに愛着があったので帰ってきたのだが、霊と人間が接触すると人間は死ぬ運命になると語っているのである。だから島民は、死人が出ると、死者の霊は親族に愛着があると言って、喪の間はたいへんに恐れる。
 インドのブーイヤ族でも昔、人は死んでも次の日には戻ってきていたとされる。ある老人が死んで蘇ってきたとき、妻がそれを信じず、儀礼を怠ったのでそれ以来、人間は死んでも戻ってこないようになった。


 人間というのは、昔から、「なぜ自分たちは死ぬのか」を考え続けて、なんらかの理由を見出そうとしてきたのです。
 でも、生き返ってきた息子を追い返す母親、というのは、いまの感覚からすると、「なんで?」ですよね。


 神話というと、昔のものというイメージがありますが、『ロード・オブ・ザ・リング』や『スター・ウォーズ』も神話の流れを受け継いでいる作品なのです。
 そして、多くの人間が好む物語のパターンに、そんなに多くのバリエーションは存在しない。
 人間は「物語」とともに生き続けている存在なんだな、と考えさせられる新書でした。


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