琥珀色の戯言

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【読書感想】応援される会社~熱いファンがつく仕組みづくり~ ☆☆☆

応援される会社 熱いファンがつく仕組みづくり (光文社新書)

応援される会社 熱いファンがつく仕組みづくり (光文社新書)


Kindle版もあります。

応援される会社?熱いファンがつく仕組みづくり? (光文社新書)

応援される会社?熱いファンがつく仕組みづくり? (光文社新書)

内容(「BOOK」データベースより)
近年、顧客による熱を帯びたブランド愛顧行動が話題を呼び、マーケティングの研究対象となってきた。好きな商品を大量に仕入れて仲間内で販売する、お気に入りブランドの広告を制作して動画サイトにアップする、商品の新用途を考えて逆提案する、先行き不明な新事業にクラウドファンディングで寄付する、経営危機の企業にボランティアで知恵を貸す、終売してしまった商品を復刻させる、などである。これらはまさに顧客が、プレイヤーとしてのブランド応援団の様相を示している事例であろう。もはや、商品・サービスを通じて便益を受ける立場に飽き足らず、「何かをしてあげたい対象」として企業やブランドを位置づけている。


 世の中には「応援したい人たち」がいる。
 そんなパワーがあるのなら、自分のために何かをやればいいのに、なんて昔の僕は思っていたのですが、あらためて考えてみると、応援するというのは、必ずしも「自己犠牲」とは限らないんですよね。


 著者は、この新書の最初に、こんな話をしています。

 もう30年以上も前のことだ。筆者は、神宮球場の内野席で大学野球をボーッと眺めていた。試合は一方的、選手名もあまりよく知らない。どうしても目が行くのは、学ランを着た応援団員たちのパフォーマンスである。しかしよく見ると、これがパワフルで実に面白い。動きは切れ味鋭いし、観客との対話もユーモアに溢れ、洗練されている。
 その時、ふと感じたことがある。それは「ひょっとして応援団員のほうが、ベンチの選手たちよりも試合中のエネルギー消費量が多いのでは?」ということだ。つまり応援団そのものが、この舞台の主要プレイヤーなのである。言い方は悪いが、母校の試合をダシに自らの活躍を披露するハレの場こそ、この神宮だったということだ。その証拠に彼らは、試合の様子をほとんど見ていない。


 もちろん、応援の仕方というのはさまざまで、こういう「応援する側も、それによって自分自身をアピールする場をつくる」こともあれば、純粋に「好きなものを一観客、あるいは一消費者としてお金を出して応援する」という人もいるのです。
 いまは、SNSなどで自分の「推し」を表明しやすくなっており、何かを応援していることを、自分の個性としている人が大勢いる時代とも言えるのではないでしょうか。

 そこで我々は少し別の角度から考えてみた。それは、芸能・スポーツといったエンターテインメント産業をベンチマークとして、応援のされ方・ファンとの距離感を考えてみるという方法である。
 その結果、応援といっても様々な動機やスタイルがあることが見えてきた。巨人と広島カープとでは応援の質が異なるだろうし、音楽でもメジャーとインディーズを同じ括りで語るのは難しい。未熟でも静かに見守って、将来の成長に期待するスタンスもある。
 本書では、「崇拝型」「愛着型」「同志型」「共歓型」「賛助型」という5つの応援パターンを想定し、それぞれに該当するアーチストと企業・ブランドとの共通項を見出してみようとした。
 本書は5章構成となっている。
 第1章では応援に着目する社会背景を、第2章では応援の類型とそれがもたらす価値について考察する。第3章においては、今、顧客から熱い応援を受けている企業に焦点を当て、なぜ応援されるのか、5つの角度から分析を試みた。第4章では、応援される必要条件を「社会課題ドメイン」「価値競争」「内部プランディング」「ブランドコミュニティ」の4つのキーワードから検討しつつ、第5章でその気構えを付記した。また、「応援する人」「応援される企業」両者の立場にいる方々へのインタビューをコラムとして配置している。


 いまの世の中でも、テレビやネットでのCMには、それなりの効果はあるのだと思います。
 しかしながら、ただ、その商品に対するポジティブな情報を多量に流したり、宣伝費をかけて広告をばらまくだけでは、その費用に見合った効果を得られなくなってきているのです。
 Twitterでときどきみかけるのは、大学の生協などで、特定の商品を誤って多く仕入れすぎてしまった担当者の「懇願」に対して、多くの人たちが、その商品を「買ってあげる」という光景です。
 ネットでは、他者の失敗を「自己責任だろ」と突き放す人も多いのだけれど、困っている人に対して、「自分が」ちょっとした手を差し伸べてあげよう、と考え、行動に移すことも少なくない。
 ただし、こういうのも、狙ってやっていると、反感を買ってしまうリスクもあるのです。
 「応援したい」と「自己責任だろ」あるいは「ステマうざい」という反応の境界を見極めるのは、けっこう難しいのです。

 崇拝型ブランドが決して顧客の気持ちを考慮しない、ということではない。信用するのは市場調査のデータではなく、「内なる消費者」の声である。これが独特の嗅覚となり、強烈な個性と完成度を持った商品を生み出していく。一方、消費者サンプリング調査に基づいてニーズを測定すると、往々にして当たり障りのない無難な選択に陥りやすい。
「ブリュードッグ」(スコットランド)は2007年、ワットとディッキーという2人のビールオタクによって設立されたマイクロブリュワリーである。立ち上げた理由は「心から飲みたいと思えるものが世の中になかった」から。ウイスキー樽熟成のスタウト「パラドックス」を皮切りに幾多のビアコンペで賞を獲得して業界を席巻、創業8年足らずで売上70億円を達成した。
 プロモーションに関しても、アルコール度数55%のビールをリスの剥製のパッケージで発売、大通りを戦車で駆け抜けて新製品を告知、英国議会議事堂に創業者2人の裸の影を映し出す、など破天荒なものばかり。眉をひそめる人もいるが、彼らの「パンク精神」に対しては心酔するファンも多い。
 経営者や社員が「オタク」ともいえるユーザーであり、消費者に強い影響を与える存在であることも、崇拝型の一つの特徴であろう。近年、身近なカリスマや師とみなす人への尊敬から生じる「リスペクト消費」が生じており、「何を」買うか以上に、「誰がつくったものを」「誰と同じものを」「誰が薦めているものを」「誰から」買うかに重要な意味が見出されてきている。モノへのニーズというよりも、人へのニーズと捉えるべきだろう。

 高齢者世帯に注力した家電製品の販売・アフターサービスを展開するのが、東京都町田市にある「でんかのヤマグチ」だ。
 他社で買った商品もアフターケア、電球1個でも配達して交換、ビデオ録画のためだけに出張、冷蔵庫が壊れればクーラーボックスに氷を入れ、エアコンが壊れれば代用の扇風機を持って訪問、という徹底的なサービスで顧客から絶大の信頼を獲得している。それだけではない。およそ家電店とはかけ離れた仕事、例えば水回りの修理、部屋の模様替えの手伝い、駐車場は地域に開放、買い物しない客にもトイレを開放、雨の日の傘の貸し出し、毎月開催される激安野菜販売など、「街の電気屋さん」を遥かに超えたサービスを展開している。いうなれば、地域のファシリティセンター(便利屋さん)のような役割を果たしているのだ。
 筆者が訪問した土曜日の午前中には、「8km離れた自宅から店員のYさんにお礼を言いにだけ来た」という80代の男性や、「町田に在住して50年間ずっとヤマグチ」という70代の女性ほか、高齢者の顧客がひっきりなしに店頭を行き来していた。
 同社はパナソニック系列店であり、大手家電量販店のような低価格販売を目玉としているわけでない。しかし顧客が求めているのは、安売りとはまるで違った価値である。例えばある男性客が、一人暮らしの母親向けに30万円台のテレビを購入した際、値引きを要求するのではなく「母のことをよろしくお願いします」と伝えたというエピソードがある。彼がヤマグチに求めたのは、購入を契機とした長期的なつながりなのだ。それは「遠くの息子よりも近くのヤマグチ」という顧客の言葉に見事に集約されている。ここでは購入時点の価格の高低ではなく、生涯価値を想定に入れた買い物が行われているのである。


 大企業では、コアなファンにアピールするための尖った表現よりも、炎上を避けるほうが優先されてしまうのは、致し方ないところです。
 うちのことが好きな人だけ買ってくれれば、商売が成り立つ、というわけじゃないから。


 世の中がどんどん「濃厚なアフターサービスよりも、安いほうがいい」「店舗では品物を確認するだけで、ネット通販で買う」という流れになってきていることで、かえって、「顔がみえる商売」が空白地帯になってしまっている、という状況が生まれてきました。
 「ヤマグチ」のようなサービスを必要とする人は、高齢化社会では、必ず一定数存在するはずです。
 「マヤグチ」は、今の商圏でキチンとやることに注力して、規模を大きくしない、という方針なのだそうです。
 ネットや量販店で買うよりも高いテレビを値引きも求めずに買うのは、それだけの「価値」が、「ヤマグチ」とのつながりにはあるし、この店に、ちゃんと稼いでもらって、サービスを続けてほしい、という応援でもあるのでしょう。


 応援って、してもらおうとすると、かえって反発されてしまいがちなのですよね。
 今の時代は、チャンスをつかむ方法が多様化している一方で、予想外の方向から、矢が飛んでくることもある。
 嫌われることを恐れすぎていては、好かれることも難しいのは、わかっているのだけれども。


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