琥珀色の戯言

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【読書感想】プロテスタンティズム 宗教改革から現代政治まで ☆☆☆☆


Kindle版もあります。

内容(「BOOK」データベースより)
1517年に神聖ローマ帝国での修道士マルティン・ルターによる討論の呼びかけは、キリスト教の権威を大きく揺るがした。その後、聖書の解釈を最重要視する思想潮流はプロテスタンティズムと呼ばれ、ナショナリズム保守主義リベラリズムなど多面的な顔を持つにいたった。世界に広まる中で、政治や文化にも強い影響を及ぼしているプロテスタンティズムについて歴史的背景とともに解説し、その内実を明らかにする。


 免罪符を売りさばく堕落した教会に対して、異議を申し立てた改革者ルター、というイメージが僕にはありました。
 既成の勢力であるカトリックとそれに対抗したプロテスタント、とけっこうシンプルにとらえていたのですが、その「プロテスタント」のなかにもさまざまな潮流があって、けっして一枚岩ではなかったし、彼らが常に「改革者」だったわけでもないのです。
 最近の研究では、ルターがやったこと、考えていたことについても、今までとは異なる解釈がなされています。

 たとえば、ルターが1517年10年31日にこの場所(ヴィンテンベルクの教会の扉)に「95ヵ条の提題」を貼り出したと考える研究者はほとんどいない。提題が貼られた場所や日付についても決定的な証拠は存在しない。提題は貼られたのではなく、読んでもらうべき相手に書簡として送付されたという説が有力である。
 また、ルターが新しい宗派であるプロテスタントを生み出したという説明も事実に反する。彼は自身がプロテスタントだという意識を持っていたわけではない。教会の改革や刷新を願ってはいたが、新しい宗派を創設する意志などなかった。宗教改革を指す「Reformation(再び形成する)」というドイツ語が、この運動の本質をよく示している。それは新しい宗派の誕生などではなく、壊れかかった部分の修繕をめざす運動だった。


 たしかに、著者が紹介している最近の知見では、少なくとも初期のルターは、新しい宗派をつくろうとしていたわけではなく、教会の世俗主義、拝金主義に異議を唱え、改善を求めていただけのように思われます。それも、身近な人に対して問題提起したら、反響が大きくなりすぎてしまって、本人も戸惑っていたようです。

 もちろん、ルターが勇気ある宗教的指導者であったことを否定するわけではない。しかしルターのなそうとしたことが、彼自身の考えや思いを超えて宗教的あるいは政治的に利用されてきた点を忘れてはならない。
 たとえば彼と宗教改革は、これまでさまざまな主張や立場を正当化するために利用され、ドイツでは幾度もナショナリズムの高揚のために使われた。とくに19世紀にプロイセン主導で進められたドイツの統一において、偉大なる宗教改革とその指導者マルティン・ルターが、キリスト者の自由を主張し、堕落したカトリックの不正と戦い、プロテスタントは近代世界の形成に大きな影響力を持ったという物語や説明や、ナショナル・アイデンティティの形成と強く結びついていた。統一を妨げていた敵対勢力は、カトリック国のフランスとオーストリアであったから、ナショナル・アイデンティティ形成のためのヒーローとして、聖書をドイツ語に翻訳し、ドイツ語文法の統一に寄与し、17世紀のイギリスの市民革命や18世紀のフランス革命よりも前に自由のための戦いをはじめたマルティン・ルターはうってつけだった。ルターと宗教改革ドイツ統一に向う戦いや、統一後のナショナリズム高揚のための政治的シンボルとされたのである。
 あるいは、宗教改革四百周年となる1917年、ヨーロッパは第一次世界大戦の最中であった。ドイツは、フランスやロシアとの戦争は、カトリックロシア正教の国との闘争である旨を国内で喧伝し、宗教改革の意義と戦意高揚を結びつけている。そこでは、1517年の宗教改革はますます劇的にショウアップされ、ルターは神格化されるようになった。


 ルターと「宗教改革」は、後世のドイツによって、プロパガンダに利用され、実像以上に大きなものとされていったという面もあるのです。もちろん、大きな改革だったことは間違いないのですけど。


 ルター以前にも、世俗化し、腐敗した教会を批判した人は少なからずいたのです。
 しかしながら、彼らは教会によって破門されたり、火刑になったり、先鋭化しすぎて支持を失ったりして、うまくいかなかったのです。
 ところが、ルターの場合は、神聖ローマ帝国とローマ教会(バチカン)とのパワーバランスが変化してきた時期であったために、諸侯の保護を受けることができましたし、活版印刷の技術が広まったことにより、聖書が民衆に直接読まれるようになった、というタイミングの良さもありました。
 ルター自身も、聖書をドイツ語に翻訳するという大きな功績を残しています。


 僕は、カトリックプロテスタント、というシンプルな構図でみていたのですが、著者は、プロテスタントが一枚岩ではないこと、プロテスタントのなかでも、時代にともなって、さまざまな分派や変容がみられていることを繰り返し説明しています。

 プロテスタンティズム教皇というすべての教会を一つにする人格を失い、聖書の権威によって教会を基礎づけようとした宗派だが、肝心の聖書の解釈によっていくつもの分裂が生じ、今日までにさまざまなプロテスタンティズムを生み出し続けている。一致や統一性、秩序がカトリシズムの特徴であると言い得るならば、プロテスタンティズムの特徴は多様性あるいは分裂となる。
 しかしそのプロテスタンティズムという宗派も、教会と支配者(あるいは国家)との関係、教会という宗教団体の社会的性格という点では大きく分けると二つのタイプのプロテスタンティズムが存在していると言ってよいであろう。それを見分けることが今日のプロテスタンティズムを正しく理解する鍵となるであろう。
 やや煩雑な言い方になるが、次のように整理し、分類することが可能だ。一つは古プロテスタンティズムの伝統を受け継いだプロテスタンティズムである。宗教の改革や既存の宗教制度への批判からはじまり、1555年のアウスブルク宗教平和の決定で一つの政治的支配領域には一つの宗教という決定を受け入れたので、改革というよりは、保守化したプロテスタンティズムで、政治的支配者とともに社会の正当性や国民道徳の形成に努力するようになった教会である。今日のドイツなどのルター派教会はその典型的な例であろう。
 もう一つは新プロテスタンティズムの伝統を受け継いだプロテスタンティズムである。国家や一つの政治的領域の支配者とは結びつかず、自覚的な信者による自発的結社として、民間の教会として、そして今日の言葉で言えば社会の中の中間団体として存在してきた教会である。既存の宗教制度に従わず、むしろそれを破壊し、ルターやカルヴァンからも批判されたこの伝統は、自らを守るために彼らが生み出したのではないが、この時代の政治的戦いの武器であった人権、デモクラシー、抵抗権などの諸思想の担い手を生んだ。トレルチが指摘した通り、大陸のルター派やカルヴィニズムとは違って、近代世界の成立に寄与したとされる勢力の一翼を担うことになったのだ。今日のアメリカのプロテスタンティズムの諸勢力にその典型的な例を見ることができる。


 成立の経緯から、カトリックが保守派、プロテスタントが改革派、というイメージを持っていたのですが、500年を経て、プロテスタントもドイツなどのように「保守化し、伝統を重視する、国家とも連携したプロテスタント」と、アメリカが典型例である、「政治や国家との結びつきが弱く(あるいは、宗教の側から政治を能動的に動かそうとする)、人々の自主性を重んじる、リベラリズムの源泉となったプロテスタント」という二つの潮流がいまの世界には存在しているのです。
 著者は、前者を「保守主義としてのプロテスタンティズム」、後者を「リベラリズムとしてのプロテスタンティズム」と呼んでいます。


 ドイツのメルケル首相のお父さんはルター派の牧師だったのですが、2016年にドイツが難民問題に直面したときのメルケル首相が「難民への寛容な政策」を貫いたのはドイツの保守的なプロテスタンティズムの影響があったのではないかと著者は指摘しています。

 プロテスタンティズムが自らの宗教的伝統を、他宗派に対する自らの正当性、独自性のみを強く意識し、主張するのであれば、その「否」は自らの立場の代弁であり、排他性のシンボルとなる。
 しかし戦後のプロテスタンティズムは、政府が示す世界との連携、多元化の容認などの動向に協調するようになった。プロテスタントであることの意味を、他者を排除するような宗派性に見るのではなく、宗派同士の終わりのない政治的戦いの中で養ってきた、異なった宗派の共存のシステムを築こうとする努力に見出そうとしているのだ。これも国家とルター派の伝統的な関係が生み出した戦後の姿であるが、今日のドイツ社会の保守思想としてのプロテスタンティズムはこのような自己意識のもとに、排他的なナショナリズムや多様性を許さない社会に対して「否」を言っているのではないだろうか。


 「多様性に対して寛容である」という伝統を守る、というのが、現在のドイツの「保守的なプロテスタント」の姿勢である、ということなんですね。
 もちろん、第二次世界大戦ナチスドイツが行ったことに対する反省も、大きく影響しているはずです。


 著者は、アメリカでの「リベラリズムとしてのプロテスタント」をこう述べています。

 マックス・ヴェーバーが指摘したのは、さらにこの先で起こった二重予定の考えの反転だ。神が救いへと予定に定めた者は天国に行けるだけではなく、この世でも祝福に満ちた人生を送れる、という考えを超えて、逆にこの世で成功している者こそが天国に行ける者であり、それが、神が救いを予定したことの証明だという考え方である。
 だからこそ、この世での成功がアメリカでは宗教的な救済の証明となった。成金や成り上がり者が嫌われるヨーロッパや日本のような伝統社会とは違って、もともとそのような伝統がないアメリカでは与えられた人生で成功した者こそが神の祝福を受けた者だとされたのだ。これがアメリカの自由な競争という市場の考えと結びついて、一代での成功物語こそがアメリカの美談になる。それだけではない、この社会には国家教会や社会の正統などがないのだから、市場で成功し、勝利した者こそが正義であり、真理であり、正統になる。これがアメリカ的なイデオロギーに宗教が与えた影響であろう。結果こそが真理となる。神の祝福のこの世でのしるしだということになる。実際にここで成功し、うまくいっており、勝利し、よく機能している事実こそが真理なのである。


 これを読むと、「現世での成功者が、神からの救済も受けられることになっているなんて、あまりにも『勝者が全部持っていってしまうシステム』だよなあ」と僕は、大部分のそんなにうまくいかない人の側からみてしまいます。
 こういう考え方が背景にあれば「とにかく自分が成功することが正しい」という人がいることや、そういう人がスムースに受け入れられていることも理解できるのです。
 もっとも、アメリカでは、成功者が日本では想像できないくらい多額の寄付をする文化もあるのですが。


 「プロテスタンティズム」が、その成立から変遷、いまの社会への影響まで、わかりやすくまとめられている好著だと思います。
 

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