- 作者: 谷川浩司
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 2015/06/17
- メディア: 新書
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内容(「BOOK」データベースより)
常識をわきまえぬ者は、「プロ」になれない。しかし、常識に囚われている者は、「一流」になれない―。数々の栄冠に輝いてきた棋界の第一人者が、電王戦で話題になったプロ棋士対コンピュータの戦いなどを題材に、常識のその先へ行くための思考法、技と知恵のあり方を伝授。あわせて、棋士たちの頭脳の使い方、年齢の壁を越える戦い方、連盟会長という仕事など、棋界の秘話を交えて、勝負の世界の機微を縦横に綴る。
十七世永世名人であり、日本将棋連盟の現会長の谷川浩司さんが語る、「電王戦」や「将棋連盟会長」としての仕事、そして、50歳をすぎての「現役棋士」としての生きざまについて。
この新書、「常識外の一手」というタイトルなのですが、「発想法」について語られた部分はあまりなくて、50歳を過ぎ、現役棋士としては晩年を迎え、将棋連盟という組織のトップという立場との両立に悩みながら日々過ごしている谷川さんの身辺雑記、という内容でした。
正直、『電王戦』への感想などは、立場もあるのでしょうし、「公式コメント」みたいな感じで、あまり面白いものではなかったんですよね。
結果として、FINALはプロ棋士が勝ち越すことができましたが、第一局、第二局と連勝したものの、第三局、第四局では負けて、第五局の大将戦で決着がつくという、厳しい戦いでした。
とは言え、「FINAL」という名の通り、これまでのような「プロ棋士対コンピュータ」の戦いはこれで終了になるので、最後にプロの意地を見せることができた点で、日本将棋連盟会長としてはほっとしています。
『電王戦』については、他にも観戦記がたくさん出ているので、そちらを読んでいれば、あまり新しい発見はないかと思います。
ただ、この「ほっとしています」というのは、「コンピュータのプログラムの穴をついて勝った」ことへの批判もあるなかでの、プロ棋士側の本音ではあるだろうなあ、と。
『電王戦』は、これでコンピュータ対人間は、一区切りつけるそうですから、なんとか「勝ち逃げ」できたのかな、と。
いずれは、名人とコンピュータの最強ソフトが戦う日が来るのだろうか、それとも、これで「暗黙の諒解」的に「人間の棋士とコンピュータは枝分かれしていく」のか。
谷川さんは、「将棋ファン層の変化」についても触れています。
まず、電王戦が始まる前から徐々に進んでいたことですが、将棋ファンの中に、「自分は将棋を指さないけれど、将棋を見るのは好き」という「観るファン」とも呼ぶべき方々が増えてきました。そう言われてもちょっとピンとこないかもしれませんが、たとえば野球やサッカー、大相撲といったスポーツでは昔から、自分ではプレーしなくてもTV中継を見たり、球場や国技館へ通ったりする方がいます。私も自分ではバットを振ることもありませんが、子供のころから阪神タイガースのファンで、TV中継での観戦はもちろん、ときどき甲子園にも足を運びます。つまり、将棋でもそれと同じような楽しみ方をされるファンが増えてきたということです。
ある時期までは、将棋を自分でも熱心に指し、プロの対局もある種の手本として観戦する、「指すファン」とでも呼ぶべき方がほとんどだったのですが、インターネットなどを通じて対局情報も得やすくなり、また棋戦を生で見ることのできるメディアもCS放送やネット中継などと広がってきたことが影響しているようです。その結果、対局の手順を細かに追うだけでなく、棋士の個性からファンとなって応援したり、対戦棋士の勝敗状況など、対局の背後にある勝負の機敏を楽しんだりという方が、近ごろは将棋でもスポーツ同様にかなり増えているのです。
僕自身は将棋を自分でも指すのですが(弱いけど)、実際に対局をするにはけっこう時間がかかるし、上達するのも一筋縄ではいかない。
正直、「自分では指さないけれど、将棋を見るのは好き」っていうのは、いまひとつ理解しがたいところはあります。
だって、ある程度は将棋というものを理解していないと、勝負手をみても、わからないのでは……
すごい体力がいるわけでもないし、駒と盤さえあれば(いまでは、スマホを持ってさえいれば)できるわけですから。
ただ、僕だって、野球はルールを知っていて、キャッチボールはできるし、バッティングセンターで打つくらいは可能、というレベルにもかかわらず、野球観戦は面白いしなあ。
将棋も、棋士たちの人間ドラマだけでも、けっこう面白いんですよね。
コンピュータとの対局という要素が加わって、さらに面白くなりました。
趣味が多様化して、ひとつの趣味や娯楽にかける時間がなくなったこともあるのか、「自分でやるよりも、面白いところをつまみ食いしたり、上手いプレイヤーを見て楽しむ」という人は、増えてきているんですよね。
ゲームプレイの「実況動画」なんて、「なんで他人がゲームをやるのを見なきゃいけないんだ、自分でやったほうが面白いだろ!」って思っていたんですよ。
でも、観はじめてみると「自分でやるより、ラクだし面白いかも……」と感じることが多くなりました。
「棋士の日常」については、なかなか興味深い話もたくさん出てきます。
いま僕は40代半ばなので、「40代後半から50代、身体的な『全盛期』を過ぎたあと、どう生きていくのが良いのだろうか?」というようなことを、考えるヒントになる一冊でもありました。
将棋というのは、スポーツ選手などに比べて、選手寿命が長いのは確かなのだけれども、50歳を過ぎてくると、時代の潮流についていくのが難しくなる、というのも事実なようです。
タイトル戦だと、2日間にわたって、盤の前で考え続けなければならないのですから、想像しただけでも、けっこうキツそう。
谷川さんは、そんな厳しい対局を、1ヵ月間に十数局も行っていたそうです。
将棋連盟会長、という立場になってみてからの、感覚の変化について、こんなことも仰っています。
ごく分かりやすいところでいえば、自分がタイトル戦で七番勝負を戦うならば、四連勝で勝つのに越したことはないのですが、運営する側に回ると、七番勝負が四戦で終わってしまうのは興行的にもったいない。また、五、六、七戦の会場に予定されていた宿の方や地元の方に申し訳ないな、別の機会に穴埋めしないといけないな、といったことが頭の中を占めてくるのです。
谷川さんの場合は、自身がタイトル戦に出場される機会もありますし、その場合は、やっぱり「四連勝で決めてしまいたい」のでしょうけど。
プロ野球チームの運営も、同じようなことを考えているのだろうなあ。
一昨年に連続32期在籍したA級から陥落したことで、私が現役を引退すると思われていた方も少なくなかったそうですが、今は、そういう時代でもないと考えています。どうも私自身が、それに近いことを口にしたのかもしれませんが、それはまだ自分の勝率が五割を切ることさえ想像できなかった二十代のころの話ですから許してください。
何度か申し上げてきたように、まだまだ私にもやれる将棋がいくらでもあるように思っているのです。五十代には五十代の将棋があり、自分の将棋を極めたいという気持ちがあるからなのです。まだまだ、やめるわけにはいきません。
谷川さんは、50代の現役棋士であることについて、いまはこんなふうに考えているそうです。
「50代には50代の将棋がある」
「50代にしかできない、面白いこともある」と思えば、そう簡単には、投げ出せないよね。
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