琥珀色の戯言

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【読書感想】世界の中心でAIをさけぶ ☆☆☆

世界の中心でAIをさけぶ (新潮新書)

世界の中心でAIをさけぶ (新潮新書)


Kindle版もあります。

世界の中心でAIをさけぶ(新潮新書)

世界の中心でAIをさけぶ(新潮新書)

内容(「BOOK」データベースより)
世界に新しい宗教が生まれつつある。その名は「シンギュラリティ」。急速に進化する人工知能がやがて人間知を超えたとき、人間存在の意味はどこに見いだせるのか。ビッグデータアルゴリズム、AIが支配するデジタルテクノロジーの中心地アメリカ西海岸を旅しながら、変わりゆく人々の思考様式、労働と民主主義の価値、国家と企業の未来像を見つめる。ベストセラー作家が深く問う、AI時代の人間の意味論。


 最初にこの新書のタイトルを見たとき、僕は「ひどいなこれ、『セカチュー』こと『世界の中心で、愛をさけぶ』を書いた人が見たら、怒るんじゃないか?」と思ったんですよ。
 著者名をみて驚きました。
 片山恭一……って、『セカチュー』の著者が書いているのです。
 『セカチュー』の作風からは、「AI(人工知能)」に詳しいとは想像できず、自身の大ベストセラーからの「一発芸」みたいなものなのだろうか。

 ところが、読んでみると、この本は、片山恭一さんが知人たちと「AIが生まれる場所」であるアメリカの西海岸、シリコンバレーを中心に旅をしながら、「人間とは何か」を思索していくエッセイになっているのです。
 技術者でも、AI危機論者でもない人間からみた「AI」と人類のこれからについて、けっこう考えさせられる内容です。

 現状のままAI(人工知能)が進歩しつづけると、2045年くらいに人間を超えるAIが誕生するという予測があり、これをシンギュラリティ(技術的特異点)というらしい。AIが人間よりも賢くなって爆発的に進化する。AIは人間にとって脅威になる。そこで何が起こるかわからない。なんでも起こりうる……ということで、スティーブン・ホーキングは人間が終焉するかもしれないといったコメントを発しているし、他にも同様の危惧を抱いている科学者は多い。ビル・ゲイツなどもAIの脅威を訴えている。
 スタンリー・キューブリック監督の映画『2001年宇宙の旅』(1968年公開)では、宇宙船に搭載されたコンピュータ(HAL9000)が異常をきたし、自分を停止させようとする乗員を排除してしまう。ジェームズ・キャメロン監督の『ターミネーター』(1984年公開)は、近未来の世界で反乱を起こした人工知能スカイネット)が指揮する機械軍により、人類は絶滅の危機を迎えているという設定になっている。このようなSF映画に描かれてきたことが現実になるということだろうか。


 AIはすでにさまざまな分野で使用されているのですが、「愚かな人間を絶滅させようと暴走するAI」というのは、SFの定番の設定なのです。
 昔と比べれば、「AI」というのはかなり身近なものになってきたはずなのに、多くの人が、「AIに対する潜在的な恐怖」を抱えているようにもみえます。

 AIにかんする議論をみていて感じるのは、この世界がどこに向かっているのか、誰にも正解はわからなくなっているということだ。非常に大きな変動が起こっていることは間違いないのだが、世界規模で進行する変化の速さに多くの人がついていけなくなっている。変貌する世界についてのヴィジョンを、誰もいえなくなっている。自分たちの生きている世界がどのようなものになるのかわからないので、一人ひとりが先行き不安なものとして日々を生きるしかなくなっている。そのことがAIに脅威を感じることの根底にあると思う。


 AIは、あまりにも高度になってきていて、ほとんどの人がその仕組み、どういうプロセスを経て、そういう結論に達するのかを理解できないというのも、怖い理由ではないかと僕は考えています。
 AIがいくらすぐれていても、現時点では「目的」や「判断基準」は人間が決めなくてはなりません。
 AI自身は、「求められたことを、きわめて公正に判断する(あるいは実行する)」ことができるだけです。
 正しく設定さえすれば(何が「正しい」のか?というのが大きな問題ではあるのですが)、人間にとってきわめて有用であるのと同時に、設定が間違っていても、「こんなことはしてはいけない」という良心から物事を回避するということはないのです。

 シアトルで、大学のキャンパスのようなオフィスで、ジーンズにTシャツで生き生きと働いている(ようにすら見えないような)IT企業の社員たちをみながら、片山さんは、こんなことを考えているのです。

 時代遅れになりつつある民主主義にかわって、グローバル化した世界で人々に最低限の暮らしを保障する仕組みがつくられるだろう。その担い手は国家ではない。おそらくグーグルやアマゾン、アップルのような超巨大IT企業が中心となって基本的な枠組みが構築されていくはずだ。なぜなら彼らは、グローバルな経済戦争における勝者であるからだ。グーグルやアマゾンはかつてのアメリカやソ連なのだ。アップルやマイクロソフト得椅子ブックはイギリスやフランスや中国である。第二次世界大戦戦勝国国際連合をつくったように、グローバルな経済戦争で勝ち残った企業が、国連にかわる世界政府のようなものを立ち上げるだろう。この世界機関が人類規模のベーシックインカムを施行していくと考えられる。

 最終的に勝ち残った1%の富裕層にとって、この世の天国はすでに実現している。自分たちと同じ水準の天国を全人類に提供するわけにはいかない。そんなことをすれば地球はメルトダウンしてしまう。残りの99%には別のやり方で幸せになってもらおう。1%にとっての天国もあれば、99%にとっての天国もある。その天国を、ベーシックインカムによって供与する。食べ物は与える。医療も提供する。娯楽はスマホやインターネットで、ほぼ無料で手に入れることができる。この上、何を望むのか? なんといっても彼らは働かなくていいのだ。好きなことをしていていいわけで、一日中寝ていてもいいし、ゲームをしていてもいい。もちろんセックスに明け暮れてもいいんですよ~、というわけでベーシックインカム


 正直、働かなくてもいい生活って、そんなに良いものなのかな、とも僕は思うんですよ。セックスに明け暮れるって、すぐに飽きそう。
 片山さんのイメージは、ちょっと古いのではないか、と感じるところも多いのですよね。たぶん、いまの10代、20代からすれば、僕の考えなんて、アナクロニズムの塊なのだろうけど。

 トランプの登場が象徴しているのは、「国民の消滅」ということではないだろうか。アメリカという国から国民が消滅している。ヨーロッパの先進国でも日本でも同じだ。国家はあっても国民はいない。いるのは一人ひとりの個人だ。国家は国民を守れなくなっている。国民も「自分たちを守れ」とは言わなくなっている。ただ「自分を守れ」と言っている。「他国のことはいいから、この国で真面目に働いているこのオレを守れ」という人たちがトランプを支持している。だが誰が見ても、トランプが守ろうとしているのは自分と身内だけだ。彼が選挙運動中に言っていたことは、大幅減税にしても社会保障制度の保護にしても、最初からできないとわかっていることばかりだ。
 できもしないことを大声で言う男がアメリカの大統領をやっている。自由貿易批判も、どこまで本気なのかわからない。海外から雇用を取り戻すと威勢のいいことを言って、中国やメキシコや日本を槍玉に挙げていたが、具体的にどうやって取り戻すつもりなのか。だいいちトランプを支持している人たちの多くがウォルマートなどで安い中国産の食品を買い求め、量販店で買った韓国製や中国製の家電を使っているのではないか。走っている車も燃費のいい日本車が多い。トランプが何を言おうとAIによる大規模な雇用破壊は目前に迫っているし、TPPやFTAなどに見られるグローバル化の流れは止まらない。それでもトランプを支持するという人々のモチーフはなんなのか?


 著者は、トランプ大統領をこのように批判している一方で、対立候補だったヒラリー・クリントンに対しても「僕だって彼女には投票しない。一回の講演で数千万円ももらっておいて『フェアネス』もないものだ」と述べています。
 まあなんというか、「ダメ出しばっかり」という印象は受けるんですよね。気持ちはわからなくもないのだけれど。
 
 著者のファン、あるいは「シリコンバレーではどんな人々が生活しているのか」に興味がある人は、読んでみても良いのではないか、と思います。


世界の中心で、愛をさけぶ

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