琥珀色の戯言

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スモールトーク ☆☆☆


スモールトーク (角川文庫)

スモールトーク (角川文庫)

書籍紹介
昔の男はオレンジ色のTVRタスカンに乗って現れた。会いたくなんかなかった。ただどうしてもその車が見たかった。以来、男は次から次へと新しい車に乗ってやってくるようになった。ジャガークライスラー、サーブ、アストンマーティンアルファロメオ…。長い不在を経て唐突に始まった奇妙で不確かな関係の行き着く先は。勤め人時代を描いたエッセイ及び掌編小説「ダイナモ」併録。

 おお、 絲山秋子さんのまだ読んでない作品が文庫になってる、しかもそんなに分厚くない!ということで書店で「表紙買い」した本なのですが、読み始めて「車が題材」であるということにちょっと戸惑ってしまいました。
 僕は車が嫌いというわけではないのですが、車への興味とか愛着は、同年代男子のなかでは、平均よりかなり低いんですよね。「ひとりでいても違和感のない空間」としては嫌いじゃないのだけれども、昔からの車酔いしやすかったこともあって、「移動の手段」としてはあんまり好きじゃないのです。自分で言うのも恥ずかしいのですが、運転するのがときどきむしょうにイヤになって、運転中にも「ここに車を置いてどこかへ行っちゃいたい!」という気分になります。

 でも、この本はけっこう面白く読めたんですよね。さすが絲山秋子さん。こういうちょっと偏った「外車、しかもお洒落な車への薀蓄を語りつつ」というテーマでも、僕のような「学生時代、父親がベンツに乗っていたのがひたすらイヤだった男」が最後までちゃんとつきあえるなんて!
 まあ、ある意味「外車を小道具にはしているけれど、描かれている人間も世界観もいつもの『絲山秋子ワールド』」だというのも否定できないところではありますし、だからこそ「僕にも読みやすかった」のですけど。

 しかし、「車なんて走ればいいとしか思っていない人間」である僕としては、

 去年は台風の来た翌朝早くにフランチェスコをけしかけて真鶴に海を見に行った。外は吹き降りだったけれど車内は閉塞感があって、窓も小さくて、フランチェスコのいい匂いがしていた。パネルは新しい感じで、メーターの液晶には薄い青の、センターパネルにはオレンジ色の文字が光っていた。そのデザインはとても注意深く選ばれていて、ロータリーエンジンの感触に合っていた。私のアルファに彼が乗ればそんなことはないんだけれど、RX−8に乗ると二人っきりの感じがした。嫌な奴と乗ったらさぞかし嫌な車なんだろうな。

というような描写を読むと、「やっぱり『車』っていうのは、(とくに恋愛のプロセスにおいて)大事なファクターなのだな……」と考えさせられました。「車なんかにつられる女なんて!」と言いたくもなるけれど、実は、「人」と「その人が乗っていた車」ってものすごく繋がっているものでもありますしね。

 ここに採り上げられている車か、絲山秋子さんの作品に興味がある方には、一読の価値があると思います。

 あと、この本のオビの

 昔の男が現れた。
 場違いなほど美しく、いかがわしい車に乗って。

 っていうコピーは、ものすごく秀逸ですね。

「正しいこと」の牢獄


「私の言うこと、何か間違ってる?」

 そう、君の言うことは、常に正しい。
 僕は休日だからといって惰眠を貪っているし、そのわりには肝心な仕事も遅々として進んでいない。
 おまけに僕はギャンブル好きで、いつも結果的には負けるとわかっている賭け事に身を委ねるし、部屋の掃除だって苦手だ。

 そう、君の僕に対する意見は、常に正しい。
 さすがに長年の付き合いだけあって、よく当たっているよ。

 最近、僕は君がいないと気がラクになるんだ。
 嬉々としてパソコンの電源を入れてネットをやったり、君が嫌いなカレーライスを大盛りで食べたりするんだ。

 そう、確かに君の言うことは正しい。
 僕はもっと勉強すべきだし、君を構ってあげるべきだ。
 偉そうにネットで匿名で能書きなんて垂れてる場合じゃないよね。

 
 でも、今日、僕は気がついたんだ。
 僕が間違っていたことに。
 確かに、君の言うことは正しい。それも完膚なきまでに。
 でもね、僕は君に聞きたいことがあるんだ。

 君は、「正しさ」の怖さを知っているかい?って。

 そりゃ、理不尽な感情論やイヤミだって勘弁してほしいさ。
 でも、それに対して僕は、「どうせ八つ当たりなんだから」と心をガードすることができる。
 でも、「正しいこと」は違うんだ。
 それは、どこまでもどこまでも追いかけてきて、僕の心に容赦なく突き刺さる。
 そして僕は、その「正しさ」で埋め尽くされた牢獄で、窒息しそうになる。
 「正しさ」に追い詰められることは、本当に辛いんだよ。
 だって、逃げ場がないんだから。
 
 僕は、どうしようもない人間だけど、これだけはわかる。
 「完璧に正しいこと」ほど、他人を傷つけるものはない。
 でも、君は僕に「正しいこと」を振りかざし続けている。

 僕は少しだけオトナになったから、正しいことがすべてを解決しないことを知っている。

 君はいつか、僕に凄く残酷なことをしていたことに、気がつくのかな? 

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