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琥珀色の戯言

【読書感想】【映画感想】のブログです。2016年8月より、『はてなブログ』に移行しました。

それでも僕は、ブロガーのほうがブックマーカーよりも偉いと思う。

WEB


 と、タイトルで軽く「釣って」みました。
 本当は、どんなにブックマーカーたちが優越感に浸りながら「自己主張」しているつもりでも、「主導権」を握っているのはそのエントリを書いた人なのだ、という話です。

 以前、齋藤由多加さん(ゲームデザイナー、『シーマン』の作者)が、著書『ハンバーガーを待つ3分間の値段〜ゲームクリエーターの発想術〜』(幻冬舎)のなかで、こんなことを書かれていました。

 大手のゲーム会社を新作の契約を交わすときなどには、手始めにどちらか一社がまず草案を作ります。私の会社のような零細企業などの場合、法務担当者なんていませんから、たいてい大手企業側の法務部がサンプルを作り、それをもとにどこを直せ、いや譲れない、と押し問答の交渉が始まります。
 両者とも零細企業の場合は、どちらにも担当者がいないものだから、面倒さにまかせてついつい契約書は後回し、となってしまいがちです。それくらい面倒な仕事です。
 なのになぜか、大企業はこのたたき台づくりという面倒な仕事を進んでやってくれるのでありがたい、と思っていたのですが、その理由が最近になってやっとわかりました。彼らは、交渉の焦点がこの草案の修正にあることを知っているからです。
 受け取った側の私たちが「ここを直してください」「ここはちょっと合意できない」などと、徹底的に修正を入れたところで、ベースとなっているのは所詮相手の作った条項です。
 「○×社の契約書には徹底的に赤字を入れてやったのさ」と得意気に話している私は、まるで仏様の手の上であがいている孫悟空のようなものです。

 この話は非常にインパクトがありました。

 僕は基本的に「クリエイター気質」ではない人間であり、自分で「創造」するより、他人が言ったこと、やったことをあれこれと「評価」するほうがたぶん好きだし、上手い(ってほどのこともないのですが)のではないかと思います。まあ、本当に「創造的な人間」なんて、世の中のごくごく一握りだけなんですけどね。

 ただ、どんな平凡な人間であっても、自分から「草案」「叩き台」を作っていけば、どんな優れた評論家相手にでも、「主導権」を得ることは可能なのです。「叩かれてばかりのエントリ」をバカにするブックマーカーは多いけれども、ブックマーカーたちが「徹底的に修正を入れたところで、ベースとなっているのは所詮相手の作った条項」であることはまちがいありません。
 僕は「マスコミ」が大嫌いですが、その一方で、「マスコミを批判する人が根拠としているのが、別のマスコミの記事」であったり、「マスコミ批判であるというだけで、その内容を鵜呑みにしてしまう人」が多いことを危惧してもいるのです。ただ、マスコミっていうのは一個人やちょっとした集団の力でどうこうできるような小さな相手ではないし、「歯止めをかける」という意味で有効であるのは認めますが、それは、単に「相手をちょっと軌道修正させらるかどうか」という話でしかないんですよね。マスコミを叩く人はたくさんいるけれども、自分で真実を伝えようとする人は、本当に少ない。

 「ブロガーのほうがブックマーカーより偉い」という言葉に反発を覚える人は多いでしょうし、「すべての人がブログを書く必要はないだろう」という主張もわかります。
 「プロ野球ファンがみんな日曜日に草野球をする必要なんてないし、自分でやるのは苦手だけど、観るのは好き」という人のほうが一般的なのかもしれません(僕もそうでした)」。単に「観客として、受け手として愉しむのが好きなんだ」という人は、それで幸福な時間が過ごせれば十分だと思うんですよ。僕だって、映画を自分で撮ったり、ゲームを作ったりしようとは考えないもの。
 しかし、あるテーマに対して、自分が積極的に関わって、自分なりの主張をしたいと思うのであれば、「ブックマーカーとして相手の土俵の上で勝負する」というのは、圧倒的に不利です。いや、不利どころか、「勝ち目がない」んですよ。マイナスなものをどんなに否定しても、「ゼロ」以上のものにはなりません。
 そりゃあ、「日本に徴兵制を!」みたいな話であれば自分に向かって飛んでくる火の粉を振り払うために微力でも戦うしかないのでしょうが、ネット上の個人ブログの「気に入らないエントリ」を叩いて良い気分になるなんていうのは、お手軽な代わりに、最も非生産的で迷惑な「娯楽」です。傍からみれば「めんどくさい人がめんどくさいことやってるなあ」という感じ。

 ここで、前と同じことをもう一度書きます。

 僕は「ブックマーク」というシステムそのものには感謝している面が大きいのですが、ほんと、批判的なコメント書いて「ネガコメ否定すんな!」とか声を荒げてるヒマがあったら、お前がブログやってみろよ、と思うんですよ。総理大臣やプロ野球の監督になるのは「選ばれた人」ばかりだけど、「ブロガー」なんて、パソコンとネット環境があれば、今すぐになれるんだからさ。つまらんネガコメを100個書く暇があったら、誰か一人にでも共感されるエントリをひとつでいいから書こうとしてみればいいのに。

 「お前がブログやってみろよ」と書いたのは、僕自身が(こんなに拙いものしか書けなくても)、単なる傍観者であった時期よりも、「自分で書いたほうが面白くなった」と感じているからです。叩かれたり人格攻撃されたりすることもあるけれど、それでもやっぱり「主導権を握っているほうが愉しいし、やりがいもある」のです。
 表現に問題があったみたいで、うまく伝わらなかったのは残念だけれども、僕が言いたかったのは、「ネットは、誰にでも主導権を握れる可能性がある世界なのだから、騙されたと思って自分から『仕掛けて』みてもいいんじゃない?」ということです(そりゃまあ、あまりに「悪乗り」するとしっぺ返しは食らうのでご注意ください)。
 悪口言われて落ち込むこともたくさんあったし、たぶんこれからも「やーめた!」って言うこともあるんでしょうけど、悪口言う側になるよりは、悪口言われる側になったほうがファンタスティックですよ、絶対に。


この『ハンバーガーを待つ3分間の値段』という本は、なにかを創ろうという人には、非常に良い刺激になる本だと思います。僕のお薦めです。