琥珀色の戯言

【読書感想】と【映画感想】のブログです。

夕凪の街 桜の国 ☆☆☆☆☆

夕凪の街 桜の国 (アクションコミックス)

夕凪の街 桜の国 (アクションコミックス)

出版社/著者からの内容紹介
昭和30年、灼熱の閃光が放たれた時から10年。ヒロシマを舞台に、一人の女性の小さな魂が大きく揺れる。最もか弱き者たちにとって、戦争とは何だったのか……、原爆とは何だったのか……。漫画アクション掲載時に大反響を呼んだ気鋭、こうの史代が描く渾身の問題作。

 また今年も8月6日がやってきました。
 もう何度も言及している作品なのですが、今年もまた御紹介しておきます。

 この「内容紹介」では「渾身の問題作」と書かれているのですが、正直、この本を最初に読んだときには、「感動的な話だけど、そんなにドラマチックな展開があるわけでもないし、地味な作品だよなあ」というような気持ちもあったのです。でも、なんとなく心に引っかかって読み返しているうちに、僕はこの作品がすごく好きになりました。衝撃というより、いつの間にかじんわりと心に染みとおってくるような、そんな感じなのです。
 この作品では、「原爆が投下された直後のヒロシマ」は描かれていません。こうの史代さんは、「地獄絵図のようなヒロシマ」そのものを描くのではなく、その「地獄絵図」から立ち上がろうとする広島の人々の姿を、けっして美化することなく描いています。「原爆」という個人の力ではどうしようもない大きな力に押し流されてしまったにもかかわらず、彼らは立ち上がろうとしては打ちのめされ、同じ日本人や親類たちからも敬遠されながらも、何度も何度も立ち上がって、「少しでも幸せになるために」生きていくのです。
 人間は、とても弱い存在だけど、それでも強く生きようとする「希望」は人から人へと受け継がれていきます。これは「原爆」をテーマにしている漫画ではあるのですが、そこに描かれているのは、普遍的な「人間の生命力」みたいなものだと僕は感じます。「原爆の話なんて……」と敬遠してしまう人も多いのかもしれませんけど、この作品が読者に与えるものは、けっして、「絶望感」「罪悪感」だけではないのです。

 この本の帯のこうの史代さんの「略歴」の中に

 好きな言葉は「私はいつも真の栄誉をかくし持つ人間を書きたいと思っている(ジッド

 と書かれています。
 確かに、この作品の主人公たちは、「真の栄誉をかくし持つ人間」だと僕も思いますし、普通の人が普通に生きていくのって、なんてすごいことなんだろう!と考えずにはいられなくなるのです。
 映画化もされていますし、ぜひ、一度読んでいただきたい作品です(映画『夕凪の街 桜の国』の感想はこちら)。

 余談ですが、広島に住んでいたことがある僕にとっては、「広島カープ」は、どんなに弱くても広島の人たちの心の支えだったんだなあ、と、これを読んであらためて感じました。「カープ弱いねえ」と言いながらも、やっぱり応援せずにはいられない広島人たちの気持ちは、今も昔も変わらないのかもしれませんね。

栗原選手の「8月6日」

広島カープの栗原選手は、自身のブログで、「8月6日」について書かれていました。

「8月6日。」(栗原健太オフィシャルブログ「“KONG”栗健 #5」2008年8月6日付)

栗原選手は、まったく「ヒロシマ」のことを知らず、興味もなかった状態でカープに入団し、広島の女性と結婚されました。

幸い、僕は広島の人と結婚し、
やっと本当の広島を知るようになりましたが、
ここ3年ぐらいの話しです。

じいちゃんやばあちゃんは
「戦争」という言葉をよく口にしていたけれど
広島に落とされた原子爆弾による戦争とは少し違うようです。

原爆について聞くようになったのは
「僕の嫁が被爆3世で、娘が4世である」
という事実を知ってからです。
原爆による放射能は被爆した人物の子孫まで影響します。
3世はまだまだ濃い、と聞きました。

僕と同じ世代の日本人が
まだ戦争の影響を受けているのです。

少なくとも広島では、原爆は「過去の悲劇」ではないのです。
でも、そこにあるのは「悲しみ」だけではなくて、この栗原選手のブログを読んでいると、奥様の「強さ」も伝わってきて、とても温かい気持ちになるんですよね。 

クライマーズ・ハイ ☆☆☆


Yahoo!映画 - クライマーズ・ハイ

1985年8月12日、群馬県御巣鷹山にJAL123便が墜落、死者520人の大惨事が起こった。前橋にある北関東新聞社では、白河社長の鶴の一声により、一匹狼の遊軍記者・悠木和雅が全権デスクに任命される。そして未曽有の大事故を報道する紙面作り―闘いの日々が幕を開けた。さっそく悠木は県警キャップの佐山らを事故現場へ向かわせる。そんな時、販売部の同僚で無二の親友・安西がクモ膜下出血で倒れたとの知らせが届く…。

 火曜日のレイトショーで鑑賞。観客は僕も含めて5人。
 2時間半近くの長尺作品ではあったのですが、とくに飽きて帰りたくなることもなく、さりとて、時間を忘れるほど画面に引き込まれることもなく、時計をチラチラと確認しながら最後まで観た、という感じです。

 僕はつい最近原作を読んだのですが、この映画版は、「☆5つの原作と役者たちの頑張りに助けられて、なんとか☆3つの映画になった」という感じがしました。個人的には、「原作を読んだからこそわかったところ」と「原作を読んでいたからこそ物足りなかったところ」があって、小説未読の観客にとってはどうだったのか、ちょっと興味があります。
 この映画版で僕がちょっとイヤだなあ、と感じたのは、とにかく演出を派手に、ストーリーを過剰にしようと原作を改変しているところなんですよね。しかも、その大部分が「改悪」。主人公・悠木の家庭の状況がそうだし、神沢のことだってそう。それが「ドラマチック」だと信じてああいう脚本にしたのだろうけど、そのわりにはラストは尻切れトンボ。「ええっ、これで文句言われるんなら、新聞記者なんてやってられんだろ!だいたいお前らいつも共同通信の受け売りばっかりなのに……」と驚いてしまいました。いや、原作のあのトンデモ投稿騒ぎはさすがにちょっと、と監督も考えたのでしょうが、どっちかっていうと、悠木が責められる「理由」としては、あのトンデモ投稿のほうがはるかに「納得できる」ように思われます。

 そして、この映画って、つくりが「荒い」んでるよね基本的に。小説版では悠木と息子の家での状況やお互いのすれ違いがきちんと描かれているので、「1本のハーケン」に深く静かな感動を覚えるのですが、映画では、そのあたりの背景を抜きが語られないまま、あのハーケンのエピソードが出てきます。あれって、原作を読んでいない人にとっては、あまりに唐突すぎるし、違和感しか残らないのでは……
 「親子の葛藤」をほとんど描かずに、いきなり「感動的な和解」を見せられても、観客としては、どう反応していいのかわかりません。
 あの場面を映画でやりたかったのはよくわかるのですが、あれではかえって「響かないお涙頂戴シーン」にしか見えないよねえ。

 この映画、「新聞社の雰囲気」はとてもリアルに描かれていたと思います。
 「新聞社のくせに」、テレビのニュースで日航機消息不明の第一報を知ったり、最新情報は「共同通信」頼みで、なにか新しい情報がわかるたびに、共同通信からのアナウンスが社内放送されたり。全国紙はさておき、地方紙っていうのはこんな感じなんでしょうね、きっと。
 編集局と販売局の軋轢なんていうのも、どこにでもありそうな話だし。
 「報道の現場が描かれている」ことについては、とても素晴らしい作品だと思います。「報道の自由」、とか「知る権利」などといった、メディアの人たちがよく使う「きれいごと」を全く感じさせず、被害者、読者のためなんて頭の片隅にもない記者たちが、「スクープを抜く」こと、手柄をあげることにとりつかれている姿を真正面から描いているのは、「マスコミの現場って、現実はこんなものだよなあ」と納得できますし。
 ここまで「被害者不在の報道人の姿」を赤裸々に描かれると(それが現実とはいえ)、北関東新聞社の面々に共感しがたいのも事実です。ただ、横山さんは「共感されること」を望んでこの小説を書いたわけではないのに、この映画の原田監督は、悠木の立場を擁護しようとしているのが透けてみえて、それは僕にはかえって不快でした。『クライマーズ・ハイ』は、「あの事故の原因への疑念」を主張するための作品じゃないはずなのに。
 あの原作、この俳優陣だからこそ、この脚本、この演出でも、なんとか「2時間半観ることに耐えられる映画」になったような気がします。

 堤真一さんと堺雅人さんはさすがの名演でした。予告編を観た時点では、「名優たちによる、オーバーアクト合戦」になっているのではないかと不安だったのですが、この映画の状況では、ああいう血管切れそうな怒りのシーンも自然なんですよね。堺さんみたいな記者って本当にいそうです。その他の役者さんたちのなかでは、整理部の亀嶋さんはいい味出してたなあ。

 基本的に「あの原作を映画化するには、2時間半じゃ短すぎる」というのはよくわかります。登場人物も多いし、エピソードも複雑に絡み合っているし。
 しかしながら、その「限られた時間のなかに、何を入れて、何を省くか」という点において、この映画版『クライマーズ・ハイ』には大きな不満が残ったのです。泣かせようと思って新たに加えられたシーンは、泣けるどころかしらけてばっかりだったし、これじゃあ、原作が泣いてるよ……そもそも、安西の存在意味無いだろこの脚本だと……
 観て損はしない「佳作」ではあります。でも、「傑作」になるはずの原作とキャストで、このくらいの映画しか作れなかったのは、なんだかとても勿体無くて悲しい。

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