琥珀色の戯言

【読書感想】と【映画感想】のブログです。

『琥珀色の戯言』 BOOK OF THE YEAR 2008


今年も残り少なくなりました。
恒例の「今年僕にとって面白かった本ベスト10」です。

いちおう「ベスト10」ということで順位はつけていますが、ジャンルもまちまちですし、どれも「本当に多くの人に読んでみていただきたい本」です。
2008年に発売されたものではない本も含まれていますが、「このブログで2008年に紹介した本のなかで」ということで。
(ちなみに、このブログで2008年中(12/29まで)に感想を書いた本は、186冊でした。ちなみに去年は158冊)


まず、10位から6位まで。


<第10位>赤めだか

赤めだか

赤めだか

この本の詳しい感想はこちらです。

評判に違わず素晴らしい「ひとりの若者の成長物語」であり「芸の世界の厳しさと優しさを描いた作品」だったと思います。
とくに印象に残ったのは、立川談志師匠のこの言葉。

「落語はね、この(赤穂藩の四十七士以外の)逃げちゃった奴等が主人公なんだ。人間は寝ちゃいけない状況でも、眠きゃ寝る。酒を飲んじゃいけないと、わかっていてもついつい飲んじゃう。夏休みの宿題は計画的にやった方があとで楽だとわかっていても、そうはいかない、八月末になって家族中が慌てだす。それを認めてやるのが落語だ。客席にいる周りの大人をよく見てみろ。昼間からこんなところで油を売ってるなんてロクなもんじゃねェヨ。でもな努力して皆偉くなるんなら誰も苦労はしない。努力したけど偉くならないから寄席に来てるんだ。『落語とは人間の業の肯定である』。よく覚えときな。教師なんてほとんど馬鹿なんだから、こんなことは教えねェだろうう。嫌なことがあったら、たまには落語を聴きに来いや。あんまり聴きすぎると無気力な大人になっちまうからそれも気をつけな」

<第9位>最後の授業 ぼくの命があるうちに

最後の授業 DVD付き版 ぼくの命があるうちに

最後の授業 DVD付き版 ぼくの命があるうちに

最後の授業 ぼくの命があるうちに

最後の授業 ぼくの命があるうちに

この本の詳しい感想はこちらです。

順位をつけるのがおこがましくなるような、パウシュ教授の「最後の授業」。

 僕は子供のころの夢についてくり返し語ってきたから、最近は、僕が子供たちにかける夢について訊かれることがある。

 その質問には明確な答えがある。

 親が子供に具体的な夢をもつことは、かなり破壊的な結果をもたらしかねない。僕は大学教授として、自分にまるでふさわしくない専攻を選んだ不幸な新入生をたくさん見てきた。彼らは親の決めた電車に乗らされたのだが、そのままではたいてい衝突事故を招く。

 僕が思う親の仕事とは、子供が人生を楽しめるように励まし、子供が自分の夢を追いかけるように駆り立てることだ。親にできる最善のことは、子供が自分なりに夢を実現する方法を見つけるために、助けてやることだ。

 だから、僕が子供たちに託す夢は簡潔だ。自分の夢を実現する道を見つけてほしい。僕はいなくなるから、きちんと伝えておきたい。僕がきみたちにどんなふうになってほしかったかと、考える必要はないんだよ。きみたちがなりたい人間に、僕はなってほしいのだから。

 たくさんの学生を教えてきてわかったのだが、多くの親が自分の言葉の重みに気がついていない。子供の年齢や自我によっては、母親や父親の何気ない一言が、まるでブルドーザーに突き飛ばされたかのような衝撃を与えるときもある。

(中略)

 僕はただ、子供たちに、情熱をもって自分の道を見つけてほしい。そしてどんな道を選んだとしても、僕がそばにいるかのように感じてほしい。

「きみたちがなりたい人間に、僕はなってほしいのだから」
この言葉の重み、僕もひとりの「親」として、しっかり心に刻んでおこうと思っています。



<第8位>インシテミル

インシテミル

インシテミル

この本の詳しい感想はこちらです。

今年僕がいちばん「時間を忘れて読んだ本」かもしれません。緊迫感と非現実感とレトロな「推理小説」のエッセンスが絶妙に配合された逸品。

 結城の気を昂ぶらせたのは、<暗鬼館>の入り口が閉ざされたことだけではなかった。

 飴色の円卓の上には、これも円陣を組んで、人形が置かれている。赤い顔に、鳥の羽飾り。ネイティブアメリカンの人形だ。数えるまでもないと思いながら、それでも目で数えていく。やはり、十二体。

<第7位>アメリカ人の半分はニューヨークの場所を知らない

アメリカ人の半分はニューヨークの場所を知らない (Bunshun Paperbacks)

アメリカ人の半分はニューヨークの場所を知らない (Bunshun Paperbacks)


なんというか、とにかく「凄い本」です。
町山さんの筆力はもちろんなのですが、この本の凄さというのは、「現在のアメリカ」という「ありえない国」がそのまま描かれていることに尽きると思います。
マンガで描くにしても、もうちょっとリアルにするだろ……と言いたくなるような「現実」があの国にはあるのです。
あまりにドラマチックというか「ウソみたい……というか、ウソであってほしい」。


この本の詳しい感想はこちらです。

バイブルベルト」とはアメリカ南部から西部にかけて広がるキリスト教信仰の篤い地域。ペローシ(ドキュメンタリー映画作家)はトヨタのハンドルを握ってアメリカを横断し、アメリカンな教会の数々を訪問する。車から降りずに礼拝ができる「ドライブスルー教会」、ハンバーガー屋の駐車場にチューンナップしたアメ車が集まる「ホットロッド教会」、二つに分かれた紅海やゴルゴダの丘でパターを決める「ミニチュア・ゴルフ教会」、「カウボーイ教会」、「スケボー教会」。ディズニーワールドの近所には聖書遊園地「ホーリーランド」がある。

 伝道師もアメリカンだ。「キリストをパーティに呼ぼう。水をワインに変えてくれるよ」とつまらんアメリカンジョークが売りの「コメディアン伝道師」、逆エビ固めを受けながら「キリストが十字架にかけられた痛みに比べればこんなもの!」と叫ぶ「プロレス伝道師」、「ハートブレイクは神が癒すぜ」と歌う「エルヴィスそっくり伝道師」。

<第6位>旅行者の朝食

旅行者の朝食 (文春文庫)

旅行者の朝食 (文春文庫)

この本の詳しい感想はこちらです。

 蓋を開けると、ベージュ色のペースト状のものが詰まっていた。イーラ(小学校時代の米原さんの友達のロシア人の女の子)は、紅茶用の小さなスプーンでこそげるように掬うと、差し出した。

「やっと手に入ったの。一人一口ずつよ」

 こちらが口に含んだのを見てたずねる。

「どう、美味しい?」

 美味しいなんてもんじゃない。こんなうまいお菓子、生まれて初めてだ。たしかにトルコ蜜飴の百倍美味しいが、作り方は同じみたいな気がする。初めてなのに、たまらなく懐かしい。噛み砕くほどにいろいろなナッツや蜜や神秘的な香辛料の味がわき出てきて混じり合う。こういうのを国際的に通用する美味しさというのか、十五カ国ほどの国々からやって来た同級生たちによって、青い缶は一瞬にして空っぽにされた。

 たった一口だけ。それだけでわたしはハルヴァに魅了された。ああ、ハルヴァが食べたい。心ゆくまでハルヴァを食べたい。それに、妹や母や父に食べさせたいと思った。ハルヴァの美味しさをどんなに言葉を尽くして説明しても分かってもらえないのだ。

僕もハルヴァを食べたい。



続いて、1位〜5位です。


<第5位>流星ワゴン

流星ワゴン (講談社文庫)

流星ワゴン (講談社文庫)

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(今の時点での)重松清さんの最高傑作だと思います。
「泣かせるための物語」じゃなくて、純粋に「続きが気になる小説」なんですよ。にもかかわらず「泣ける」。

「お父さんは、よくわかったよ、いまので。だから、もう無理して考えなくていいんだ」

「……ごめんなさい」

「謝らなくていい」

そんな必要はどこにもない。誰が悪いわけでもない。間違ってもいない。

広樹は僕と美代子の喜ぶ顔を励みにしてがんばって、僕と美代子は広樹ががんばっているを見るたびに嬉しくなった。幸せな家族だったのだと思う。我が家は幸せだった。幸せな日々を積み重ねながら、少しずつ不幸せな未来へと向かっていったのだ。

<第4位>敗者復活

敗者復活

敗者復活

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単なる「タレント本」を超えた「熱さ」を感じる1冊。M−1に参加していなければ、優勝していなければ書けないさまざまなエピソード。
ほんと、読んでみるまで、こんなに面白いとは思いませんでした。

(伊達さんの記述)

 サンドウィッチマンが敗者復活してから、大井競馬場は大変なことになってたらしい。

 残った56組の芸人たちのほとんどが帰らずに、決勝放送中のモニター前から動かない。

 これはM−1では異例のことだったらしい。何かが起こる予感を、みんな感じていたんだろうか?

 局側の本スタッフが、大井競馬場の撮影隊に「こっちに戻って来い」と言ったけど、「いま大井大変なんです!」って、モニター前の様子をカメラで撮り続けていたと聞いた。敗者復活会場に撮影隊が残ったのも、異例だったそうだ。

 芸人それぞれ、パイプ椅子に座ったり地べたに座りこんで、食い入るように決勝の様子を見てた。M−1グランプリのDVD特典映像のドキュメントでは、そのときの様子が詳しく記録されている。

 モニターを見る芸人たちの最前列、ど真ん中の一番いいポジションに、二郎さんが座ってた。そのすぐ横に、後輩のタイムマシーン3号・関と、超新塾のドラゴンもいる。

 二郎さんの顔がまた……たまらないんだ。兄貴みたいな、父親みたいな顔で、サンドウィッチマンの出番を見守ってくれている。

 あの人はそれまで、準決勝で負けたら「なんで僕らを選ばないんだよ!」ってすごい剣幕で怒って、帰っちゃっていた。特に2005年の敗者復活では、どうみても東京ダイナマイトが一番ウケてたのに、勝ちあがれなくて。あのときの悔しがり方は、忘れられない。

 その二郎さんが、会場に残り、モニターの前に陣取って、満面の笑みで僕らの漫才を見てくれている。「頑張れよ、伊達ちゃん!」っていう、心の声まで聞こえてきそうだった。

 何度見ても、このシーンは涙がこぼれそうになる。


<第3位>仕事道楽―スタジオジブリの現場

仕事道楽―スタジオジブリの現場 (岩波新書)

仕事道楽―スタジオジブリの現場 (岩波新書)

この本の詳しい感想はこちらです。

 この本を読んでいると、ジブリのこれまでの成功には、「宮崎・高畑両監督の創作者としての才能と鈴木さんのプロデューサーとしての能力」だけではなく、彼らの「人とのつきあいかた、人のつかいかたの上手さ」が大きかったのだなあ、と感じます。ジブリが「世間一般の企業に比べて異質」だったのは、世間が「無能だ」「めんどくさい人物だ」と切り捨ててきた人たちの隠れた「やる気」や「能力」をうまく抽出してきた点にあるんですよね。

もっというと、まわりをホッとさせる人も必要なんです。ここに好例がある。

 『ポニョ』で主題歌を歌ってもらった博報堂メディアパートナーズの藤巻直哉さんです。学生時代に「まりちゃんズ」というバンドを組んで歌っていて、2年ぐらい大学を休学、博報堂に入っていつのまにか偉くなっちゃった人です。最近、学生時代のバンド仲間、藤岡孝章さんと「藤岡藤巻」というグループを作り、歌いだした。ぼくは山田太一のドラマが好きなんですけど、それは必ずどうしようもない人物が出てくるからです。それは不思議な存在感のある人でもある。藤巻さんはまさにそういう人。

 ピシピシ働くということとまったく無縁の人です。『猫の恩返し』では博報堂ジブリ担当者だったけれど、見事に何もやらない。タイアップする企業が全然決まらないんです。会社にはいつも「ジブリ直行」と言っているらしく、彼宛ての電話が毎日ジブリに来るんですが、1回も来ていないんですから。こっちとしては『猫の恩返し』をヒットさせなければならないと思っているので、呼び出しました。「すいません。がんばってるんですけど」「いや、何もやってないでしょう」。電通のほうは担当が福山亮一という人で、この福山君ががんばっていいところを探してきてくれるのに、彼はゼロ。それならばというので、「出資は博報堂のままで、タイアップのほうは電通にするがいいか?」と聞いた。これは普通は恥ですよ。同じ広告代理店で競争相手であり、しかも福山君のほうが若い。藤巻「福ちゃん、お願いね」(笑)。しかもさらにすごいのは会社に戻ってからです。局長に報告すれば、当然、怒られる。「お前がだらしないからこんなことになった!」。局長が怒っているさなかに彼はそっと言うんですね、「専務にはどう伝えます?」。今度は局長が叱られる立場になりますから、ふっとわれにかえる。局長「……どうしよう」、藤巻「ぼくも行きましょうか?」(笑)。そういう人なんです。

 ぼくも宮さんもこういう人が好きなんですね。おもしろかったのは、ある日、アシスタントの白木伸子さんが「鈴木さんにお話したいことがある」と言ってきたこと。「失礼だと思うけど」と言いつつ、「どうして藤巻さんとおつきあいになるんですか? 決して鈴木さんのためになる方だと思いません」。そうしたらそれが宮さんの耳に入った。宮さんはすぐに白木さんを呼んで、なぜ藤巻さんが大事かということを説明する。

 このあいだも、藤巻さんが来たら、宮さんは忙しいのに2時間もしゃべっていました。「藤巻さん、あなたは無知ですね。世界がどうなってるかに関心ないでしょ」。宮さんは藤巻さんと話すことで、どこかホッとしているんでしょうね。

<第2位>家守綺譚

家守綺譚 (新潮文庫)

家守綺譚 (新潮文庫)

この本の詳しい感想はこちらです。

――サルスベリのやつが、おまえに懸想をしている。

 ――……ふむ。

 先の怪異はその故か。私は腕組みをして目を閉じ、考え込んだ。実は思い当たるところがある。サルスベリの名誉のためにあまり言葉にしたくはないが。

 ――木に惚れられたのは初めてだ。

 ――木に、は余計だろう。惚れられたのは初めてだ、だけで十分だろう。

梨木香歩さんは、「私は人間が『生きようとする』ための手伝いをできる作品を書きたいと願っている」と常々仰っているという話を小川洋子さんがラジオでされていたのですが、この『家守綺譚』は、まさにそんな作品だと思います。

 大自然の「生」と比較して、人間(生物)の「死」が色濃く描かれているように感じられる作品なのですが、だからこそ、僕はこの小説に「だからこそ、とりあえず生きてみてもいいんじゃないか」と背中を押してもらえるような気がしたんですよね。
 今年読んだ小説のなかでは、ナンバーワンでした。1位との差は「やっぱり、今年出た本が1位のほうがいいよね」とか、そういう感じです。



<第1位>ルポ 貧困大陸アメリカ

ルポ 貧困大国アメリカ (岩波新書)

ルポ 貧困大国アメリカ (岩波新書)

この本の詳しい感想はこちらです。

今年の1位はこの本。
出版されたのは今年の1月だったのですが、世界は、1年前には予想もしていなかった「不景気」と「混乱」に覆われています。
「すべての貧困は自己責任」だと考えている人たちは、ぜひ一度この本を読んでいただきたいと思います。あまりに凄すぎるアメリカの「現実」に唖然とさせられますよ。

 国内では経済的状況を含む個人情報が本人の知らないところで派遣会社に渡り、その結果、生活費のために戦地での勤務につき死亡する国民の数も急増する一方だ。彼らの動機は愛国心国際貢献といったものとは無縁であるとみなされるため、戦死して英雄と呼ばれる兵士たちと違い、むしろ「自己責任」という言葉で表現される。
 グローバリゼーションによって形態自体が様変わりした戦争について、パメラは言う。
「もはや徴兵制など必要ないのです」
「政府は格差を拡大する政策を次々に打ち出すだけでいいのです。経済的に追いつめられた国民は、黙っていてもイデオロギーのためではなく生活苦から戦争に行ってくれますから。ある者は兵士として、またある者は戦争請負会社の派遣社員として、巨大な利益を生み出す戦争ビジネスを支えてくれるのです。大企業は潤い、政府の中枢にいる人間たちをその資金力でバックアップする。これは国境を超えた巨大なゲームなのです」


というわけで、『琥珀色の戯言』の今年のベスト10でした。


そうそう、「話題賞」も御紹介しておきます。
今年いちばんブックマークを集めた本の感想はこちら。

<話題賞>なぜケータイ小説は売れるのか

この本の詳しい感想はこちらです。

これは、僕の感想というより、紹介したAmazonのレビューを書いた人のおかげ、なんですけどね。


今年の僕の読書傾向を総括すると、まず、新書をたくさん読んだなあ、と。
ただ、新書というのは本当に玉石混合のジャンルで、薄い本のなかに本質的なことが詰め込まれているものもあれば、以前同じ著者が書いたものの焼き直しだったり、有名人の与太話を収録しただけのものだったりと、なかなか面白い本を選ぶのは難しいなあ、と感じました。
あとは、「なるべく古典的な『名作』を読んでみよう」ということで、意識していくつか読んでみました。村上春樹さん訳の『ティファニーで朝食を』や『異邦人』『老人と海』など。
これは、来年以降もがんばって読んでみようと考えています。「なるべく幹のほうにさかのぼる読書」を目指して。
来年は、『カラマーゾフの兄弟』をぜひ読破したいものです。
あとは、翻訳小説も積極的に読んでみるつもりです。
しかし、こうして考えてみると、僕はこの年まで、けっこう本を読んできたつもりなのだけれど、読めば読むほど、読んでいない本、たぶん一生かけても読み切れないであろう本のことを考えると、本当にせつなくなってしまいます。

最後に、僕が今年読んだ本のなかで、もっとも心に残っている文章のひとつを御紹介して、今年のエントリを締めくくります(あっ、でも今年はあとひとつ、これも恒例のこのブログの1年の総括が残ってますね)。

なぜ、あなたの会社にはこれが作れなかったのか?

なぜ、あなたの会社にはこれが作れなかったのか?

↑の本のなかの一節です。

今までの経緯を考えると、急ぐ必要があった。だが、彼(小川さん)は言う。

「『スマイルシャッター』は世界初の試みだからこそ、納得いく性能でなければ世に出すことはできなかったんです」

 中途半端な状態で発売したとしても、世間から「表情の認識機能はその程度」と思われてしまい、評価が得られなければ、せっかくの企画も今回で終わりになりかねない。それはデジタルカメラの可能性を閉ざすことでもあるはずだ。結局、作業は連日、深夜に及んだ。だが彼は、真夜中にひとり机に向かいPCの画面に並ぶ笑顔を見たとき、初めてこの仕事の”本質”に気づいたという。

「想像してみてください。PCの画面に世界中の人々、ふだんは厳しい上司、きっちりしてると評判の経理の人……みんなの笑顔が何千枚も並んでいるところを。なぜか元気が湧いてくるんです。ああ自分は幸せな世界に生まれ、人は愛し合って生きている。笑顔ってそれを何より雄弁に実感させてくれるものなんだ、と」

 完成すれば世界中のカメラを笑顔で満たせると信じて作業した。彼はその後、どれくらいの笑顔でシャッターが反応するかユーザーが調整できるようにし、「この思い、伝わってほしい」と念じて製作物を次の部署に渡したという。

 そして2007年9月、「スマイルシャッター」機能を搭載したカメラが発売開始となる。

2009年は、世界が少しでも多くの笑顔で満たされますように……なんてね。

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