琥珀色の戯言

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インシテミル 7日間のデス・ゲーム ☆☆


参考リンク:『インシテミル 7日間のデス・ゲーム』公式サイト

あらすじ: 時給11万2,000円という怪しい求人広告を見て、暗鬼館へと集まった男女10人。仕事内容は24時間監視されながら7日間を過ごすこと。そして、個室にはそれぞれ異なる凶器が置かれ、何も起きずに7日間経過するか、生存者が2名になるまで暗鬼館に残らなければならない。しかし早速2日目に銃殺による死者が出てしまい、彼らは疑心暗鬼に陥っていく。

2010年18本目の劇場鑑賞作品。公開初日の土曜日の10時からの初回上映で、観客は30人くらい。
初日の朝からの上映って、こんなものなのかな。
日本テレビがかなり宣伝に力を入れていたし、昨夜は藤原竜也さん主演の『カイジ』を放映していたので、もうちょっと入っているのではないかと予想していたのですが。

原作(小説版)『インシテミル』感想

僕は原作の小説版『インシテミル』が大好きだったので、この映画の公開をけっこう楽しみにしていたのです。
珍しく公開初日に混雑覚悟で観に行ったのだけれど、いや、これは参った。酷い、酷すぎるよこの映画化……
この映画を制作した人たちは、『インシテミル』という小説の魅力を全く理解できないまま、設定の面白さだけを利用して(いや、したつもりで)、つまらないサスペンス映画にしてしまったのです。
原稿用紙1000枚、単行本で450ページの長さを107分にまとまなければならない、というのと、「ホリプロ50周年作品」と「豪華キャスト」で「大物には見せ場をつくってあげなくてはいけない」という制約があったとしても、あんまりだよこれは。

僕は、原作の感想で、こんなふうに書きました。

内容としては、古今の名作ミステリを知っているとちょっと楽しめるような小ネタ満載の「クローズドサークルもの」(外部と完全に遮断された空間を舞台にしたもの)なのですが、この作品のすごいところって、ある種の「背景のリアリティ」とか「動機」みたいなものを限りなくサラッと無視して、「とにかくそこに密室がある!12人の人間がいる!そして、「事件」が起こる!」ということなんですよね。

 昨今のミステリで流行の「警察小説」では、リアリティを増すために、警察という組織そのものが綿密に描かれているのですが、僕は正直、そういう「背景を理解するだけで疲れる小説」に、最近食傷気味でした。

 そんな中、この『インシテミル』は、まず、「リアリティ」が必要ない状況を創り出し、その中で「今夜は、そして明日は何が起こるんだろう……」という興味で読者をグイグイと引っ張っていくのです。

 内容的には、『かまいたちの夜(パート1)』の設定を複雑にしたものを、主人公になって体験していくような感じです。

しかし、「リアリティが無いのが魅力」のはずのこの小説でも、さすがに、綺麗な女性(綾瀬さん)に「こんなのあるんですけど、興味あります?」って、携帯電話の画面の「時給11万円のアルバイト」を見せられただけで(本当に、「見せられただけ」なんですよ!)、ホイホイと「来ちゃいました!えへへ」なんていうことになる主人公の愚かさには呆れるばかりです。お前、これまでに、電話でマンション何軒買わされてるんだ?
原作では、もうちょっと「主人公・結城がこのアルバイトに参加するまでの流れ」に説得力があったのですけど。

そして、そんなにあっさりと引っかかった自分の浅はかさを棚上げにして、「こんな酷い『ゲーム』が許されるものか!オレは絶対に生きのびてやる!」と主催者側の「非人道的」な姿勢を糾弾する藤原さんの熱演!
いやちょっと待て、「引っかかった」のはお前の責任だろ、拉致されてきたわけじゃないんだから……もともと「怪しい」に決まってるだろこの話……

そして、この映画、たしかに原作の「断片」は採りいれているのですが、これがものすごく中途半端なんですよ。
原作では、

ネイティブアメリカンの人形だ。数えるまでもないと思いながら、それでも目で数えていく。やはり、十二体。

これを読んだ多くのミステリファンの読者が、「おお、『そして誰もいなくなった』か!」とワクワクするはずなのですが、この映画では、登場人物のひとりが、途中でサラッと「あれ、『そして誰もいなくなった』よ」と触れるのみです。
原作では、各部屋に「凶器」とともに置かれている「メモ」に、それにまつわる古典ミステリの題名とその作品の簡単な解説が書いてあるのですが(結城はミステリファンで、そこに書かれている題名が、問題解決のヒントになるのです)、この映画では、「銃殺」などの殺害方法と「○○事件」というような題名が書いてあるのみ。
原作を読んでいない観客は、「これ何?伏線?」と思うだろうけど、この映画を観るだけでは、そのメモに書いてある言葉の意味がサッパリわからないはずです。
「原作の設定だけを利用した、ミステリマニアじゃなくても楽しめるサスペンス映画」にしたいのだったら、こういうところだけ中途半端に原作に忠実にしても意味ないだろ……
これに限らず、「原作ファンにとっては中途半端かつ無意味で、原作を知らない観客にとっては、何のことだかよくわからない」そんな描写が多すぎ!
そもそも、「暗鬼館」のルールって、映画のなかの簡単な説明だけで、原作読んでなくてもみんな理解できるのだろうか?

僕は原作の魅力を、こんなふうに感じていました。

いや、米澤さんのファンの人には怒られるかもしれないけれど、僕はこの作品が、「人物描写のディテールにこだわらない」「『感動させよう、泣かせよう』というよりも、ひたすらクローズドサークル内での『パズル』としての完成度を追及している」ものであることを好ましく感じています。

 「人が殺される話」だし、けっこう残酷な描写もあるのだけれど、基本にあるのは、「ミステリは『泣かせる』ためのものじゃなくて、ストーリー展開の面白さとトリックの奇抜さを楽しませるもの」だという米澤さんのポリシーだと思ったし。

しかしながら、この映画では、結城が「人の命をもてあそびやがって!」とか怒りだすわけですよ。
気持ちはわからなくはないけど、「時給11万円」に魅かれてやってきた人間が、いまさらそんな安易なヒューマニズムを熱く主張するのは、「感動」よりも「往生際の悪さ」しか感じられません。
この映画では、時間の関係か、登場人物間の「駆け引き」の描写はほとんどなくて、次から次に人が死んでいくだけで、登場人物が思考のプロセス抜きに「正解」を思いついていくのが「謎解き」。
もうほんと、観ながら、「原作はこんなんじゃないのに……これを作った人は、絶対に原作を面白いと思ってないんだろうな……」と悲しくなってきたんですよ。
原作は、「暗鬼館」の鍵のかからない部屋で過ごす夜の怖さが切実に伝わってきて、読んでいる僕も、夜が明けたらホッとしたくらいなのに、そういう「何かが起こるのはないかという恐怖」が、この映画からはほとんど感じられません。登場人物のオーバーアクト気味の演技から伝わってくるのは「わかりやすい狂気」ばっかり。

要するに、この映画には、僕が米澤穂信さんの『インシテミル』を面白いと感じたエッセンスが、全く含まれていないんです。
というか、原作の面白さをわかっていない人が、「ホリプロ50周年記念映画」にキャスティングしやすい作品として『インシテミル』を選び、やっつけ仕事として北大路欽也さんの見せ場をつくったとしか思えない。

僕にとっては、綾瀬はるかさんが出ている(演技も役柄もひどいけど)こと以外は、ただひたすら失望と憤りがこみあげてくるだけの映画でした。
もし、映画を先に観て、「『インシテミル』って、こんなつまんない小説だったのか」と思った人がいたら、ぜひ原作を読んでみてください。
そして、原作ファンは、どうしても観たい人でも「DVD待ち」で十分かと。僕のように「原作と比較して、あまりのひどさに憤り、制作者を罵倒してストレスを解消する」というタイプの人間でなければ、たぶん、DVDを観るのでさえ、時間の無駄ですが。
そもそも、映画館の大スクリーンで観るべきところが、何もありません。

ああ、なんか久々に地雷踏んじまったなあ……
原作ファンとしては、ひたすら「残念」な映画でした。