琥珀色の戯言

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グーグルで必要なことは、みんなソニーが教えてくれた ☆☆☆☆


グーグルで必要なことは、みんなソニーが教えてくれた

グーグルで必要なことは、みんなソニーが教えてくれた

内容紹介
ウォークマンは、負けるべくしてiPodに負けたのだ。
VAIOスゴ録ソニーが誇る大ヒット商品を次々生み出し、途方もない赤字部署をあっという間に立て直した天才は、何故、愛してやまないソニーを去る決心をしたのか。
その後、世界を席巻するグーグルの日本法人社長を務めた著者が振り返る、ソニーでの二二年間とグーグルでの三年間。
興奮と共感のビジネス戦記。

[本文より]

「なぜソニーはアップルを超えられないのか?」「どうして日本からグーグルのような会社が生まれないのか?」といった類の質問を私自身も幾度となく受けて来た。「冗談じゃない、日本が生んだソニーはアップルやグーグルの手本となる企業でさえあったんだ」というのが私の本音である。(中略)
本書のタイトル「グーグルで必要なことは、みんなソニーが教えてくれた」は、グーグル全盛の今日にはまさに逆説的だ。しかし日本人が創業した世界企業であるソニーは、本当はそのくらい凄かった。そして私は、そのソニーで、反面教師的なことも含めて実に多くのことを学んだ。それらの学びがあったからこそ、グーグルの急成長の理由を理解し、そこで密度の濃い時を過ごすことができたと思う。
(「プロローグ」より)

この本を読みながらずっと僕が考えていたことは、「自分には辻野さんのような生き方はできないな」ということでした。
強い信念と行動力、そして、問題の要点をすぐにつかんでしまう全体を見渡す力。
相手が外国人や上司であっても、「正しいこと」を指摘するのに妥協しない姿勢。
ソニーに入社後カリフォルニア工科大学に1年間されたときに、毎日3時間の睡眠で猛勉強していた話などは、ほんと「僕には真似できないなあ」としか言いようがなくて。
これから社会に出て「勝負」しようという学生や、若い社会人にとっては、「目標」になりうる人だと思うのですが、僕にとっては「参考になる」というより、「世の中には、すごい人がいるものだなあ、そして、こういう人がいてもソニーが凋落していることを考えると、『歴史の流れ』というか『組織の老朽化』みたいなものは、個人の力ではどうしようもないのかなあ、というのが、率直な「感想」です。
いやなんだか、ここで描かれている「最近のソニー」は、『蒼穹の昴』で、改革派たちが努力しても傾くことを防げなかった、清朝末期みたいでした。
そして、この本を読んでいると、いま、この世の春を謳歌しているグーグルも、いずれはソニーと同じような「動脈硬化」に陥って、凋落していくのだろうな、という気がしてきますし、それはたぶん正しいのでしょう。
「生き方、仕事術のノウハウ本」というより、「革命に失敗した人が語る、巨大国家衰亡のリアルな過程」として僕は興味深く読みました。

それにしても、辻野さんが理解していた「現実」と、ソニーの多くの経営陣・技術者たちが考えていた「現実」とのギャップには、僕も驚きました。

 人々の音楽の楽しみ方は既に大きな変化を遂げつつあった。CDやMDなどを持ち歩くことはなくなり、ハードディスクやフラッシュメモリなどの大容量ストレージに好きな楽曲を大量にコピーして持ち歩くようになったのだ。しかも、インターネットの存在が楽曲のオンライン購入も可能にした。その後、いわゆるクラウド・コンピューティングの世界が本格的に広がり、これからは手元にダウンロードしたりCDからコピーしたりして持ち歩く必要すらなくなりつつある。
 すなわち、今や、デジタルエンターテインメントの世界は、インターネットと連携した優れた生態系をトータルで作り上げることが勝負なのであって、昔のようにオフラインのデバイスの優劣で勝負が決まる時代ではなくなった。
 しかし、当時の旧ウォークマン部隊の人達は、iPod対抗を議論するときに、依然として「音質の良さ」とか「バッテリーの持ち時間」、果ては「ウォータープルーフ(防水加工)」などの話を主題として持ち出してくるので唖然とした。
 音質やデバイスのクオリティが劣っていても人々が求めるのはiPodになってしまったのである。もはや人々がお金を払うのは、音質やデバイスの出来の良さに対してではなくて、生態系トータルの出来の良さに対してなのである。根底から発想の転換を求められていたのだ。優れた生態系を持たずしては、単体でどんなに優れたデバイスを作ったところでゲームの土俵にすら上れはしないのである。

結局のところ、ソニーの技術者たちは、音質などの「iPodの弱点」を探すのことにばかり夢中になって、「なぜiPodがあんなに多くの人に支持されたのか?」を理解しようとしなかったのでしょう。
「あんなに音質が悪いのは、音楽プレイヤーとしては間違っている」
ところが、ユーザーにとっては、iPodはもはや「ただの音楽プレイヤー」ではなかったのです。

 日に日に勢力を伸ばすアップルを追撃するためには年末商戦を逃すわけにはいかなかった。九月に、半ば見切り発車で新商品発表会を行い、アップル追撃の切り札としてウォークマンAシリーズとコネクトプレイヤーによるソニーウォークマンの新しい生態系をアピールした。
 しかし、そうした我々をあざ笑うかのように、アップルは同じ日に彼等の次の戦略商品であったiPod nanoの発表をぶつけて来た。新商品発表会でスピーチをする直前、スタッフが入手してきたiPod nanoが手元に届いた。
 彼等の新製品を一目見た瞬間に、私は敗北を悟った。

22年間勤めたソニーを、半ば追われるような形で辞めた辻野さんは、グーグルに「再就職」されます。いまや「世界でもっとも入るのが難しい会社」で評価され、日本法人の社長まで務められたのですから、辻野さんは、ほんとうに「すごい人」です。

 グーグルという会社については、「検索エンジンの会社」と説明されることが多いが、それはこの会社のコアコンピタンスに言及しているだけのことであって、グーグルの全容を表現しようとすれば、「クラウド・コンピューティングの世界を構築する会社」と定義するのが最もふさわしいと思う。グーグルのすべての経営資源は、クラウド・コンピューティングの現在と未来を作るために投じられている。
 グーグルが次々と矢継ぎ早に打ち出す新製品や新技術、買収行動などは、一見、あまり脈絡がないようにもみえるかもしれないが、実は、すべて、この「クラウドの発展を牽引し、そこで勝ち続ける」という一点において、きれいに説明できる。

社長をされていた人の言葉とはいえ、ここまでクリアカットに「グーグルとはどんな会社か?」という質問に答えてくれた文章を、僕は読んだことがありませんでした。
結果的に、辻野さんのグーグルでの生活は3年で終わりましたが、この人に、

 当初はあまりの激務に、1年もたないのではないかと思う程で、定期券も3ヵ月更新でしか買わなかったくらいだ。

と言わしめるグーグルというのは、「多くの才能を大量に使いつぶしながら、ひたすら突き進んでいる」ようにも思われます。
 グーグルが通ったあとには、才能を搾り取られた死屍が累々と並んでいるのかもしれません。
 僕たちが「自由で勢いがある、憧れの職場」だと想像している場所は、けっして「楽園」じゃない。

 でも、いまの「グローバル化」の大きな波のなかでは、そこまでやらないと、「勝ち組」にはなれないのです。
 なんというか、「覚悟」を問われる本ですよねこれは。
島耕作』を読むたびに「ああ、サラリーマンになればよかった!」と残念になる僕ですが、この本を読むと、「ああ、エリートサラリーマンにならなくて(まあ、もともと「なれない」けど)、本当によかった!」と安心しました。
「頂点」を目指そうとすれば、どの世界でも、上に行くほど、風当たりは強くなるに決まってはいるのですが。

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