琥珀色の戯言

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われ敗れたり ☆☆☆☆


われ敗れたり―コンピュータ棋戦のすべてを語る

われ敗れたり―コンピュータ棋戦のすべてを語る

永世棋聖米長邦雄と最強将棋ソフト「ボンクラーズ」の死闘の全記録。対局実現までの経緯、鬼手「6二玉」に込められた想い、今後の人間VS.コンピュータ棋戦の展望を語り尽くした一冊。


米長邦雄元名人が、コンピュータ将棋に敗れたという話を耳にしたとき、僕は正直「米長さん、元名人ともあろうものが、油断してコンピュータに負けるなんて情けないなあ……」と思いました。
僕のイメージでは、オセロやチェスでは人間がコンピュータに勝つのは難しくても、将棋の世界では、まだまだ人間が優勢なはずだったので。
いまから30年近く前、『月刊マイコン』(電波新聞社)で、年に1回「コンピュータ将棋大会」が開かれていました。
コンピュータと将棋の両方が好きな少年だった僕はそれをすごく楽しみにしていたのですが、当時のコンピュータ将棋というのは、「まず、ルールを守って人間と対戦ができるだけでも素晴らしい」という感じだったんですよね。


ところが、僕が将棋、そしてコンピュータ将棋から離れてしまっているうちに、コンピュータはどんどん強くなってきたようです。
そういえば、iPhoneのアプリの将棋ソフトでも、ほとんど勝てなくなってしまったものなあ。
僕がしばらく将棋を指していなかったから、弱くなっていたのだと思ったけれど、コンピュータ将棋のほうもかなり強くなった、ということなのでしょう。


この本では、米長さんが、コンピュータ将棋「ボンクラーズ」の挑戦を受け、対戦のために入念な準備をし、対戦し、そして敗れるまでの軌跡が語られています。
驚いたのは、「ボンクラーズ」と対戦し、勝つために、米長さんが「コンピュータ将棋」そして「ボンクラーズ」を入念に研究していたことでした。


米長さんは、対戦前に、「ボンクラーズ」の簡易バージョンを自宅に持ちこみ、ひたすらその「手筋」を研究していきます。
(実際に対戦したバージョンは、処理速度が早いコンピュータを使用し、もっと多くの手を短時間で読めるものだったそうです)

 ボンクラーズと対戦ができる環境が整った私はまず、一手30秒で100局指してみました。どんな作戦が得意なのか、どのくらい強いのか、ということを確認しようと思ったのです。どういうわけか、相手は制限時間いっぱい考えるわけではなく、必ず22秒で指してきました。それに対して、こちらは一手2、3秒で指してみました。市販のソフトだと持ち時間を読み上げてくれますが、そんな機能はついていないので、下手に考えていると勝手に時間切れで負けになってしまうということもありました。ひとまずパッと目に映った手を早指しで指す。それでも一応、私も元名人ですから、まあ勝負にはなるだろうと思っていたのですが、これがまったく勝てない。本当に強い、と驚きました。
 そして対戦を繰り返していくうちに、私は驚くべきことに気がつきました。ボンクラーズは、いかなる戦型についても理解しているということです。江戸時代の戦型から、最新の棋士の戦型まで、すべてきちんと理解して指している。指した当人である私自身が忘れている、米長邦雄の将棋も全部理解して指しています。単に機械的に棋譜を覚えているというのではなく、相矢倉戦の繊細な駆け引き、相振り飛車の機敏さ、横歩取りの激しい変化も見事に指しこなすのです。
 しかも、人間のプロ棋士には、度忘れ、うっかりミスが必ずといっていいほどありますが、コンピュータにはありません。なるほどこれは強いわけだ、これと戦うには相当のことを考え、実行しなければならないと思いを新たにしました。

 ちなみに、米長さんは若手棋士たちを家に呼び、「ボンクラーズ」と対戦してみてもらったそうなのですが、一手30秒では、ほとんどのプロ棋士たちは「ボンクラーズ」に負けてしまい、「こんなにも強いのか」とみんな驚いていたそうです。


 このままでは勝てない、と危機感を抱いた米長さんは、「ボンクラーズ」の弱点をあぶり出そうとします。
 考えた末にたどり着いたのが、後手番初手「6二玉」でした。

 この手は、将棋の定石からすれば、「信じられない初手」です。
 駒の動かし方をようやく覚えたばかりの子供ならさておき、将棋を少しでも勉強した人間なら、まず指すわけがない一手でした。


 だからこそ、米長さんは、この手に賭けたのです。
 コンピュータは「答えが見えている」詰将棋に強く、終盤、勝負が収束していく際には圧倒的な強さを発揮します。
 逆に、序盤の「どうにでも展開が転がっていく場面」は、まだ少し苦手としています。
 それでも、ある程度「定石通りの展開」になれば、コンピュータは十分適応できるようになりました。

 そこで、米長さんは、コンピュータにとって「ありえない手」「計算に入っていない」(というか、サンプルが少なく、分析しにくい)「6二玉」で、コンピュータを混乱させ、序盤でなるべくリードを奪って、そのまま逃げ切るという作戦をとったのです。
 この本を読んでいると、米長さんの「6二玉」に賭けた執念が伝わってきます。


「私が弱いから負けた」
でも、それは「6二玉が悪手だったからではない」。
名人位までのぼりつめた、まもなく70歳になる男が、機械に勝つために選んだ「将棋の定石を度外視した一手」。
この「6二玉」は、今後、コンピュータ将棋が人間を圧倒するような時代が来れば(それはおそらく、そんなに遠くない未来の話でしょう)、そのターニングポイントとして語られる手になるのではないでしょうか。


 その一方で、「名人位にまで就いた人が、『コンピュータに勝つため』だけに、そんな奇策を使うのは情けない。もっと堂々と『人間らしい将棋』で受けて立ってほしかった」という声もあったようで、その気持ちもわかるんですよね。


 この本を読んでいると、「コンピュータ将棋」が「人間の将棋」に唯一勝てないものは、「棋士たちのドラマ」を見せることなのだろうな、と思えてなりません。


 「ボンクラーズ」と戦う前、あらゆる準備をしたあとに、米長さんは、奥様に「私は勝てるだろうか」と尋ねたそうです。
 もちろん、「大丈夫ですよ」と言ってもらえることを期待して。

 しかし、妻の答えは驚くべきものでした。
「あなたは勝てません」
 このように断言されてしまうと、私もどこにいたらなさがあるのか、気になります。当然、「なぜ勝てないんだ」と問い返します。すると妻は「あなたは全盛期に比べて、欠けているものがある」というんですね。
 さて、なんだろう。酒は飲んでいない。将棋の勉強も一生懸命がんばっていると思う。しいていえば前立腺がんを患っていて、その不安があるくらいだが、それくらいでどうして勝てないというのかわからない。だからおそるおそる聞いてみた。すると、妻は「全盛期のあなたと今のあなたには、決定的な違いがあるんです。あなたはいま、若い愛人がいないはずです。それでは勝負に勝てません」といったのです。
 この恐るべき一言! 「それではお言葉に甘えて……」というわけにいくかどうか。これは、コンピュータ相手に勝利する以上に難しい問題でしたが、結果、私は妻の言葉を無視してコンピュータと戦い、敗れました。

 米長さんは、この奥様の言葉を「『勝ちたい』と思い詰めていた自分を、もう少しリラックさせるためのアドバイス」だったのではないかと、ボンクラーズと戦い終わった現在では、考えておられるそうです。


「プロなんだから、コンピュータになんか負けるわけがない」というような余裕は微塵もなく、いまは現役を退かれたとはいえ、名人位にまで上り詰めた人が、ここまでやったのです。
 「ボンクラーズ」はすごいけれど、棋士米長邦雄も凄い!


 将棋好きの人、そして、「元名人が、コンピュータに負けたこと」に納得がいかない人には、ぜひ読んでみていただきたい本です。
 米長さんと「ボンクラーズ」は、真剣勝負をしていました。
 そして、勝負をすることによって、「人とコンピュータの歴史」をつくる仲間にもなったのです。

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