琥珀色の戯言

3000冊以上の【書評】と500作以上の【映画感想】を、ちゃんと読んで、観て書いてきたブログです。話題になったあの本や映画の感想が、たぶんあります。新書、ノンフィクション、インターネット関連本が多め。

【読書感想】地方にこもる若者たち ☆☆☆


内容紹介
若者はいつから東京を目指さなくなったのか?
田舎と東京の間に出現した地方都市という存在の魅力とは?
若者が現在と未来に感じる満足と不安とは?
『搾取される若者たち』で鮮烈デビューを果たした気鋭の社会学者が甲南大学准教授と
なり、
地方から若者を捉え直した新しい日本論。
岡山における「社会調査」(現在篇)、
BOOWY、B'z、ミスチルKICK THE CAN CREWなどのJ-POPから独自分析した「若者と地元の関係の変遷」(歴史篇)、
そして「新しい公共性の出現」(未来篇)などで現代日本を切り取る意欲作。


★現在篇★ 地方にこもる若者たち
第1章 若者と余暇──「ほどほどパラダイス」としてのショッピングモール
第2章 若者と人間関係──希薄化する地域社会の人間関係
第3章 若者と仕事──単身プア/世帯ミドルの若者たち


★歴史篇★ Jポップを通して見る若者の変容
第4章 地元が若者に愛されるまで
1.80年代 反発の時代 BOOWY
2.90年代 努力の時代 B'z
3.90年代 関係性の時代 Mr. Children
4.地元の時代 キック・ザ・カン・クルー


★未来篇★ 地元を開く新しい公共
第5章 「ポスト地元の時代」のアーティスト
第6章 新しい公共性のゆくえ
1.二極化する若者たち
2.ギャル的マネジメントに学ぶ
3.我々は変われているか?


地方都市はほどほどパラダイス


うーむ。
タイトルに惹かれて購入し、読み始めたのですが、第1章〜第3章の「現在篇」はなかなか面白かったのです。
著者たちが岡山県倉敷市周辺で、実際に若者たちにインタビューして見いだした「2013年の若者像」。


ネットでは「意識の高いブロガー」たちが、若者たちに「もっと自由な働き方を!」とか「企業に縛られるな!』とかアジっているのですが、地方都市での生活が長い僕にとっては「なんかしっくりこない感じ」がしていたのです。
そんなに肩に力が入った生き方をしている人は、自分の周りには、ほとんどいないなあ……って。
もちろん、それなりに野心を持っていたり、「定期的に仕事を休んで放浪する」ような人もいなくはないのだけれど、けっこう珍しい存在なんですよね。
ムーミン』のなかのスナフキンのような感じ、というか。


もちろん、医療関係者というのは、資格を持つ職能集団で、パソコンと電源さえあれば、どこでもできる、という職種ではないので、あまり参考にはならないのかもしれませんが……

 まず、インタビューの対象者42名中(追加調査は除く)、余暇に関する質問に対して「イオン」という言葉をはっきり出した者の数を数えると、半数の21名であった。「イオン」ではないが同様の大規模ショッピングモールまたは複合レジャー施設(フジグラン、ラウンドワン、スポッチャ、アミパラなど)を挙げた者も合わせると合計30名である。この結果は、彼らの余暇に占めるショッピングモールや郊外型複合施設の重要性を示すとともに、固有名詞としての「イオン」がいかに広く浸透しているかを示している。
 つまり、約4人に3人の若者たちが「イオン的なところ」で余暇を過ごし、その3分の2がイオンモールそのもので過ごしているということになる。これほどの存在感を示すイオンモールとは一体何なのか。

40歳男、既婚で、幼稚園に通っている息子ひとり、という僕にとって、イオンモールというのは、あんまり娯楽性がないというか「子ども連れで動きやすい」のと「大型書店がある」ことくらいが魅力の施設なんですよね。
家族連れであることのストレスの少なさから、消極的な選択として通っているのですが、この新書で著者たちが行ったインタビューでは「休日には車で2時間かけて倉敷イオンモールに行く」という20代女性の話も出てきます。
「そこまでして、わざわざイオンモールに行く?」
そう問いかけたくなる僕自身も、イオンモールジャスコの常連なわけで。


この新書に描かれている「若者像」は、僕が休日にイオンモールジャスコで眺めている若者たちの姿に、すごく近いような気がします。
収入がすごく多いわけでもなく、大きな夢があるわけでもなく、野心にあふれているわけでもないけれど、安定した日常を過ごし、「仲間」がいて、それなりに幸せそうな。


若者がみんな、東京のような大都会での競争を指向しているわけじゃない。
でも、ずっと田舎で暮らすのも、なんだかやりきれない。
20年前くらいは(それこそ、『東京ラブストーリー』の時代は)、例外もあるにせよ「地元か東京か」という、両極の選択肢しかなかったのです。
ところが、いまはそうではありません。

「つまらない地方」と「刺激的な大都市」という二項対立がかつての構図であったとすると、今は、その間に「ほどほどに楽しい地方都市」という選択肢が割って入った。それを象徴するものがイオンモールなのである。
 はじめの問いに戻ろう。イオンモールとは、「地方の若者にとって何か。それは「ほどほどの楽しみ」を与えてくれる「ほどほどパラダイス」である。大都市のような刺激的で未知の楽しみがあるわけではないが、家のまわりほど退屈なわけではない、安心してほどほどに楽しめる場所。それが多くの若者を捉えて離さないイオンモールの正体である。

岡山とか広島のような、かなりの規模の地方都市でさえ、「若者にとっては魅力的な仕事がない」という声もあるようなのですが、「魅力的な仕事」にこだわらず、それなりに楽しくやっている、という人も少なくないのです。


ひろゆきさんが、堀江貴文さんの著書のなかで、こう仰っています。

 テレビやネットの普及で、東京のギラギラしたマネーゲーム社会が、日本のスタンダードみたいに思われちゃったせいかもしれないです。でも、あんなの幻想だと思うんですよ。地方とかで特に定職もなく毎日ゲームしながらゴロゴロしてるのが、本当に幸せな人生だと感じるなら、僕はそれでいいと思います。

いやまあ、「定職もなくゴロゴロしている」となると、それなりに焦りもあると思うのですが、「収入が多くはないし、仕事もラクではないけれど、それなりに働いて、そんなにお金もかからないような趣味を持っていて、『普通に幸せ』」っていう人もまた、「日本のもうひとつのスタンダード」ではないかと思うんですよ。


著者たちは、地方都市の若者たちの「仕事と収入」についても調査をしています。

 個人年収の中央値は、男女とも200万〜249万円であり、この調査で定義する「ミドルクラス」の水準である300万円以上の収入があるのは、専業主婦の1人を除く41人中、男性については8人、女性については4人のみであった。また、「収入に満足しているか」という問いに対しては、「満足している」と答えたのは41人中13人のみで、「満足していない」と答えたのはその2倍以上の28人にのぼった。そして、未来への見通しをはかる変数となる「仕事をしていくうえで焦りや不安があるか」という問いに対しては、41人中27人が「ある」と答え、「ない」と答えた14人の2倍弱の数となった。
 また、「親世代よりも良い暮らしができるかどうか」という問いに対しては、42人中、「できる」は8人、「同等程度」が7人、「思わない」は18人にのぼった(「その他」は9人)。


(中略)


 実際に全体のデータを見てみても、先に見たような収入の低さにもかかわらず、41人中35人が仕事に「やりがいがある」と答え、「やりがいがない」と答えたのは、わずか6人に過ぎなかった。
「低賃金労働のつらさをやりがいによってカバーしている」と聞くと、それは経営者によって都合よく使われているだけだと思う人もいるかもしれない。いわゆる「やりがいの搾取」と呼ばれる状況だが、私はそれを若者自身のギリギリの生存戦略とも捉えている。低賃金で未来の見通しも暗いが、仕事の特質を生かしてわずかながらも「やりがい」を見出し、それを「生きがい」につなげていく。彼らにとっては仕事の「やりがい」とは、1990年代以降の構造的不況による収入の激減という世代的な危機的状況を克服するために生まれた意図的な「生きる知恵」なのである。

たしかに「どうせ低収入なら、イヤイヤやるよりは、やりがいを感じていたほうが幸せ」のような気もします。
犯罪行為じゃなければ、第三者が「そんな仕事にやりがいを感じるのはおかしい!」なんて言える筋合いのものでもないですしね。


ちなみに、この本の3分の2くらいにあたる「歴史篇」「未来篇」については、読んでいて、「なんでここで急にJ-POPの歌詞分析がはじまるんだ?」という、かなり謎の展開でした。
「現在篇」は、フィールドワークに基づく分析がなされているのに比べて、著者の独断と思い込みが暴走している感じです。

 BOOWYにおいては、女性は男性を無条件に受け入れる母性的な存在として、B’zにおいてそれは、拒否あるいは嫌悪すべき対象としてあらわれた。双方ともに、母性というのもを軸にしてあらかじめ男女の関係性は決まっているため、その関係に関する記述は極めて薄っぺらい。それに対して、このような母性を前提としない「関係性」そのものに注視するミスチルにおいては、男女関係の描かれ方は多様で濃密なものであった。

そりゃあちょっと「考えすぎ」「まとめすぎ」じゃないのかねえ。
「現在篇」と、あまりに繋がりがないというか、「現在篇」だけでは分量が足りなかったので、著者のその他の仕事を強引にくっつけて、一冊の新書にしてしまったのではないかと勘ぐってしまいます。


著者がJ-POPとかマンガが大好きだというのはよくわかったのですが、「現在篇」と、その他ではあまりにも落差がありすぎて、「???」って感じでした。
個人的には「現在篇」以外は、読んでいて辛かった。


とりあえず、「地方の若者の現在」「日本のもうひとつのスタンダード」を実地調査したところは興味深い3分の1冊でした。
そんなにJ-POPの話がしたければ、それはそれで別の新書にしてくれれば良かったのに……

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