琥珀色の戯言

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【読書感想】アップル帝国の正体 ☆☆☆☆


アップル帝国の正体

アップル帝国の正体


こちらはKindle版です。

アップル帝国の正体

アップル帝国の正体

内容紹介
1976年、スティーブ・ジョブズが立ち上げた小さなパソコンメーカーは、約35年の時を経て、50兆円を超える時価総額をほこる巨大メーカーに変貌した。多くのアップルファンは、その美しいデザインや斬新なアイディアを絶賛し、カリスマ経営者だったジョブズの遺した言葉の一つ一つに今も酔いしれている。


しかし。その徹底した秘密主義ゆえに、多くのメディアはいまだにアップルの正体を突き止められずにいる。例えば、軍隊のような組織作りや、植民地経営」のような下請けメーカーの締め上げ方、そして利益やコストへの偏執狂的なこだわり。それらが表に出されることは決してなかった。
だが「週刊ダイヤモンド」誌の若手記者である著者らは、かつて日本が世界を席巻した家電を筆頭に、通信、流通、音楽やゲームなどの輝かしい歴史が、アップルによって次々に呑み込まれていく現場を目撃してきた。


本書では、アップルと関わってきた大手企業のビジネスマンからエンジニア、
町工場の社長、デザイナー、ミュージシャンまで無数の人々の証言を集め、
「アップル帝国」ともいえる過酷な経済圏の誕生を初めて世の中に明らかに
することを目指した。
これは日本からしか見えない、アップルの獰猛な真の姿の記録である――。


iPodiPhoneに日本の技術が使われている、という話は聞いたことがありました。
しかし、この本を読んでみると、アップルという会社がここまで大きくなっていること、そして、公表されていないところで、多くの日本企業が関わっていることに、驚かずにはいられませんでした。
いや、「関わっている」というより、「支配されている」と言うべきなのか……


この本の冒頭で、一事は「世界の亀山」としてもてはやされていた、シャープの亀山第1工場の液晶パネルの生産ラインが、アップルからの液晶パネル発注の減少によって閑散としてしまった状況が描かれています。

 今や、この工場の液晶パネルはアップル1社にだけ独占的に供給するという、異例の契約の下で稼働しているのだ。アップルから毎月送られてくる生産計画をもとに、せっせとiPhone用の液晶パネルを作っては、iPhone本体を組み立てている中国に輸出していた。
 アップルからの注文が来なければ、その分、生産ラインを停止させることになる。いくら他のメーカーから注文があっても、この工場で生産することは許されていないのだ。
 実はアップルは独占供給契約を結ぶにあたって、秘密裏に約1000億円をこの工場に出資していた。工場の中に整然と並ぶ製造装置の一つ一つをよく見ると、小さな緑色のリンゴ型のシールがペタペタと貼り付けてあり、そこには「アップルの固定資産(Property of Apple Operation)」という文字と8桁の管理用バーコードが付記されている。

 どんなに生産ラインが空いていても、アップルの製品しかつくれない、という契約は、まさに「アップルの下請け」ですよね。
 シャープにとっては、かなり屈辱的な状況な条件での契約なのですが、それでも「アップルの言うことを聞かないと、やっていけない」のが現実なのです。
 いまの世界の市場において、アップルは圧倒的な力を持ち、契約した工場には、製品の納期やコストダウンについて、非常に厳しい条件をつきつけてくるそうです。
 そして、相手の企業の最先端の技術を自分たちのものにしてしまう。
 アップルと提携する(あるいは、その支配下に入る)ことによって、多くの「仕事」を得ることができる。
 その一方で、アップルと一度契約してしまえば、その言いなりになるしかなく、機嫌をそこねて契約を切られたら企業の土台が揺らいでしまいます。
 ある意味、アップルというのは「禁断の果実」なのです。


 しかしながら、世界中のファンがアップル製品を求める限り、アップル帝国の繁栄は続いていくのです。
 僕もiPhone使ってますしね。
 この本によると、アップルは製造メーカーのみならず、家電量販店や音楽産業でも、大きな影響力を行使してきているのです。
 家電量販店でも、アップル製品は値引きなし。
iPhone本体は、販売店にとってはほとんど利益がない」そうで、「君たちは(iPhoneのカバーなどの)周辺機器を売って儲けなさい」と言われているのだとか。
それでも、ユーザーには圧倒的に支持されていますから、量販店としてはアップル製品を排除するわけにはいかないのです。


ユーザーにとっては「量販店の儲けが少ない製品」というのは、「安い」と感じられる面もあるのでしょう。
アップルはハードを作るわけではなく、その設計図やイメージ、ソフトウェアを開発し、製造しているメーカーや販売店を限界近くまで締め上げて、大きな利益を得ているのです。


 もちろん、アップルも横暴なだけではなく、高い技術力を持つ会社にはそれなりに敬意を払っているようです。  

「アップルと付き合う上で重要なのは、他社に真似できない高い技術をもっているかどうかだ」
 あるサプライヤー首脳は、アップルに呑まれないための条件をそう解説する。こうした圧倒的な技術をもつサプライヤーは”ティア1”と呼ばれ、アップルも対等な付き合いをしてくてる。万が一、アップルから外されても、世界中から声がかかる実力に裏打ちされているともいえる。
 苦しい立場なのは、大体可能な大手企業がひしめいている”ティア2”、サプライヤーの中でも二番手以降の扱いとなっている”ティア3”に格付けられている会社だ。
 大きなリスクを覚悟で投資してでも注文を奪いにいくか、依存リスクが高まるくらいならば、勇気をもってサプライヤーから降りるべきか――。今はまだ、この問いに対する明確な回答は見えていない。
 いずれにしても、日本のものづくりにとってますます存在感を増しているアップルという巨人との付き合い方が、この先のサプライヤーの生死を分けることになる。

 ちなみに、iPhoneの部品の2割くらいは、日本製(あるいは、日本企業製)なのだそうですよ。


 この本を読んでいて驚いたのは、アップルの中に「宿敵」ともいえるソニーの技術が使われている、という話でした。

 ソニーが直面している家電の”共食い”が、いかに速いスピードで、かつ止めようがない大きな流れとして起きているのか。その認識の甘さを知るためには、おそらく、iPhoneに搭載されたカメラに目を向けるのが一番分かりやすい。
 公にはなっていないが、ソニーiPhoneのカメラ部分の中核部品を一手に生産して利益を得ている。しかし皮肉にも、その性能の高さが、ソニーのコンパクトデジタルカメラの市場をどんどん侵食するという矛盾を加速させていた。


(中略)


 2007年発売のiPhoneは、カメラ単体としての性能は低かった。友人たちと遊んだり旅行をしたり、美味しいレストランで食事をした時にシャッターを切って、メールに添付したり、インターネット上のサイトにすぐ掲載するには便利な道具だった。しかし200万画素という解像度では、写真の粗さは肉眼でも明らかで、あくまでも手軽さが売りのおもちゃのカメラと認識している人が多かった。
 アップルは毎年、新しいモデルの発表の度にiPhoneのカメラを進化させた。オートフォーカス(自動焦点化)の機能を追加したり、写真のみならずビデオ撮影ができるようにしたり、小さなフラッシュを内蔵させるなどの工夫を加えていった。


(中略)


 しかし、そのiPhoneを決定的な「カメラ」に昇華させたのは、実はソニーだ。
 デジタルカメラの画質を左右するのは、人間の目でいえば網膜の部分にあたるイメージセンサー(電子の眼)という小さな半導体チップだ。そして40年以上もビデオカメラやデジタルカメラを作るために開発を続けてきたソニー製のチップこそ、どの競合メーカーも未だ追いつくことのできない技術力の「最後の砦」だった。

 世界中のカメラの電子部品を研究していたというアップルがiPhoneに搭載するのにふさわしい、と、このソニーイメージセンサーに目をつけました。
 ソニーにも、葛藤があったそうです。
 ソニー自身も携帯電話をつくっているし、iPhoneのカメラ性能が進歩すれば、デジタルカメラの市場が縮小してしまうことは目に見えているのだから。

 そしてソニーは最終的に、2011年10月に発売されたiPhone4Sに対して、そのカメラの心臓部ともいうべきイメージセンサーの供給に踏み切った。当初は米国のオムニビジョン社と共に2社で手分けして供給する体制が予定されていた。しかし、試作段階でソニー製の半導体チップを使ったカメラの性能があまりにも高く、品質の均一化のため、結局はソニー1社で全量供給することに決まったという。
 それは夕暮れ時にも美しい風景が撮影できたり、夜景などでもより鮮明な写真が撮れる、800万画素の優れたカメラに仕上がっていた。ソニーはアップルへの供給契約後の2年間で、2000億円という巨費を、長崎や熊本にあるイメージセンサーの主力生産工場に投資している。それだけの売上高と利益が見込めたということだ。

 この本では、2012年の段階で、ソニースマートフォンイメージセンサーの生産能力は約3億個で、そのうちの半分、1億5000万個がアップル向け、自社のスマートフォン向けは、約3000万個しかないそうです。
 ソニーは、イメージセンサーという部品だけで考えれば、アップルに供給することによって大きな需要を獲得したといえますが、自社製品のアドバンテージを維持するという面では、デメリットも大きかったはず。
 それでも、ソニーはこの選択をせざるをえなかったのです。
 いくら優秀なイメージセンサーでも、それだけでiPhoneよりもソニースマートフォンが売れるようなものではありませんから。
 いずれはデジタルカメラスマートフォンに「統合」されると考えるのならば、衰退する市場にこだわっているのは得策ではない、という判断もあったのかもしれません。


 アップルというのは、ある意味「自社で部品を作ったり、組み立てているわけではない」という強みがあるんですよね。
 少なくとも「強者」であるかぎりは、「世界中の企業から、自分たちの都合の良いところを集めて組み合わせていけばいい」。
 性能が劣っていたり、コストが高くても、そう簡単には「自社製のパーツ」を見捨てられないメーカーに比べて、身軽であることは間違いないのです。


 その一方で、iTunesなどによる音楽の安価でのデジタル配信の時代にともない、アメリカでの「職業的アーティストの減少」もみられているそうです。
 曲が安く配信されれば、ユーザーは喜ぶ。それぞれの単価が安くても、流通量が多ければ、アップルの懐も潤います。
 しかしながら、作り手の側は、稼げなくなってしまう。
 アーティストを発掘し、育ててきた音楽関係の企業にも、余裕がなくなってしまう。
 アップルは、いろんなものを安くしてくれたけれど、「ユーザーとアップルの間」にいる人たちにとっては、厳しい状況になっているのも事実なのです。
 

 この本の最後には、「アップル帝国」の失速というか、「アップルが普通の優良企業となろうとしている」ことも示唆されています。
 考えてみれば、人類史上、ずっと右肩上がりの売り上げの企業など存在しませんし、iPhoneだって、モデルチェンジを繰り返しても、いずれは「飽和状態」になるでしょう(iPhoneが予想より早く失速してしまっているのをみると、もう、そうなりかけているのかもしれません)。
 そもそも、iPhoneが電話の最終進化形、というわけでもないだろうし。

 少しでもコストの安い商品が勝つことが常識だったIT・家電産業において、アップル製品が、高価でも若者が飛びつくような魅力を生みだせた理由は、流行に左右されることのない圧倒的に美しいデザインと、ガラスや金属などが醸す上質な素材感だった。
 そのデザインを実現するために、アップルはアジアの国々に散らばるメーカーを丹念に調べ上げることを厭わなかった。時にはベンチャー企業や、地方の零細企業まで探し出し、妥協なきハードウェアを作り上げることへの執念を見せつけた。手を組んだメーカーの技術や生産能力、コスト構造も完全に調べ尽くして、コスト管理を徹底した。
 そして、巨大な自社工場を自前で抱えてこそ一流のメーカーなのだ、という固定観念を大胆にも捨てた。本社(だけ)は米国にありながら、世界中から部品を取り寄せて、それをコストの安い中国の巨大な工場群で組み立てた。

 著者たちはこれらを実現した「世界中をカバーする情報ネットワーク」こそアップル帝国の力の源であり、これを軽視していたのが日本企業凋落の大きな要因ではないかと分析しています。
「アップル帝国」には、さまざまな問題点があるとはいえ、世界の人たちは「より安く、より便利なもの(できればカッコいいもの!)」を求めていくはずですし、アップルがつくった道を、ほかの企業も追従していくことになるのでしょう。


 扇情的なタイトルですが、これからの日本が、そして世界が避けては通れない道を指し示した良書だと思います。

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