琥珀色の戯言

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【読書感想】他人を攻撃せずにはいられない人 ☆☆☆☆


他人を攻撃せずにはいられない人 (PHP新書)

他人を攻撃せずにはいられない人 (PHP新書)


Kindle版もあります。

他人を攻撃せずにはいられない人 (PHP新書)

他人を攻撃せずにはいられない人 (PHP新書)

内容紹介
暴言を吐く、支配したがる、けなして自信を失わせる、優しいようで水面下で工作している、一見目立たない人を含めて、あなたの周りにはとんでもない人が隠れているかもしれない。
本書では、精神科医として「ターゲット」にされて、痛い目に遭った患者たちから聞いた、人を陥れる「攻撃欲の強い人」を事例で紹介。ターゲットの心をどんなふうに壊していくのか、その手法を取り上げて分析する。
「攻撃欲の強い人」とはどんな人か。多くの場合、攻撃される側は、ターゲットが抵抗できないが、それは一体なぜなのか。何のためにそんなことをするのか。結果どんな影響を及ぼすのか。はたして、攻撃欲の強い人と、どう向き合い対処すべきか。本書で明らかにする。
自分のために、人生を台無しにされないために――職場や家族に潜む「害になる人」の精神構造を知る!


僕自身も、最近この「他人を攻撃せずにはいられない人」を目の当たりにする機会があって、状況を整理するために読んでみました。
著者は精神科医で、この「他人を攻撃せずにはいられない人」の被害に遭って、大きなダメージを受けてた人を大勢診ており、著者自身も職場でこういう「攻撃的な人」に接してきたそうです。


そんな「攻撃的な人」なんて、周囲から見れば、ひと目でわかるし、みんな関わらないようにするんじゃない?
あなたはそう思うかもしれません。
僕も以前はそう思っていました。
でも、実際に被害を受ける立場になってみると、そういうのって、なかなかわからないんですよね。

 攻撃欲が強い人が欲しているのは、破壊である。他の誰かがうまくいっているのが許せない。それゆえ、他人の幸福や成功に耐えられず、強い怒りや敵意に突き動かされて、とにかく壊そうとする。
 そこに利害がからんでいる場合もある。自分自身の願望や利益しか頭にない彼らは、自分が望むものを手に入れるうえでの邪魔者に対して、攻撃の刃を向ける。たとえば、あるポストに自分が就くために、ライバルを陰で中傷したり、足を引っ張ったりして、け落とそうとするような場合が典型例だろう。自分の行動がどれだけ混乱を巻き起こしたり、迷惑をかけたりするか、などということには決して目を向けようとしないわけである。
 このようなエゴイストはなるべくなら近くにいてほしくないものだが、意図がわかりやすいため、実は対処もしやすい。厄介なのは、自分の利益がからんでいるわけでもないのに、あなたを打ちのめし、あなたがやっていることを台なしにし、ときには、あなたの人格そのものまで破壊しようとするようなタイプである。
 しかも彼らは、悪意を隠して攻撃する。もしくは自分自身の悪意に気づいておらず、無自覚のまま、非常に残酷なことをやってのける場合もある。しばしば、「あなたのためを思って」とか、「こういう理由があってやっているんだよ」とかいった言い方で接してくるが、その善良で優しそうな仮面の下に何らかの悪意を隠し持っている。


ナイフみたいに尖った人で、「あいつには近寄らないほうがよさそうだ」という共通認識ができあがっていればいいのですが、「攻撃的な人」は、誰に対しても、その攻撃性を剥き出しにしているわけではないことも多いのです。

 自分の近くにいる人の攻撃欲を見ぬくことはとても難しい。
「いやいや、化けの皮なんてすぐにはがれる」とお思いになるかもしれない。でも実際には、自分が攻撃を受けていることに気づかないままでいる人はとても多い。
 他の人がターゲットになっている場合は、比較的簡単に見破ることができる。気づきにくいのは、自分自身がターゲットにされているケースである。先ほど紹介した女性の事例からもわかるように、自分が痛い目に遭うまでは、はっきり認識するのが難しく、時間がかかることが多いのだ。
 しかも厄介なことに、攻撃欲のある人は、攻撃していることを周囲に気づかれないように隠蔽する達人であることが多い。先の女性も、「先輩は、私の憧れです」などという歯が浮くようなおべんちゃらを真に受け、安心して愚痴をこぼしたり、新しい企画について相談したりしていた結果、気づいたときにはもう手遅れだったわけである。
 このように、相手を直接攻撃するわけではなく、遠回しに打ちのめそうというタイプから身を守ることは、なかなか難しい。そういう人は虚実とり混ぜて語るし、誠実そうにふるまっていたかと思うと突然計算高さをのぞかせる。こうした二面性もあるので、一体どういう人なのかわかりにくく、周囲がころっとだまされることになりやすい。


みんな、それなりに「自分は人を見る目がある」と思い込んでいるわけです。
そういう「攻撃欲のある人」の中には、特定のターゲットに対してのみ、その「攻撃性」を全開にするタイプの人もいます。
ターゲット以外の人には、穏やかで、礼儀正しそうに見えたりもするため、「あの人にそんなことされるなんて、お前のほうに落ち度があるんじゃないの?」なんて、周囲からはまともに取り合ってもらえず、かえって孤立を深めてしまうこともあります。


では、どういう人がターゲットにされ、そして、どのような手法で、「攻撃的な人」は、ターゲットを追い込んでいくのか?

 攻撃欲の強い人は、世間で一般に「善」として受け入れられているようなことをよく引き合いに出す。
 正直でなければならないとか、寛大でなければならないといった、それが適切かどうか、日頃は誰も疑ってみないような考え方を持ち出すことが多い。子供の頃からしつけや教育の中で教え込まれてきた支柱であり、おとなしく従順な人ほど、こういうことがきちんと守られなければ社会は成り立ちえないと信じ込んでいるからである。
 そこにつけ込んで、自分に都合のいいようにねじ曲げて解釈するのが、攻撃欲の強い人である。もし、あなたが何かを頼まれて、断ったら、「友達が困っているのに助けないなんて、冷たい」といった言葉を吐いて、罪悪感を覚えさせるように仕向けるわけである。

 相手に罪悪感を抱かせるうえで何よりも有効なのは、自分が被害者のふりをすることである。そうすれば、自分の責任は全て否認できるのだから。そのため、何か具合の悪いことがあっても、悪いのは常に他の誰かであり、自分はあくまでも被害者なのだという印象を周囲に与えようとする。
 ターゲットにされやすいのが、誰かが困っているとすぐに同情して、助けてあげたい、慰めてあげたい、守ってあげたいなどと思うような人なのは、決して偶然ではない。こんなふうに優しい人は、少しでも責められると、悪いのは自分なのかと罪悪感を抱きやすいので、攻撃対象として打ってつけなのである。
 そのうえ、攻撃欲の強い人は逃げるのもうまい。もし、あなたが、「私が一体何をしたというのだろう? なぜ私がこんなに責められなければならないのだろう?」と疑問を感じて、質問しても、巧妙に話をそらせたり、論点をすり替えたりする。ときには、別のことであなたを攻撃して、あなたの心の中にさらなる混乱の種をまくかもしれない。
 だいたい、質問にはちゃんと答えず、はぐらかす達人である。そのため、あなたが、自分には落ち度がないのに責められることが納得できず問いかけても、のれんに腕押しだ。あなたは、痕跡を残さずに殴られ続けているような気になるかもしれない。
 要するに、攻撃していることを隠蔽しながら攻撃するのが常套手段である。もし、わかりやすいやり方で直接攻撃するようなことをすれば、反撃されるかもしれない。説明を求められるかもしれない。場合によっては、相手が防御したり、逃げ道を見つけたりするかもしれない。そうさせないために、自分は責めているわけでも、攻撃しているわけでもないと否認しながら、ターゲットを身動きできない状態に追い込んでいくわけである。

 ターゲットを孤立させるのも、攻撃欲の強い人の常套手段である。
 従事している仕事や活動をけなしたり、せっかく築いた人間関係にけちをつけたりして、徐々に他の人とのつながりを断ち切るように仕向けていく。そのために脅すこともあれば、いさかいの種をまくこともあるが、いずれにせよ、周囲との関係に亀裂を入れようとする。
 これは、ターゲットが他の人との交流によって考えを変えたり、支えてもらったりするようになるのを防ぐためである。そんなことになれば、影響力を行使しにくくなるので、シャットアウトするわけである。
 というのも、攻撃欲の強い人は、自分がその場を支配できないとか、影響力を行使できないという状況に直面すると、強い不安にさいなまれるからである。そこで、そういう事態を極力避けるために、自分の思い通りに操作できるよう策を弄することになる。
 ターゲットの家族、友人、同僚、さらには仕事や趣味にまでけちをつける。ターゲットが好意的な判断を下しているものでも、批判したり、けなしたりして、締め出そうとする。「あんな親だと、うまくいかないのは全て親のせいにできるよね」「なぜ、あなたがあんなことに貴重な時間を使うのか、わからない」といった言い方で、ターゲットが周囲の人々に対して疑惑や不信感を抱くように仕向けるのである。
 このように孤立させようとするのは、自分のあずかり知らぬところで、ターゲットが能力を発揮したり楽しみを見出したりすることに耐えられないからでもある。


基本的に、ターゲットにされるのは「反撃してきそうもない、おとなしく、常識的な人」なのです。
いわゆる「いいひと」「優しいひと」。
そして、「攻撃的な人」というのは、彼らの弱点をピンポイントで突いてくるのです。
「正義」とか「常識」とか「道徳」とか。
その言葉を冷静に考えてみると、それは本当の「正義」とか「常識」というよりは、「攻撃的な人」が、自分の都合の良いように解釈した「偽りの常識」なんですけどね。
「攻撃的な人」は、「人の悪口を言ってはダメ」とあなたの口を塞ぎながら、罵詈雑言を浴びせてくる。
こちらから「あなたも悪口を言っているじゃないか」と指摘しても、「これは正当な『批判』だから」という答えが返ってくるのです。
他人の行為に対するモノサシと、自分の行為に対するモノサシが、全然違う。
「いいひと」の場合は、そういう「正論」とか「常識」という言葉そのものに逆らうことに、罪悪感を抱きがちです。
そもそも、ターゲットとなる「いいひと」は、いや、大部分の「ふつうのひと」は、「理由もなく、他人を攻撃する人」「攻撃することそのものが快楽になっている人」の存在そのものが、理解できない。
「そんな酷いヤツ、本当にいるの?」「実は、お前が何か悪いことやって、怒らせているんじゃないのか?」とか思ってしまいます。
でも、このへんな生き物「他人を攻撃せずにはいられない人」は、まだ日本にいるのです。けっこうたくさん。


著者は、こういう「他人を攻撃せずにはいられない人」への対処法についても触れています。

 ある人が攻撃欲の強い人だということに気づいたら、最良の解決策は、できるだけ避けるということである。
 たとえば、同じ職場で働いている場合、勤務の時間帯を変更するとか、向こうがよく行く場所には足を向けないようにするとかして、なるべく顔を合わせないようにする。場合によっては、異動や転勤を申し出るという選択肢だってあるかもしれない。
 そこまでするかと思われるかもしれないが、私の外来に通っていた会社員の女性は、背後を通り過ぎる際に「死ね」とつぶやいたり、すれ違いざまに「邪魔」と叫んだりする先輩に悩まされて眠れなくなり、しばらく休職した後、自ら希望して別の支店に転勤した。
 転勤後、受診した際に、「支店を変わって、本当に良かった。ずっと胸につかえていたものが、やっと取れたような気がします。会社に行っても、あの人の顔を見ずにすむのかと思うと、伸び伸びと仕事ができます。ときどき、研修会や会議などで会うこともありますが、もう私とは関係ありませんから」と語った。ちなみに、例の先輩は、その後、新たに配属された女性社員をターゲットにして同じような嫌がらせを繰り返したため、パワハラ委員会に告発されたということである。


この事例からは、ふたつのことがわかります。
ひとつは、ふたりの間で話し合いとかをして解決をはかるよりも、物理的に「距離を置く」ほうが、簡単だし、即効性があるということ。
ふたつめは、「他人を攻撃せずにはいられない人」は、「あなたが憎い」というよりは、「ターゲットになる人であれば、誰でも良い」ということ。
要するに、「あなたに落ち度があるから、ターゲットにされる」のではなく、「自分の攻撃欲を満たしたいので、それに適した人間に目をつけているだけ」なんですよ。


避けられる人なら、避けるのが得策です。
しかしながら、「じゃあ、身近な人、そう簡単に避けるわけにはいかない人が、こういう『攻撃性』を自分に向けてきたらどうするのか?」というのは、非常に難しいのですよね。
家族間や夫婦間の関係悪化の理由のひとつには、こういう問題もあるのかと思うと、「離婚は悪い」と決めつけることもできないな、とか、考えてしまいます。


とりあえず、「そういう人」が存在することと、その「手口」を知ることができれば、対応も少しはラクになるはずです。
そういう目に遭っているのは、けっして、あなたただけじゃないし、あなたが悪いわけでもない。
「他人を攻撃せずにはいられない人」に悩まされている人は、ぜひ、御一読を。