琥珀色の戯言

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【読書感想】アル中ワンダーランド ☆☆☆


アル中ワンダーランド

アル中ワンダーランド

内容紹介
まんしゅうきつこ、お酒に逃げたらこうなった……。


抱腹絶倒のブログ「オリモノわんだーらんど」で注目を集めた漫画家まんしゅうきつこ。
そのブログの存在は瞬く間に世に広まり、各所から漫画・イラストの仕事が殺到した。しかし彼女はその陰でひとり、アルコール依存症にもがき苦しんでいた――。


本作はまんしゅうきつこ初の描き下ろしエッセイ漫画。アルコール依存症ゆえの大暴走の日々を綴ったノンフィクションです。
幻覚や被害妄想に記憶障害、そして公衆の面前でまさかの「ポロリ」という大失態!? 
お酒好きな方もそうでない方も、おかしくも悲しい“アル中の世界”を覗いてみませんか?


巻末には「アル中鼎談 中川淳一郎×小田嶋隆×まんしゅうきつこ」を収録。「美人」と噂のまんしゅうきつこが初顔出し!?


 「まんしゅうきつこ」さんのブログ、僕もときどき読んでいました。
 そういえば更新終わってしまったな、どうしているのだろうな……と、ふと思い出すことはありますが、ネットの世界では突然いなくなってしまう人というのは、そんなに珍しいものでもなく、まあ、あのペンネームでずっと活動し続けるのはキツいよな、などと、なんとなく納得してしまっていたのです。


 そうか、アルコール依存症だったのか……


 この本を読んでいて、身につまされるのが、まんしゅうさんがアルコールに依存するようになったきっかけでした。
「生来生真面目だった」というまんしゅうさんは、こんなインパクトのあるペンネームで漫画を描いていることを誰にも打ち明けられず、周囲の「面白いことを描いてくれる人」という期待感に追いつめられていたそうです。
 そこで、気分転換としてお酒を飲んでみたら、記憶は残っていないけれど、いつのまにか部屋を片づけていて、料理もしていて、ブログのネタも思いついていた……
 まんしゅうさんにとっては、「面白い人間になる」ため、創作のためのツールに、お酒がなってしまったんですね。
 学生時代から、酔うと記憶をなくし、すごい芸をやっていたというまんしゅうさんは、もともと「飲めない人ではなかった」ようです。
 そして、「創作のインスピレーションを得るため」と「苦手な対人関係でのプレッシャーを一時的に緩和するため」に、お酒の量・頻度がどんどん増えてしまった。


 この本のなかには、まんしゅうさんの飲酒時のさまざまな異常な行動が収録されているのですが、これはもう、間違いなく「酒好き」のレベルではなく、「アルコール依存症」だな、と。

 お酒を飲むと、強気というか、気が大きくなるのは事実です。私はあんまり自分の本人を人に見せませんし、しゃべっても面白くない人間だと思うんですけど、お酒を飲むとたちまちフレンドリーな人間になるんです。「お酒を飲んでいるときのきつこちゃんが一番好き」とよく言われてました。萎縮せず、堂々と、思ったことを言う私のほうが他人から好かれるようです。そのさじ加減を間違えると、あとには地獄が待っているので、お酒に頼らず堂々としていられる人になりたい。来世では。


 僕も「飲み会は嫌いなんだけど、とりあえずお酒を飲むと知らない人ともギリギリ喋れるくらいのテンションになれる」自分を知っています。
 それは「邪道」だとは思うのだけれど、本当に困っているときには、「人間関係の潤滑油」としてのお酒の力に、つい頼ってしまう。
「飲んでいるときはフレンドリー」って、いうのもわかる。
 でも、「フレンドリーになるために飲む」とか、まんしゅうさんのように「創作のネタ出しのために飲む」みたいに「飲酒が娯楽というより、生活必需品になってしまう」というのは、かなりマズい状況なんですよね。
 

 誰か、私を「面白い」から解放してください。もう、お酒というドーピングはしたくないんです。


 もし、まんしゅうさんのブログがあんなに人気にならなければ、アルコール依存に苦しむことはなかったのだろうか。
 いや、もしかしたら、それはそれで、「何も創造的なことができない自分」みたいなのを儚んで、やっぱり何かに依存してしまったかもしれない。
 中島らもさん、吾妻ひでおさん、小田嶋隆さんなど、アルコール依存を抱えつつ「創作」に関わっている人たちは、みんな「ものをつくるということに、あまりに真摯すぎる」ところがあるのです。
 お酒を飲まないとアイディアが出ないって、やっぱり「病んでいる」じゃないですか。
 本人もわかっているはずなのに、目の前に仕事があって、締め切りがあって、読者の期待みたいなものがあれば、「ドーピング」してしまうのが創作者なのかな。
 彼らは困った人々で、自分のアルコール体験を、面白おかしく作品に昇華してしまうこともあります。
 それで、「ああ、アルコールって怖い」と感じる人もいれば、その「破滅していく美」みたいなものに、憧れてしまう人もいるわけで。


 アルコール依存症になれば、みんな中島らも吾妻ひでお、女性だったら、まんしゅうきつこになれるわけではありません。
 というか、彼らはごくごく一握りの「アルコール依存を作品に昇華できるエリートアルコール依存患者」なのです。
 僕がみてきた限りでは、アルコール依存症の患者さんの大部分は、酒で身体を壊し、仕事も失い、家族や友人には見限られ、孤独に死んでいきます。
 アルコールのためなら盗みもやり、酔っては周囲に暴言を吐き続け、自分の家に放火するような人を「理解」するのは、家族であっても難しい。
 いや、家族だからこそ、「そんな姿は見たくない」と思うし、かけられる迷惑も大きいはず。
 アルコール依存症は、本人の意志の力だけではどうしようもない「病気」であり、専門家のサポートが必要である、ということを、もっと多くの人に知ってもらいたい。
「身内の恥だから」とか「お酒さえ飲まなければ良い人だから」とためらっているうちに、問題はどんどん深刻になっていくので。


 日本は基本的に、酒飲みに甘い国で、酔っぱらってのセクハラ、パワハラは珍しくなく、それが「酒の上のこと」で、まだまだ大目にみられているのです。


 ……すみません、なんだかこの本の感想から、どんどん逸脱してしまいました。
 個人的には、まんしゅうきつこさんという才能の単行本デビュー作は、こういう形ではないほうが良かったのではないか、と思っています。
 この漫画には、「笑える」ところもたくさんあるんですよ、たしかに。
 でも、僕がみてきた患者さん、あるいは、中島らもさんや吾妻ひでおさんが体験したこと、そして、西原理恵子さんが夫である鴨志田穣さんとの関係で追いつめられたことを考えると、「まんしゅうさん、アルコール依存症は、そんな簡単な病気じゃないですよ」と言いたくてしかたがないのです。


 いや、エンターテインメントとして書かれたことに、「モラルによる判断基準」みたいなものを過剰に適用するのは間違っているのではないか、と僕も思う。
 だけど、ネットで称賛されているまんしゅうさんの作品だからこそ、ネットで、こんなふうに身も蓋もないことを、僕は書かずにはいられないのです。
 僕自身も周囲の人間のアルコール依存に、つらい思いをしてきたこともあって。


 この本を読んでいて、通院をはじめて3ヵ月くらいお酒を飲まなかった時点で、まんしゅうさんは、こう書いておられます

 私は 完全にお酒をやめた


 3ヵ月飲まなかったくらいで、「やめた」つもりなのか……
 この本を読んだかぎりでは、薬も効いているようだし、とりあえず飲まないでいられているようですけど、3ヵ月くらいの断酒で「やめられた」なんて、とんでもない話です。
 アルコール依存は、そんなに簡単に治るようなものじゃない。
 仕事がうまくいっていたり、ストレスが少ない生活ができているうちは良いのですが、いつか、ちょっとしたきっかけで、スリップ(禁酒中の人の再飲酒)してしまう可能性は高いのです。
 そもそも、日本って、大人ならコンビニですぐに酒が買えるし、ちょっと仲良くなると、すぐに「飲みに行きましょう」って言ってしまうじゃないですか。
 危険な状況は、ずっとずっと、続くのです。


 「3ヵ月」なんて、「一時停止」みたいなもんですよ。
 正直、この段階で、「完全に酒をやめられた」とか「生還」したかのごとく吹聴されているのを読んで、「浅いよその認識……」としか思えませんでした。
 いや、文章パートを読むと、まんしゅうさん自身は、けっして「楽観」しているわけではないとも感じるのですけど……漫画では、「もうクリア!」っぽく描かれているのが、どうしても気になるのです。
 読む人にとっては、漫画パートのほうが、インパクトが強いだろうし。


 
 吾妻ひでお西原理恵子月乃光司の3氏による、「アルコール依存症」についての鼎談本『実録! あるこーる白書』のなかに、こんな話が出てきます。

西原理恵子日本人は死んだ人の悪口言わないような習慣があるでしょ。でもね、ちゃんと言っとかないと後々大変なことになるんですよ。そういえば吉祥寺の公園側で、いつも高田渡さんがニヤニヤ、ニヤニヤお酒を飲んでて、まるでアル中の神様みたいだったんだけど。お葬式のときに、長男さんが「これから父親は伝説になってみんなに語り継がれていくでしょう。みんなに愛された男でした。でも、息子からひとつだけ言わせてください。あいつは最低の人間でした」って。あたし、それ聞いたとき泣きながら「そーそー」と思って……ああいう人たちって、ほんっと外面はいいんですけどね。

アルコール依存症というのは、どういう病気か?」「身近な人にとっては、どう見えるのか? どんな影響を与えるのか?」
 この息子さんの言葉に、すべてが集約されていると僕は思うのです。
 しかも、大部分のアルコール依存患者は「歌も遺せない高田渡」ですよ……


 「感想」というより、僕の言いたいことを言うだけになってしまって、すみませんでした。


失踪日記

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失踪日記2 アル中病棟

失踪日記2 アル中病棟

実録! あるこーる白書

実録! あるこーる白書

参考リンク:【読書感想】実録! あるこーる白書 - 琥珀色の戯言

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