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琥珀色の戯言

【読書感想】【映画感想】のブログです。2016年8月より、『はてなブログ』に移行しました。

【読書感想】新日本プロレスV字回復の秘密 ☆☆☆☆


新日本プロレスV字回復の秘密

新日本プロレスV字回復の秘密


Kindle版もあります。

内容紹介
倒産寸前の危機的状況から、奇跡的な復活を遂げた、知られざる衝撃の舞台裏に迫る!


K-1、PRIDEなどの総合格闘技ブームの到来により、一度はみなの記憶から忘れさられたかに見えたプロレス。
しかし現在、あちこちで「プロレス人気完全復活! 」が叫ばれている。


なぜ、またプロレスがブームになっているのか?
なぜ、新日本プロレスはV字回復することができたのか?


その秘密を、会社で働く背広組、所属レスラー、そして、ファン・観客など、それぞれの視点から紐解くドキュメンタリー。
木谷高明オーナー、菅林直樹代表取締役会長や手塚要社長、そして、棚橋弘至中邑真輔オカダ・カズチカ飯伏幸太などの人気レスラーたちにもインタビューを敢行。
それぞれの想いが交錯する果てに見えた新しいプロレスの未来とは?


 僕は、昭和のプロレスファンでした。
 年を取ったからなのか、シナリオがあるというプロレスに魅力を感じなくなってしまったのか、1990年代の後半くらいから興味を失ってしまっていたのですが、その後の、プロレスの凋落はよく耳にしていました。
 まあ、これも時代の流れなんだろうな、と思いきや、最近、プロレス、とくに新日本プロレスの人気が復活、いや、今まで以上に盛り上がっているそうじゃないですか。
 先日行なわれた「昭和プロレス」のレジェンドのひとり、天龍源一郎選手の引退試合の対戦相手に指名されたのは、新日本のエース、「レインメーカーオカダ・カズチカ選手だったのです。


 K-1やPRIDEなどの総合格闘技や、ハッスルのような、よりエンターテインメント性を追求した「新しいプロレス」に押されて、人気が凋落していた新日本プロレス
 ところが、先にリングを降りたのは、K-1やPRIDEやハッスルのほうだったのです。


 新日本プロレスは、どのように「王者」の座から凋落し、そして、「右肩上がりの人気コンテンツ」として蘇ったのか。
 ずっとファンだった人にとっては、知っていて当然のことが簡単に書いてある、という内容なのかもしれませんが、小川が橋本をSTO連発でノックアウトしてしまった不穏な試合以降の新日本プロレスをほとんど知らない僕にとっては、興味深い「歴史書」でした。

 新日本プロレスがこれまでに最も大きな年間売上高を上げたのは1996年度である。その年間売上高は約40億円だった。
 Uインターとの対抗戦以来、U系に負けない新日本のレスリングの実力は再評価されていたし、さらに翌97年には蝶野正洋が当時のアメリカのメジャー団体であるWCWマットから日本へ持ち込んだnowのムーブメントも大ヒット。軍団のロゴが黒のTシャツにプリントされたnWoTシャツは20万枚の大ヒットを記録し、6億円以上の売上げを叩き出す。羨ましい話だが、この頃の新日本の社員旅行はハワイ。しかもレスラーも社員も家族同伴が許されるという、大盤振る舞いの慰安旅行が行われるほどだった。

 この前年、1995年10月には「伝説」の新日本プロレス vs UWFインターナショナルの全面対抗戦が行われ、6万7000人の観客を集めています。


 ところが、栄光と転落は紙一重。
 その後の総合格闘技の隆盛に対して、アントニオ猪木が目指した「総合格闘技的な路線」は中途半端でかえってファンを失望させ、「真剣勝負ではない」プロレスの人気は落ちていったのです。
 もともとの放漫経営体質もありました。

 年間売上高がさらにガクンと落ちたのは2005年のことである。2004年発表の30億円からわずか1年で16億円減少の14億円になってしまう。
 売上げが半分になる事態は激震である。こうなると団体存亡の危機さえ感じさせる一大事になるだろう。その後の新日本は2012年の人気回復期が訪れるまでは、年間売上高が10〜15億円のあいだで低迷する状態を続ける。リング上の盛り上がりは別としても、少なくとも数字の上では2011年まで、年間の売上げは下がり続けていく。
 やはり一番の原因は、ファンが離れて興行収入がガクンと下がったことだった。


 新日本プロレスの人気凋落は、慢性的なものだというイメージがあったのですが、数字のうえでは、かなり劇的な変化が2005年に起こっていたのです。
 ただ、この本を読んでみると、マッチメイクの混乱や、「リングの上で複数の総合格闘技の試合が同時に行われる『アルティメット・ロワイヤル』」(観客にとっては、リングの上がゴチャゴチャしているだけで何が何だか……という感じだったらしいです)など、「試合の質」にも問題が生じた時期でもあったようです。
 ちなみに、、故・三沢光晴さんらの「ノア」は、2004年、2005年と東京ドームを満員にしており、プロレスのなかでも、新日本プロレスの凋落が目立っていました。


 そんな厳しい状況の、2005年に、プロレスのテレビゲームで勃興した「ユークス」が新日本プロレスの親会社として名乗りをあげます。
 残念ながら、「ユークス」時代には「V字回復」はみられなかったのですが、プロレスという文化に「恩を感じていた」というユークスが低迷期を支えてくれたというのは、非常に大きかったのです。
 当時の新日本プロレスの経営状況は「ものすごくがんばって、コストの削減にも手をつけ、なんとか赤字を出さない」というレベルだったので、「プロレス愛」のない親会社であれば、目先の利益にとらわれて、新日本を潰していたかもしれません。

 まず最初に手掛けたことは経理の透明化。上場企業ならばイロハのイとされる「ガラス張りの経営」を、いよいよ新日本も求められるようになった。それこそが大きな変化の第一歩だった。菅林は語る。
ユークスさんはこれまでの新日本のドンブリ勘定にメスを入れた、という言い方がよくされますよね。その通りだと思います。ユークス傘下になって何が変わったかと言うと、上場企業の子会社になったので、公認会計士による第三者の監査法人が四半期ごとに来て、契約書から経理や総務の伝票も全てチェックされます。それまでは税務署が何年かに一回来て指導を受けた程度でした。それが四半期に一回、プロの方が8名ほど会社に来られるわけですから大きく変わりましたね。そこで約一週間、事細かな質問を受けるんです。私ももちろんその場にいました。以前より詳細な会計処理を要求されるため、経営陣も鍛えられて進化していきました。そんな風にまずは経理部や総務部から改革が始まって、その後、各部署にその指導が届いていきました」


 ユークス傘下となるまで、規模に比してあまりにもいいかげんな経営だったことのほうに、むしろ驚いてしまうのですが……


 その後、新日本プロレスを「V字回復」を成功させたのは、2012年に親会社となった、コンテンツビジネスの会社「ブシロード」でした。
 なんといっても、新日本プロレスは、根強いファンと、長年蓄積されたアーカイブを持つ、一大エンターテインメントコンテンツだったのです。
 ブシロードは、それを活かすことに、見事成功しました。
 そして、トップ選手たちの「ファンサービス」の意識も、これまでとは変わっていったのです。

 2012年から始まった新日本プロレス復活の理由を探ると、以下の3点に絞られる。

・ 新しいスターが生まれたこと(当時24歳のオカダ・カズチカ
・ 資本の支えがあったこと(ブシロード
・ 試合内容への評価が定着して、観客動員数が増えつつあったこと(日々の企業努力)

この3つが絶妙のタイミングで一度に爆発した。


 試合内容については、「低迷期の試合も、見直してみると、今と遜色ないものだった」という証言もあります。
 逆にいえば、低迷期も腐らずに質の高い試合を続けていたことが、復活の大きな要因だったのでしょう。
 今日から気合いを入れて、良い試合をしよう!と言っても、一朝一夕にできることではないし。

 また、「お客さんが多いと、同じ内容の試合でも、盛り上がりが違う」というのも、やはりあるそうです。
 プロレスを会場で観ることの魅力のひとつは、会場の雰囲気を体験することでもあるんですよね。


 この本には、棚橋弘至中邑真輔オカダ・カズチカという、今の新日本プロレスのエースたちのインタビューが収められています。
 彼らの言葉がまた、魅力的なんですよ。

 実は新日本プロレスの現在の人気ぶりは、選手がそれぞれのキャラクターを持ち、互いに殺し合わないという関係の下に生まれている。全てを愛にたとえる正統派の棚橋、クネクネと謎めく中邑。金ピカの不敵なオカダ。それぞれの個性を邪魔せず、しかも相手の得意技は使わない。自身のオリジナル技で勝負に挑む。気がつけば新日本プロレスはキャラクター王国になり、賑わいを生んでいる。新日本の選手がキャラクターの大切さに気づくようになっていった道筋を外道(オカダ選手のマネージャー)はこんな風に想像している。
「棚橋、中邑、オカダ。言葉は悪いけどさ、先輩レスラーが自分の生命線であるキャラクターを失っていくようなさまを若い彼らが見て、こいつらバカだなと思ったのかもしれないよね。格闘技が流行ったら格闘技に行くとか。客に受けるからって得意じゃないパワーボムを安易にやっちゃうとか。それによって自分の価値を自ら下げていることに気づいていないわけだ。つまり自分の生命線が何なのか分かってなかったんだよな。オカダだったら、オカダ・カズチカというブランドを作り上げなくちゃいけないんだよ。1から100までレインメーカーとしてリングに上がらないとダメなんだ。レスラーにとっては、それが遠いようで一番の近道だと俺は思うんだよ。今のトップ取ってる選手たちは、そういう部分を学んでいるから賢いよね」


 いかにして、自分の「キャラクター」を確立するか?
 プロレスは技や闘いをみせるのと同時に「キャラクタービジネス」でもあるんですね。
 昭和プロレスの「出たー!掟破りの逆○○!」という、「相手レスラーの得意技を使う場面」を記憶している僕としては、ちょっと寂しいような気もします。


 最近また流行っているプロレスを観てみたいけれど、「闘魂三銃士」くらいまでしかわからないし、ちょっと敷居が高いかな……という「元・プロレスファン」にとっては、「そこから現在までの歴史」を埋めてくれる本です。
 僕も久々に、観に行きたいな、新日本プロレス


悪役レスラーのやさしい素顔

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