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琥珀色の戯言

【読書感想】【映画感想】のブログです。2016年8月より、『はてなブログ』に移行しました。

バットマン vs スーパーマン ジャスティスの誕生 ☆☆☆

映画


あらすじ
バットマンベン・アフレック)は、両親の殺害現場を目撃したという過去のトラウマから犯罪者一掃に力を注ぎ、一方超人的能力を持つスーパーマンヘンリー・カヴィル)は、その力を人類のために惜しみなく使ってきた。だが、その破壊力の強大さゆえに、スーパーマンは人々からバッシングを受けるようになり……。


参考リンク:映画『バットマン vs スーパーマン ジャスティスの誕生』公式サイト


 2016年5作目。
 平日の夕方からの回を観賞。
 観客は僕も含めて男単独×4名。
 待合室はけっこう賑わっていたのですが、みんな『家族はつらいよ』か『暗殺教室』だったのだろうか。
 3D吹き替え版。最近は3Dで長めの作品をみるとなんだか疲れるので、2D字幕のほうが良いのだが、と思いつつ、時間の都合もあってこちらに。
 ただ、情報量が多く、話が突然いろんなところにとんでいくので、落ち着いてみたい人は吹き替え版のほうが良いかもしれませんね。
 僕も、結果的には吹き替えでよかったかも、と思いました。


 この『バットマン VS スーパーマン』、アメコミ映画好きの僕としては、『アベンジャーズ』軍団に押されがちな単体ヒーローの2大巨頭が共演、そして戦う!ということで、劇場での予告編をみながら、けっこうワクワクしていたのです。
 でも、この企画が発表されたときに比べて、公開日が迫るにつれて、なんか予告がトーンダウンしていってるような気もしていたんだよな……


 結論からいうと、この映画、ほんと「誰がこれを観て面白いと思うのだろう?」という内容なんですよ。
 いや、シリアス路線だからよくない、というわけじゃない。
 『ダークナイト』は、あんなに暗い話なのに、長尺を感じさせない傑作だったのだから。
 たぶん、この映画って、「バットマンとスーパーマンのバトルシーンありき」の企画だったと思うんですよ。
 でも、いざ脚本を書きはじめてみると、この二人が戦う理由って、あんまりない。
 クラーク・ケントブルース・ウェインも、女性に弱かったり調子に乗り過ぎたり、という弱点はあるものの、基本的には堅実派で、あんまり無謀なことはしないんですよね。
 ついカッとなってトールハンマーをふりまわしたり、怪物になっちゃったり、あたりを焼け野原にしてしまうような単細胞集団とは訳が違う。
 しかしながら、だからこそ、どうやったら、この2大ヒーローが戦うシチュエーションをつくれるのか?


 ……まあ、なんというか、結局のところ、この映画の最大の問題点は「バットマンもスーパーマンも(そして人類も)、いくらなんでも、ここまでバカじゃないだろ……」と呆れてしまうような強引かつありえないシナリオにあるのです。
 なぜか「スーパーマンを倒さなければ」という妄念にとりつかれるバットマン
 ほんと、よくわからないんですよ、なぜバットマンがスーパーマンと戦おうとするのか。
 バットマンって、こんなに酷いサイコ野郎だったっけ?実はジョーカーが化けてるとか?
 また、スーパーマンはスーパーマンで、「その状況って、バットマンを倒すよりもっと、シンプルで効果的な解決方法があるだろ、ほら、前を見ろよ!」と「志村、後ろ、後ろ!」と叫ぶ子どもたちのような心境になってくるのです。
 スーパーヒーローっていうより、「サイコ野郎VSマザコンのネバーエンディングバトル」です。
 その戦いに収拾がついたと思ったら、なんと、『実写版・進撃の巨人』がハリウッドリメイク…………


 いやほんと、どっちのヒーローも見せ場作らなきゃいけないし、脚本書くの大変だったんだろうなあ。
 でも、もうちょっとシンプルな話にしたほうが良かったと思う。
「全部乗せ」してしまったら、トッピングだけでお腹いっぱいになって、麺は伸び、スープは濁りまくったラーメンみたいな映画になってしまいましたとさ。

 というか、別に二人が戦わなくてもいいから、ヒーロー映画らしい、スカッとするような二人のカッコいいところを、ひとつやふたつ、見せてほしかった……
 子どもの頃、『東映まんがまつり』で、『マジンガーZグレートマジンガー』というタイトルなのに、なんで戦わずに協力プレイになるんだ?と疑問でした。
 でも、この映画を観終えたら言える。
 『東映まんがまつり』さん、あなたのほうが正しかった。
 ヒーローどうしが「大人の事情で戦わされている」のは、こんなにやるせないものだったのか……
 これまでの映画でのバットマンやスーパーマンへの信頼が失われるというか、「こんなキャラだったっけ?」と困惑すること請け合いの作品です。
 バットマンやスーパーマンのファンであるほど、失望は大きいのではないかと。


 まあ、「1%でも敵になる可能性があるのなら、人類を滅ぼすかもしれない圧倒的な力を『いまは正義の味方だから』と野放しにしておいても良いのか?」という問いかけは、わかるんですけどね。
 そういう力が実在する現代だからこその「課題」でもある。
 先ほど、これじゃバットマンじゃなくてジョーカーだろ、って書いたのですが疑心暗鬼なのは、バットマンだけというより、人類全体だということなのでしょう。
 いまの日本に住んでいる僕は、「スーパーマンって、原発みたいな存在なのかもしれないな」などと考えてしまいました。