琥珀色の戯言

【読書感想】【映画感想】のブログです。2016年8月より、『はてなブログ』に移行しました。

死刑廃止に反対する人々

「被害者の無念と苦痛、遺族の悲嘆と無念を考えれば…」
という問いに対する、アムネスティ・インターナショナル日本・
死刑廃止ネットワークセンターの解答

http://homepage2.nifty.com/shihai/QA3.html

 この人たちの偽善っぷりには、相変わらず反吐が出そうです。
 僕は基本的に、刑事罰というのは「感情的な復讐心をそのまま反映するような制度」であって然るべきだと思いますし(そういう意味では、今の日本の刑法は、むしろ犯罪者に甘すぎると思う)。
 それ以外に何の要素が必要なんだ?

【6人もの人が一度に焼き殺されたから、今回の事件は「凶悪」だと、誰がどんな基準で判断できるのでしょうか。たとえ、1人の人が殺され新聞の片隅に小さくしか扱われない事件だとしても、その遺族にとっては同じように「怨み、憎しみ」で「悲歎と無念」に埋没するのではないでしょうか。つまり、前者が「凶悪事件」で後者が「凶悪事件」でないと誰が基準を作れるのでしょうか。】

 そりゃ、誰がどう考えても「凶悪」だと思うのですが。
 こういうのをご都合主義と言うのです。というか、被害者が6人でも1人でも「凶悪事件」に決まってるだろ?
 この人たちはたぶん、ナチスがユダヤ人をホロコーストで何十万人も殺したからといって「凶悪」の基準がないから「凶悪な行為ではない」と言うのではないのかなあ。

 刑務官の話も聞き飽きました。彼らは職業選択の自由に基づいて刑務官をやっているのですから、死刑執行も「給料のうち」のはずです。誰かにムリヤリやらされているならともかく、社会人なら嫌な仕事をやらされることは誰にでもあるはず。
 筒井康隆に「天の一角」という、犯罪被害者の家族が死刑執行を行う小説があるのですが、その中では、家族はみんな死刑執行にひるんでしまうのです。
 でも、筒井さんは永山則夫を支援していたこともあって、こういう書き方になったと思うのですが、僕はなんだったら、家族に最期のボタンを押させても良いと思うのです。刑務官が嫌なら、自分でやりたいという家族は少なくはないだろうし、そのことによって幾ばくかは救いになるかもしれないから。

 「冤罪の可能性」とか言うけど、現在のの日本の裁判で死刑判決を受けた犯人で、冤罪の可能性がありうる人は皆無です。
 宅間には冤罪の可能性があるから、死刑にするな、とか言うのでしょうか?

 死刑囚の人権の前に、彼らがあなたたちが敢えて無視している無辜の人々に対してやったことを考えてもらいたい。


 頑張れ、シンガポール
 僕は、「偽善者の自己満足のための死刑制度反対」に反対です。

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