琥珀色の戯言

【読書感想】【映画感想】のブログです。2016年8月より、『はてなブログ』に移行しました。

ブログに移行すると「文章の質が落ちる」理由

「こんな日だったね」http://home.att.ne.jp/yellow/cat/konna.htmの7/18に、

かつて時々読んでいた人のサイトを発見。いわゆる「テキスト・サイト」というのか、文章で読ませるタイプの人だった。ご多分にもれずこの人もブログに移行していたけれど、その文章の質が落ちていることに愕然とした。ブログになると同じ人がどうしてこうも薄いだらけた文章を書くようになるのか不思議に思った。

という記述を見かけて胸を突かれたような気がしたのですが、僕自身も、こうしてブログに書いている内容というのは、メインのサイト(http://www5f.biglobe.ne.jp/~iyatsue/)に書いているものよりも、「荒れている」のではないかと感じることが多いのです。
「荒れている」というのがどういうことなのか説明するのはなかなか難しいのですが、「荒削りである」とか「完成度が低い」ということだと考えていただければ良いでしょう。それに「いいかげんである」というニュアンスもちょっとふりかけて。

「どうしてブログの文章の質は落ちるのか?」
それを考える前に、僕にとってのこの「琥珀色の戯言」について考えてみたいと思います。ここは本来、「はてなダイアリー」のβテストが始まったときに、流行に乗って「とりあえず借りてみた」つもりのスペースで、あくまでも、「日記」でもなく、「活字中毒R。」(http://www.enpitu.ne.jp/usr6/60769/diary.html)のカテゴリーにも含まれず、医療関係の真剣な話でもない、要するに「書きたいけれど、書くべき場所がなかった物事、いわゆる『余り物』を書きとめておく場所」だったのです。もっとも、最近は書いているうちに、「活字中毒R。」のネタにしたほうがいいな、とかいう感じがして、向こうに移したりすることもときどきあるのですが。
結局、以前は
http://www.enpitu.ne.jp/usr6/68818/diary.html
↑で書いていたようなことが、ここに移ってきただけなのかもしれませんが、同じようなことを書いていても、やっぱり、書きやすさとかリアクションというのは、けっこう違うものなのですよね。

「ブログで書くこと」のメリットというのは、

(1)更新が簡単であること
(2)1日にいくつもエントリが書けること
(3)コメント・トラックバックなどの「反応」を得ることが比較的容易であること
(4)キーワードリンク、新着情報などで、「新しく読んでくれる人」の割合が多いこと

などが挙げられるでしょう。そしてそれは、ある意味「ブログの文章が荒れやすい原因」になっているのかもしれません。
更新が簡単であれば、ちょっとした思いつきを、練ることもなく書いてしまえるし、それを書いても、同じ日に思いついたことは、また次のエントリに書けばいいだけのことです。そして、けっこう簡単な内容でも、流行のキーワードに対応していれば、それなりのリアクションがあったりするんですよね。
さらに、ブログというのは、「テキストサイト」に比べれば、はるかにリアクションしやすい媒体です。テキストサイトの「文中リンク」なんていうのは、「馴れ合い」とか言われがちですし、掲示板への書き込みは即時性に乏しく、いちげんさんには、やや敷居が高い(書き込んだだけで、「宣伝厨」よばわりされたりすることもある)。でも、ブログは、「トラックバックしあうこと」が前提の媒体なので、ちょっとした感想とかでも、けっこう抵抗なくリンクしたりもできるのです。もっとも、読み手の側からすれば、気になる本の感想を見ようと思っても、「本日購入、楽しみ」とかいうような「言及」がズラッと並んでいると、それはそれで悲しくもなるのですが。

ブログをやっていて思うのは、ブログというのは、もともと「未完成な内容を書く」ことに向いているのではないか、ということなのです。
テキストサイトが、その1日の内容が、「ひとつの世界」として完結していることを求められるのに対して、ブログというのは、基本的に、「その内容に対してのトラックバックやコメントまで含めて、ひとつのエントリとして成立している」ような印象があります。要するに、「完成した料理を提供する」のがテキストサイトならば、「みんなが料理しやすい素材を提供する」ことが求められているのがブログ。それを料理してくれる人も含めての、ひとつの世界。

僕の実感としては、「ブログ」って、ラジオの深夜放送(「オールナイトニッポン」とか)に近い媒体なのではないかと感じているのです。
「深夜放送」の基本的なスタイルって、まずDJがいて、要所要所で音楽をかけて、自分の身の周りに起こったとりとめのない話をし、リスナーからのハガキ(たぶん今はメールが主流なのでしょう)を読みながら進行していく、というものだと思います。そして、深夜放送の場合、あまりにキッチリとした構成であるよりも(たぶんみんな知らないでしょうけど、「ジェットストリーーム」みたいに、台本通りのトークを時間通りにやって、予定された音楽を予定通りに流すスタイルよりも)、なんだか途中で時間が押して曲が飛ばされたり、DJがハガキのちょっとしたネタで盛り上がってしまって、急に新コーナーができたりするような「意外な展開」にこそ、魅力が詰まっているのですよね。内容的には、もちろん、台本通りの番組よりも「練れていない」のだけれども、このスタイルには、このスタイルなりの大きな魅力があるわけです。
それに対して、「くだらないことばっかり喋って!」という不快感を抱く人がいるのは、仕方がないことです。実際に「くだらないこと」を喋っているのだしね。でも、それを好む人だって、けっして少数派ではない。そして、お昼の番組では、「あらかじめ完成された進行」をやっているDJでも、深夜放送では、その「状況」に適応している人もたくさんいるのです。なぜそうなるのか?といえば、リスナーの好みに対応して、という場合もあるでしょうし、自分の違う一面を出したい、という場合もあるでしょう。そして、「台本通りの番組向き」の人もいれば、「深夜放送のアドリブ重視の番組向き」の人もいるし、あるいは、どちらでも違う面を見せられる人もいるのです。
そういう意味では、いくらブログ流行りでも、昔ながらのテキストサイトのスタイルのほうが向いていたり、コメント欄とかトラックバックは使わないほうがやりやすい人もいそうですよね。


しかしながら、実は、「テキストサイト」というのが流行り始めた最初の頃にも、「テキストサイトというのは、ラジオの深夜放送みたいなものだ」という解釈をしていた人がたくさんいたのです。「テキストサイト」というのは、それまでのどんな個人メディアよりも、リアルタイム性・双方向性に優れたものだったので。
それが今となっては、テキストサイトは、「ジェットストリーム」になってしまった。
より双方向性・リアルタイム性を追求すればするほど、そこに介在する「言葉」が乱れがちになるのは、チャットのログをみれば明白です。
そう考えると、より新しい媒体である「ブログ」が、よりいっそう「オールナイトニッポン的」になったのは、ある意味自然な流れなのかもしれませんね。
そのうち、「『ブログ』の時代は、もっとみんなちゃんとした文章を書いていたのに……」なんていう時代が来そうな気もします。

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