琥珀色の戯言

【読書感想】【映画感想】のブログです。2016年8月より、『はてなブログ』に移行しました。

早稲田実業の勝因、駒大苫小牧の敗因

4対3で、駒大苫小牧の夏3連覇成らず。
僕自身は、今日の試合は生では観られなかったのだけれど、
http://sports.yahoo.co.jp/baseball/hs/scores/2006/summer/live/0821a.html
↑の試合経過を観ていて、ひとつ考えさせられることがありました。
それは、「なぜ駒大苫小牧は、田中を先発させなかったのか?」ということです。
いや、田中が疲れていたというのは紛れも無い事実だろうし、早実の斉藤以外の控え投手の力量に比べたら、菊地投手をはじめとする駒大苫小牧の控え投手陣は、実力・経験ともかなり上でしょう。でも、齋藤に比べれば、駒大苫小牧の控え投手たちは「格が落ちる」ように思われました。そして、昨日の試合の流れからすれば、やはり、「先取点をどちらが取るか」というのはものすごく重要なポイントであったような気がする。もしかしたら、駒大苫小牧の香田監督は、「今日は打撃戦になる」と読んで田中を「温存」したのかもしれないけれど、それなら、1回の裏に1点取られた時点で田中を起用したのは、かなりの計算違いか忍耐不足だとも思われます。結局「先発したのとあまり変わらない」という状況になってしまったのだから。もしかしたら、打者一巡くらいゼロで抑えてくれれば、疲れている齋藤に比べて、圧倒的に有利に立てる、という計算だったのでしょうか。でも、それなら「田中でいけるところまで行く」という考え方だってあったはず。なにしろ、昨日の試合も田中は3回途中からのリリーフで、齋藤よりは少しは「酷使度」は低いはずなのだから。それに、少なくともこれまでの内容からすれば、2人がそれぞれ8割の実力を出した場合、田中のほうが菊地よりゼロで早実を抑えられる可能性は高かったはずです。田中は、どんどん上り調子になってているようにも見えていたし。

たぶん、駒大苫小牧は、「いつも通りの戦い方」をしようということで、菊地先発にしたのだとは思います。
ただ、昨日の試合後の駒大苫小牧の香田監督の様子(香田監督は、あまりにも素晴らしい試合に感激し、自ら早実のベンチの前まで出向いて、まだ決着がついていない相手の選手たちに頭を下げたのだ!)を思い出すと、もしかしたら、香田監督には、ほんの少し「勝負に対する甘さ」があったのかもしれません。香田監督の頭の中には、田中投手への負担に対して、「まだ先のある選手だから……」という「配慮」があったのではないか、とも感じられるのです。「絶対田中は使わない」というわけにはいかない、それでも「あまり投げさせずにすむのなら、それに越したことはないよなあ……」と悩んだ末に、先発・菊地になったのではないでしょうか。

もちろん、これはあくまでも僕の推測だし、結局、勝負事というのは「結果」で語られてしまうものです。
試合は早稲田実業が勝ったし、齋藤は、(少なくともこの試合では)壊れず、英雄になりました。
でも、僕は正直、それが敗因となったとしても、駒大苫小牧の香田監督の「ほんの少しの甘さ」を否定することはできないし、だからこそ、あれだけ強いチームができたのだろうな、とも感じました。少しでも勝つ可能性を上げたければ、今日は、田中先発が当然の策だったはずなのです。でも、香田監督には、田中をなるべく使いたくない、という「迷い」と「優しさ」があった。「絶対に田中をマウンドに上げない」というような采配でボロ負けでもすれば、もっとそれは「示唆的」であったとは思うのだけれども、そうもいかなかったのでしょうね。

本当に素晴らしい決勝戦だったと思います。
その一方で、今回のこの結果で感動した人たちの多くは、これからも「甲子園の生贄」を求め続けるのでしょう。それこそ、マウンドの上で投手の腕がボキッ、と音を立てて折れるまで。いや、折れたら折れたで、「悲劇のヒーロー」に祭り上げておしまい、かもしれません。
人間というのは、「限界」ギリギリのところで闘う人間を観るのが大好きです。
そもそも、甲子園で4連投なんてムチャクチャなはずだし、箱根の山のような起伏が激しいコースで駅伝をやる必要なんてないのではないかと思うし、総合格闘技で顔面を殴りあわなければならない必然性なんて、どこにもないのではないでしょうか?
「そんなことしたら一生を棒に振ってしまう!」「死んじゃうんじゃないか?」
人は、「限界」という名の残酷なショーを観るのが大好きだ。それだけは間違いありません。
多くの人が、その姿に憧れ、「限界」に自ら挑んでいくのだ。我を英雄に、しからずんば死を!
そうして「限界」の谷底に落ちていく人がいればこそ、傍観するのはスリルがあるのです。
残念ながら、僕もそういうのがけっこう好きなのですよ。「残酷なことが起こる可能性」も含めて。

いい試合だったなあ、という気持ちと、こういうのが続いていってもいいのかなあ、という迷いが僕には両方あって、結局のところ、何が正しいのかはよくわかりません。齋藤と早稲田実業は「賭け」に勝っただけなのかもしれない。でも、僕は駒大苫小牧の「先発・菊地」には、結果以上の「意味」があるような気がしてならないのです。苫小牧の選手たちは「そんな『意味』より、とにかく勝ちたかった」というのが本音なのだろうけど。

しかし、もし今日齋藤がメッタ打ちにされたら、それこそ「酷使」に対して非難轟々になったはずで、田中を「温存」して駒大苫小牧が勝ったら賞賛の声は鳴り止まないはずだったのだよなあ。やっぱり「勝てば官軍!」という言葉こそが、唯一の「真実」なのでしょうか?