琥珀色の戯言

【読書感想】と【映画感想】のブログです。

夢を与える ☆☆☆☆

夢を与える

夢を与える

チャイルドモデルから芸能界へ。幼い頃からテレビの中で生きてきた美しくすこやかな少女・夕子。ある出来事をきっかけに、彼女はブレイクするが…。成長する少女の心とからだに流れる18年の時間を描く待望の長篇小説。

 「芥川賞受賞第一作」として発表されたこの作品、『文藝』に掲載された時点でもかなり賛否両論があったようなのですが、ついに単行本化されたので読んでみました。
 読みながら、うーん、「文体」が変わるというのは、作家としては「生まれ変わる」のと同義ではないのかな、などと考えながら、結局この300ページを超えるけっこう長い作品を一晩で読み終えてしまったのは、僕なりにかなり「面白かった」ということではあるのでしょう。
 設定にはかなり無理があるなあ、と感じられるところがあって、

 これは我が社としても社運をかけて臨む一大プロジェクトです。夕子ちゃんが商品や我が社のイメージをそこねるようなスキャンダルを起こすことは、どうしても避けていただきたい。これから先ずっと、普通の、まじめな、いい子の生活を送ってほしいのです。途中で夕子ちゃんが何かスキャンダルを起こしてしまえば、次回作は作れなくなり、この企画はふいになってしまいますから

 という広報の人の説明を読みながら、「だから、こういうCMは現実的には作られないんだろうな、ずっといい子の生活を送れるなんて保証はどこにもないんだから」と思ったり、夕子の交際相手の男との出会いがあまりに唐突で理解できなかったりして、正直「無理してるなあ……」という印象は拭えなかったんですよね。あと、夕子が「ブレイクした」という場面でも、実際に売れているという様子が文章から伝わってこなかったし、性的描写については、「ああ、綿矢さんは『オトナになったって思われたい』のだな」というか、なんだか中途半端に金原ひとみ島本理生入っちゃってるよ……という感じです。その一方で、「ああ、あの綿矢さんがこんな場面を書いているなんて……」とちょっとだけ身悶えてしまう哀しいオトコ心。

 しかし、一気に読み終えたあと1日経って考えてみると、やはり綿矢りさという作家はすごいな、という気はするんですよね。この『夢を与える』っていうのは、そんなに「目新しい小説」ではないけれども、今の若手作家が濫発している「家族再生小説」でも、「突然誰かが死んでしまう小説」でもなければ、「タイムスリップ小説」でもありません。綿矢さんは、そういう「ドラマチックなイベント」や「綿矢りさ文体」に頼らずに、自分の力で「新しい小説」に挑戦しようとしています。これは、本当にすごいことだと思うのです。少なくとも、彼女自身は、自分が綿矢りさ(=文壇のアイドル)であることに安住しようとはしていません。『蹴りたい背中みたいな小説』でよければ、こんなに時間をかけなくてもよかったはずなのに。
 それにしても、綿矢さんにとって、高橋源一郎さんのような、文壇に大きな影響力があり、小説を読む力にも優れている熱烈な「支持者」がいるのは幸福なことなのかどうか?『文藝』の最新号の高橋源一郎さんと綿矢さんの対談のなかで、源一郎さんが『ボヴァリー夫人』を綿矢さんに強く勧めたという話が出てくるのですが、僕はそんなふうに「文学」のほうに綿矢さんが引き寄せられるのがプラスだとは思えないんですよね。綿矢さんの強さというのは、「自分で書くまで『書評』というのがあることすら知らなかった」というコメントにあるような「文学にすれていない」という点にあったはずなのに、偉大な先人達に知恵をつけられることによって、その「純粋さ」は失われてしまいつつあるのではないか、と。このまま偉い人の薫陶を受けながら「成長」していっても、行き着く先というのは、「普通の小説家」なのではないかという気もします。それが無理なのは百も承知なのですが、『蹴りたい背中』のような作品をずっと書き続けていってほしい、というような気持ちも僕にはあるんですよね。
 綿矢さんが偽金原ひとみや偽山田詠美になってしまうのなら、そんな「成長」に意味があるのでしょうか?

 僕は『夢を与える』は単体の小説としては「傑作ではない」と思います。でもこれは、素晴らしい「意欲作」ではあるのです。たぶん「こんなのを読みたかったんじゃない」って言う人は多いだろうし、そういう意味では、綿矢さん自身もいままでの読者の「信頼の手」を離してしまったのかもしれません。それでも、この「姿勢」は評価されるべきなんじゃないかな、と僕は思います。そして、多くの読者は、「こんな小説を書いている綿矢りさという物語」を読んでいるのです。
 プロの作家に対して「作品」ではなくて「姿勢」を評価するというのは、ものすごく失礼なことなんでしょうけど。

 ところで、「夕子」はあの「終わり」からどうなってしまうのでしょうか?
 僕はむしろ、「これから」のほうを知りたくてしょうがなかったです。

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