琥珀色の戯言

【読書感想】【映画感想】のブログです。2016年8月より、『はてなブログ』に移行しました。

町山智浩さんと唐沢俊一さん

町山智浩氏と唐沢俊一氏は何がきっかけで仲が悪くなったのか考えてみたよ(by 『愛・蔵太の少し調べて書く日記(07/7/30))

 僕は町山さん、唐沢さんの双方の著作をかなり読んでいる人間だと思うのですが、これを読んで感じたことは、町山さんの「真摯さ(裏を返せば容赦無さ)」であり、唐沢さんの「気配り(裏を返せば如才無さ)」でした。どちらが言っていることも「正しい」んですよね結局のところ。「雑誌の存続そのものが危機にさらされても、間違ったことを書いた人間を追及するべきだ」というのと、「あんな『悪口を書くのがオリジナリティだと勘違いしている小者』のために雑誌(と、それに依存して生活している人々)の将来を脅かすのはやりすぎだ」というのは、どちらもけっして「間違ってはいない」のです。いや、「正義度」からすると、ちょっと町山さんのほうが上かな、という気もするのですが、僕が一緒に仕事をするのなら唐沢さんかな、とも思います。

 こういうのを読むと、唐沢さんのほうが町山さんよりはるかに世間的な認知度において「メジャーな場所」にいるというのは、唐沢さんの「世渡りの上手さ」「味方をつくる才能」の影響も大きいのかもしれませんね。ここで取り上げられている唐沢さんの

だが、この最後の脅し行為に関してだけは、いただけないと思うものである。持永一人にその行為の報いがふりかかるのは自業自得として、これが本当に問題となり、世間も騒ぎたて、この原稿を掲載した編集責任が問われるということになり(なにしろ今、イスラエルは非常にピリピリしている状態なのである)、かの『マルコ・ポーロ』と同じく雑誌自体の消滅とでもいうことになったとすれば、持永の今回の原稿にはまったく関わり合いをもたぬ、ブロス関係者(デザイナー、編プロ、契約編集者、ライター、イラストレーター、出なくなった号にインタビュー等が掲載されるはずだった新人タレントたち等々)に、自分たちには何の責任もないのに大きな損害を与えることになる。自分も連載している雑誌なのだから、リスクは対等……という言い訳は通るまい。

の部分などは、まさに「オトナの正論」なんですよ。「組織」というものの一部として働いたことがある人間なら、誰でも「そうだよなあ」と頷いてしまうはず。
 しかし、この文章は町山さんにとっては、「お前は正義漢ぶってるけど、周りが見えていない『船上のネズミを退治するために爆弾で船底に穴をあけてしまうような迷惑なヤツ』だ」と、批判されたようなものだったのではないでしょうか。「編集長までつとめたことがあるくせに」なんて書かれてますしね。
 少なくとも、このやりとりで、業界的には唐沢さんは「株を上げた」はずです。実際には、町山さんにも「惻隠の情」があって、「トドメ」を刺してはいなかったにもかかわらず。

 僕が町山さんだったら、「唐沢っていうのは、自分には直接関係のないことなのに、しゃしゃり出てきて『点数稼ぎ』をする利己的な男」で、「それが本心なら、ホームページのネタにせずに直接自分のところにメールしてこいよ……」と感じたに違いありません。それが、唐沢さんの「芸風」であったとしても。
 本当のところは当事者にしかわからないのでしょうが、そりゃまあ、「根に持つ」ようになっても不思議ではないかなあ、と。
 そもそも、お互いのやりとりがホームページや雑誌という媒体に乗っていなければ、こんなに話は大きくならなかったのでしょうけど。

 それにしても、唐沢さんの「盗用問題」って、本当に泥沼化してしまいましたね。それこそ、「資料が少ない内容なので、そちらのサイトから引用先を明記し、謝礼を払った上で転載させてもらっていいですか?」と唐沢さんと幻冬舎が最初に筋が通していれば、お互いにとってこんな不幸な展開にはならなかったはずなのに。

 今の唐沢さんって、「俺様が紹介してやるんだから、感謝しろよ!」と、リンク先のブログの名前を間違っていてもふんぞり返っている大手サイトみたいになってしまったのかな……

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