琥珀色の戯言

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アサッテの人 ☆☆☆

アサッテの人

アサッテの人

文藝春秋 2007年 09月号 [雑誌]

文藝春秋 2007年 09月号 [雑誌]

↑にも全文掲載されています。

第137回芥川賞選評(抄録)
↑もご参照ください。

●本の内容
「ポンパ!」 突如失踪してしまった叔父が発する奇声!
アパートに残された、叔父の荷物を引き取りに行った主人公は、そこで叔父の残した日記を見つける。
現代において小説を書く試みとは何なのか? その創作の根源にある問いに、自身の言葉を武器に格闘し、練り上げられていく言葉の運動。精緻にはり巡らされた構造と、小説としての言葉の手触りを同居させた、著者の大胆な試み。
読書家としても知られる各氏をうならせた、驚異の才能のデビュー作!

 第137回芥川賞受賞作。
 なんだか、東海林さだおっぽいタイトルだなあ、と思いながら読み始めたのですが、冒頭の作者の語りと情景描写の部分がちょっと読みにくい&面白くなくて閉口してしまいました。この作品の「世界観」を提示するためには必要だったのかもしれませんが、その後の文章は読みやすいしつまらなくもないので、なんだかもったいないなあ、という感じがします。
 そもそも、「『アサッテの人』という小説を書こうとしている主人公が失踪した叔父の日記を読み返していく」という形式そのものに、あまり意味がなさそうに思えたんですよね。書こうとしている要素が全部中途半端なまま投げ出されている、というような気もしましたし。
 もっとも、終盤を読んでみると、この小説では諏訪哲史さんが意図的にそうしているのだろうとも思われるのですが。

 この作品で描かれている「世界とのコミュニケーションがうまくいかないことによる疎外感」みたいなのって、対人恐怖気味の僕にはよくわかります。そして、「吃音壁が治ってしまうことによって、浮き彫りにされてしまう『真の問題』にかえって苦しめられる」というのもすごく理解できるんですよね。「そういうのって、僕だけじゃなかったんだ」という安心と同時に、この作品が芥川賞を受賞するくらい選考委員に支持されたということは、こういう「疎外感」「不全感」を抱えて生きている人というのは、僕が考えているよりかなり多いのかもしれないな、とも感じたのです。
 
 しかし、選評では、山田詠美さんが「今まで芥川賞候補作を読んでいて笑ったことは一度もなかったけど、この作品は二度も声を出して笑った」と書かれていたのですが、僕にはこの作品のどこが「笑える」のか全然わからなかったです。
 意欲作ではありますし、「チューリップ男」は本当にいそうな人物で存在感があるのですが、彼以外のキャラクターに関しては、主人公であるはずの「叔父さん」も「まあ、こういう人っているかもね」っていうくらいのインパクトしかないし(僕にとっては、あまりに「理解できる」キャラクターだからなのかもしれませんが)、朋子さんに至っては、「なんか無意味に殺されちゃってかわいそう」にすら思えます。いろんな「要素」を散らかしっぱなしにして、いきなり終わってしまった、そんな小説です。

 僕としては、無難にまとめちゃっている純文学らしい純文学という感じの『8月の路上に捨てる』とか『ひとり日和』よりも、この『アサッテの人』の「新しい小説を書くんだ!」という志の高さには好感を持ちますし、こういう冒険的な作品が評価されるのは素晴らしいことだと考えています。
 でも、「面白くない」って村上龍さんが書かれているのはまさにその通りなんですよね。それがこの作品の最大の弱点ではないでしょうか。同じテーマや内容でも、もっと「面白く」できた作品だと思うのだけど。

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