- 作者: 山本文緒
- 出版社/メーカー: 角川書店
- 発売日: 2007/06
- メディア: 単行本
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仕事で賞をもらい、山手線の円の中にマンションを買い、再婚までした。
すべてを手に入れたかに思えた時、重度の抑鬱状態に陥った。
望んだ再婚生活なのに、心と身体がついてゆかない。家族や友人、仕事のはざまで
苦しみ抜いた日々。病んだ心が緩やかに再生してゆく山本自らの体験を描き、
雑誌「野性時代」連載時から大反響の日記が、いよいよ書籍化!
「今年一番、あなたの痛みにしみる本。」
この本のオビには、こんな言葉が書かれています。確かにこの本、僕の痛みにしみました。というかしみすぎです。
この本での山本さんの「闘病生活」は、むしろ静謐でゆるやかな空気のなかで送られていきます。
9月15日 …恵まれすぎだというふうなことを言われて「そうか、人にはそう見えるんだろうな。実際そうだしな」とは私も思った。…
傍からみれば、確かに山本さんは「恵まれている」のですよねやっぱり。
売れっ子作家として稼いできた山本さんは、入院してもすぐに生活に困るわけでも、会社をクビになるわけでもない。パートナーである「王子」はときに少し爆発することもあるけれど、総じていえば「できすぎた夫」です。僕は男なので、ついつい、「王子」の立場から、「自分のパートナーがこんなふうに『病気』になってしまったら、果たしてこんなに悠然と付き合っていられるだろうか? 自分の仕事だってあるのに……」というようなことも考えてしまいます。
僕も今ちょっと調子が悪くって、かなりこの山本さんの日記にシンクロしてしまい、「このタイミングで読んだのはまずかったか……」という気持ちはありますし、僕もまた「恵まれた人」だとみられていることが多いはずで、「何がそんなに不満なの?」って周りからも思われているんじゃないかなあ、と不安になるのです。いや、自分でも、ちょっと引いて考えてみれば、「そんな不満を持つような人生じゃないはずだろ?」って感じるんですよ。
でも、やっぱりダメなときはダメなんだよなあ……
しかしながら、僕の中には、この『再婚生活』に対する共感と同時に、「不満」というか、「でも、やっぱり山本さんはいいよな」と嫉妬してしまうところもあるのです。
少なくとも山本さんは「眠いときには眠ってしまえる」し、「夜中に突然起こされて仕事をすることを強要される」わけでもない。辛いのは辛いんだろうけど、鬱で闘病している人の大部分よりは「恵まれている」のではないか、と。
もっとも、この作品は、あくまでも「最低限エンターテインメントとして成立しえる範囲」にしようと山本さんは意識されているようなので、本当に「キツイところ」は、書かれていないのでしょうけど。
ただ、「普通の鬱」の場合には、経済的な不安や周囲の無理解というファクターが、これに加わってくるわけだから……
でも、実際のところは、病気の苦しみとかキツさなんていうのは、その人にしか理解できないんですよね。そして、誰がこうして内面で闘っているかなんて、外からみただけではほとんどわからないのです。僕の周囲にも、薬を飲みながら仕事を続けている人はたくさんいます。悩んでいたときに同僚や先輩・後輩に尋ねてみたら、驚くほどの数の人が、「薬を飲んでいる、飲んだことがある」という事実に驚かされました。一部の「自殺・自傷サイト」の管理人みたいな劇場型の人が「鬱」の典型像なのではなくて、実際は、そういう精神状態や疾患というのは、もっともっと僕たちの身近なところに、ひっそりと息をひそめて佇んでいるのです。そして、大勢の人たちが、他人に気づかれないように「闘病生活」をおくっているのです。世の中には、「鬱になるべき人」がいるわけじゃなく、「鬱になるきっかけ」だけが宙に浮かぶように存在していて、それが誰かにとりついたとき、その人の状況に応じて「発症」しているだけなのではないかと僕は思います。
ずっと私はうつになった原因は、なにか心因性のものだと思っていた。仕事上のいろいろなストレスや引越しや再婚で、感情のバランスが狂ったのだと思っていたけれど、そうじゃなかったと最近しみじみ思う。だいたいその「外から攻撃された」という被害者意識がまずいけなかった。
私の場合、悪い体が黒い心を生んだのだと思う。
浴びるように飲んだお酒が肝臓を痛めつけ、煙草もチェーンスモークとなっていたので、それは肺だけでなく体中の血管をぼろぼろにし、その上まわりの人が私の吹き出す煙草の煙をいやがっていることに気づく感受性を失っていた。
悪い油で揚げたり炒めたりされたものばかり、消化の悪い肉を毎日のように口にして、中性脂肪を蓄えた。体が重くなり、心も重くなり、ますます手足も内臓も冷え、いいことが考えられなくなった。暗い気持ちにどんどん拍車がかかり、出口を見つけられないで膨張した。
それが私の病気だったような気がする。
これは医学的には「100%の正論」ではないです。
しかしながら、これは僕自身の経験からもそうなのですが、「間違ったストレス解消法」によって、心だけではなく体まで痛めつけてしまい、その結果、体調を崩してさらに心も重くなっていくというのは、けっこうよくあるケースだと思うんですよね。
「ストレス解消のため」のお酒の飲みすぎや夜遊び、過食によって、よりいっそう「不調」が助長されてしまうことは多いのです。
逆に「入り口」のところであれば、「なるべく睡眠をしっかりとる」「バランスの良い食事や適度な運動を心がける」なんていう「身体からのアプローチ」によって、「鬱」への進行を食い止めることができるような気がします。
ただ、僕もこんなに偉そうに書いてますけど、実際はずっと「綱渡り」を続けているんですよね。
「そんなに辛いんだったら、仕事を辞めていればよかったのに」
僕も以前はそう思っていましたし、そんなアドバイスをしたこともあります。
でも、人っていうのは結局その「ギリギリのところ」までいかなければ「進歩」できないし、どこがその「限界」なのかって、よくわからないものなんですよね。僕も日々「これはもうダメかも」って思いながら、なんとか今のところは綱の上にとどまっているだけで。
炎天下で熱中症になってしまう高校球児のニュースに「酷い監督だ!」って憤る人は多いけれど、実際に甲子園で活躍している選手のなかには、きっと、その熱中症になった生徒と同じくらい、あるいはそれ以上の過酷な状況で練習していた人がたくさんいるはずです。同じような練習をやっていても、「熱中症で生徒を殺した監督」は責められ、「炎天下に限界まで心身を鍛えぬいた監督」は賞賛される。前者と後者の間にあるものは、「見えない紙一重」くらいでしかないんだけどさ。
そういうのは、「運」としか言いようがないのだろうか……
かなり脱線してしまいましたが、ここまでの感想を読んで興味を持っていただけた方には、すごく「心にしみる本」であることを保証します。ただし、「しみる」人にとって、この本はネガティブな方向に引きずられるきっかけにもなりうると思われますので、注意が必要かもしれません。