琥珀色の戯言

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かえっていく場所


かえっていく場所 (集英社文庫)

かえっていく場所 (集英社文庫)

内容(「BOOK」データベースより)
三十年住んだ武蔵野の地を離れ、妻とふたりで都心へと居を移した「私」。ゆっくりと確実に変化していく日常と、家族の形。近づいてくる老いと沈殿していく疲れを自覚しながら、相変わらず取材旅行に駆けまわる毎日だ。そんなとき、古い友人の悪い報せが「私」を大きく揺るがせる…。『岳物語』から二十余年。たくさんの出会いと別れとを、静かなまなざしですくいとる椎名的私小説の集大成。

これを読みながら、椎名誠さんのなかでは、「エッセイ」と「小説」の境目はどうなっているのだろうなあ、というようなことを僕はずっと考えていました。たぶん、「小説では一応登場人物は名前を変えておく」(熱心な椎名さんの読者にはそれが誰だかわかるのですが)というのが、椎名さんなりのルースなのでしょうけど、エッセイ「新宿赤マント」シリーズとそんなに内容的には変わらないような気もします。まあ、だからつまらない、というわけではないんですが。
僕にとって椎名さんというのは、ある種「理想の男」「理想の父親」であり、椎名家というのは「理想の家庭」のようなイメージを持っていました。
でも、この小説を読んでいると、当然のことながら、椎名家にも僕が生まれ育った家庭と同じような「問題」があり、椎名さんや奥様、子どもたちも、けっして「完璧な関係」ではないのだ、ということがよくわかります。いや、僕ももうそれなりの「大人」なので、「絵に描いたような理想の家庭」なんて存在しないってことは頭では理解できているつもりだったのですが、それが椎名さんの口から語られると、なんだかちょっと寂しいような、ホッとしたような。たしかに、「椎名誠の子ども」って、注目されそうで、いろいろと大変そうだしね。

私は家族が揃って食事を一緒にできる時間などそれぞれの人生の中でほんの僅かしかない、ということに数年前に気がつき、それをどこかのエッセイに書いた記憶がある。父が早くに死んでしまった私自身の家がそうであったし、妻にいたっては、妻が生まれてすぐに彼女の父親は大陸に出征し、そのまま帰ってこなかったのだから、妻の家族にはその一瞬の安らぎもなかったのだ。

大人になってあらためて考えてみると、「家族が揃って一緒にできる時間」というのは、本当にごくごく短い間であり、貴重な時間なのです。自分が子どもの頃にはそんなこと全く意識したこともなく、「ひとりのほうがテレビ観たり本読んだりしながら食べられていいのになあ」なんて思っていたんですけどね。
何かが起こりそうな「予感」を秘めつつ、淡々と進んでいく物語。
このタイトルの「かえっていく場所」とは、いったいどこなのか?
椎名さんの「旅」に終わりはあるのでしょうか?

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