琥珀色の戯言

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日記をのぞく ☆☆☆☆


日記をのぞく

日記をのぞく

(書籍紹介)
歌人、宣教師、サラリーマン武士、明治の外交官、近代日本文学の巨星、太平洋戦争下の喜劇王昭和天皇の侍従、現代作家―平安時代から今日まで、25人が書いた日々の生活、愚痴、批評、思索を読む。

著名人の日記には時代の世相や著者の率直な想いが映し出されている。藤原定家、アーネストサトウ、漱石、啄木から、永井荷風山田風太郎三島由紀夫山口瞳まで、編集委員古今東西の日記のエッセンスを紹介。

(目次)
藤原定家「明月記」―和歌の道に生きる気位
阿仏尼「十六夜日記」―恋多き女性、波乱の人生
長実房英俊「多聞院日記」―五十七年間の人間の記録
ルイス・フロイス「日本史」―ポルトガル人宣教師が見た日本
朝日文左衛門「鸚鵡篭中記」―元禄社用族の人間模様
松浦静山「甲子夜話」―大名のご隠居が書いた博覧強記エッセイ
鷹見泉石「鷹見泉石日記」―記録魔の江戸末期
鳥居耀蔵「晩年日録」―幽閉二十三年、生き永らえた日々
タウンゼント・ハリス「ハリス日本滞在記」―日本を国際舞台に導く
松浦武四郎蝦夷日誌」―激動の時代に北海道をルポ[ほか]

自分で日記を書くのも他人の日記を読むのも大好きな僕にとっては、タイトルだけで購買意欲をそそられる本だったのですが、読んでみての全体的な印象は、「新聞連載の書籍化らしいというか、無難にまとめられているな」というものでした。たぶん、これはあくまでも「さまざまな日記の紹介」であって、興味を持った読者は、それぞれの日記を自分でもっと読んでみてほしい、ということなのだと思います。

 このなかでも、僕が興味を持った日記をいくつか挙げておきます。
 まずは、長実房英俊「多聞院日記」

 英俊は法相宗興福寺の根本教学である唯識仏教の高名な学僧。修行のことはもちろん、身辺雑記、寺の日常、政治、文化、社会など、実に様々な出来事を書き続けた。
 驚異の筆まめにして飛び切りの几帳面。好奇心旺盛で博覧強記の人でもあった。武家の勃興、戦乱、信長の天下統一など、激動の時代の世の有り様を丹念に書いていて、一球史料とされるゆえんだが、その一方で、偉い坊さんなのに俗世間の些事にも筆を惜しまないから面白い。
 例えば、味噌、醤油、墨の製法をこまごまと記していて、これも今では貴重な資料で、研究者のバイブルになっている。聞き上手で多彩な現場から情報を仕入れ、修行の合間にあちこちに赴いて見聞を広げている。
 文学者の日記と違って、後世の人たちに読まれることを前提としていないので、かなり赤裸々な記述やボヤキ節も飛び出す。

 修行に励み、自己省察を続けた英俊。幸福時貫首多川俊映さんは「豊かな宗教的資質に恵まれ、謙虚に精進した大先輩」と話すが、「鎌倉時代の一級の唯識学僧と比べると、やや格が落ちる」。
 七十九歳で入滅した英俊は最期まで悟りには達せず、晩年の日記には詠嘆の記述も目立つ。やはり修行は厳しく、奥深い。

 この長実房英俊さんの項を読んでいると、「悟り」って何なのだろうな、と思えてなりません。こんなに努力して勉強していた人でもダメなのか、と。
 それと同時に、結局、勉強なんてすればするほど人間雑念が増えて、幸せにはなれないし、「悟り」なんて、「悟った!」と思い込めた人の勝ちなのかもしれないな、とも感じます。しかし、自分の宗教的な悩みよりも、味噌や醤油や墨の製法をこまごまと記したことのほうが、後世の歴史研究家に重宝されるなんて、俊英さんの心境はいかに……

 そして、山田風太郎さんの「戦中派日記」

 両親をなくし、親戚をたらい回しにされるなど早くからつらい体験をしたこと、一族がみな医者の家に生まれ、東京医学専門学校(現東京医科大)に学んだことも関係があるだろう。傍観者的な記述には明らかに若き医学生のクールな目が感じられる。

 日記にこんな記述がある。
「エエー小説についての話を、ということでありますが、実は私は小説なんぞというものは知りません。その本質も手法も何にも知らないのであります。私の書いているのは、あれは講談であります。(略)唯、書きたくって書いている、読みたくって読んでいる、いわば子供のいたずらみたいなものであります」(1946年2月3日)

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