琥珀色の戯言

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日本の10大新宗教 ☆☆☆☆


日本の10大新宗教 (幻冬舎新書)

日本の10大新宗教 (幻冬舎新書)

多くの日本人は新宗教をずっと脅威と好奇の眼差しで見てきた。
しかし、そもそも新宗教とはいかなる存在なのか。
「宗教」の概念が初めてできた明治以後それがいつどう成立したか案外、知られていない。
超巨大組織・創価学会に次ぐ教団はどこか、新宗教高校野球をどう利用してきたか、などの疑問に答えつつ、代表的教団の教祖誕生から死と組織分裂、社会問題化した事件と弾圧までの物語をひもときながら、日本人の精神と宗教観を浮かび上がらせた画期的な書。


天理教、大本、生長の家天照皇大神宮教と璽宇、立正佼成会霊友会創価学会世界救世教神慈秀明会と真光系教団、PL教団、真如苑、GLA(ジー・エル・エー総合本部)という10の「新宗教」に関して、宗教学者島田裕巳さんが紹介されている本。
僕は、「新興宗教(新宗教)」=「カルト教団」というようなイメージを抱いていて、とにかくなるべく近づかないようにしよう、とばかり考えていたのですが、この本を読んでみると、同じ「新宗教」でも、その教義や信者どうしのつながりかたに関して、かなりの違いがあるというのがよくわかります。その一方で、新宗教の「教祖」の多くは、あらかじめ他の新宗教で、その「運営のノウハウ」を学んできており、その「経営方針」には共通点が多いのだ、ということも。
この本は、「入門書」というスタンスなのでしょうが、この本に一度目を通すだけでも、「新宗教」に対するアレルギーは、だいぶ解消されるのではないかと思います。多くの分派・抗争を繰り返してきているのが新宗教の特徴なのですが、この本は、「宗教業界での顧客の奪い合いの歴史」というビジネス書として読むこともできるんですよね。

 よく「苦しいときの神頼み」といった言い方がされる。たしかに、人が宗教に頼るのは、悩みや苦しみを抱えているときである。だが、本当に苦しいときには、人は神頼みはしない。不況が長く続き、深刻化しているときには、豊かになれる見込みがないので、神仏に頼ったりはしない。むしろ、経済が好調で、豊かになれる見込みがあるときに、人は神仏に頼る。高度経済成長は、まさに神頼みが絶大な効力を発揮した時代だったのである。

ちなみに、日本発の「新宗教」の中には、現在東南アジアなどの発展途上国でかなり勢力を伸ばしているものがあるそうです。著者はそのことに対して、「高度成長期に日本で起こったことと同じことが、現在の途上国で起こっている」と評しています。

新宗教アレルギー」を持つ僕などは、読みながら、「なんでその教義にツッコミを入れないんだろう?」なんて感じたりもしたのですけど、ひととおり読み終えてみると、島田さんのこの「客観的かつ素っ気無い紹介」というのは、この題材を語る上では、非常に有効に機能しているのではないかと思うのです。個々についての意見や感想が極力排除されていても、こうして並べて比較することによって、それぞれの「違い」と「共通点」はよくわかりますし。
まあ、もし正面きって特定の新宗教の批判などしようものなら、島田さん自身も危険でしょうし、この本そのものも出版が難しいでしょうし。

新宗教」に対して、盲目的に「怖い!」と思うだけの状態というのは、実は、その世界に実際に触れたときに「なんだ、意外と怖くないじゃん」という安心感を抱いて引き寄せられてしまいやすくなる可能性を秘めているのではないか、と僕は感じます。「知る」というのは、本当に大きな武器だと思うのです。「世界に神はたった1人!」という宗教に、ひとつだけしか触れたことがない人と、「同じことを言っている宗教が、世の中に何百、何千とある」ということを知っている人とでは、どちらがよりハマりやすいか……

この本には、島田さんが若い頃、天理教の総本山、天理市の教会本部を訪れたときのことが書かれているのですけど、

長い回廊を歩いてみると、床や壁などを掃除している信者の姿を見かける。彼らは、天理市内で3ヶ月にわたって行われる「修養科」の研修生で、「ひのきしん」と呼ばれる奉仕活動に従事しているところである。彼らのひのきしんによって、回廊はぴかぴかに磨き上げられ、塵一つ落ちていない。たとえ白足袋をはいて回廊を一周しても、足袋の裏はまったくよごれることがない。

こういう光景を実際に目にしたとき、やっぱり人って、その「清浄さ」に心打たれると思うんですよ。そして、これが「新宗教による『洗脳』だから悪」と言えるのかどうか……神を信じられない僕でも、「神を信じている人」の姿に圧倒されることはありますし……

もっとも、宗教=悪、というような考えというのは、それはそれで世界的には「異常」らしいんですけどね。
ある本で読んだのですが、イスラム圏などで、信仰している宗教を尋ねられたとき、「無宗教」と日本人が言うと、よっぽどの変わり者かアナーキストだと思われて、かなり警戒されるそうです。「イスラム圏で『仏教徒』などと言うと嫌われるのでは……」と心配する日本人が多いけれども、彼らにとっては、それがどんな宗教であれ、「信じている神(まあ、仏教は「神」を信じているわけじゃないかもしれませんけど)がいる人」のほうが「あたりまえの人間」なので、彼らにとっては、「仏教徒」のほうが、よほど「安心できる答え」なのです。

とりあえず、「新宗教(新興宗教)は怖い!」と目や耳を塞いでしまっている人は、一度はこの本に目を通してみることをオススメします。この本によると、創価学会の信者数は250万人、真如苑が90万人だそうですから、日常生活を送っていく上で「全くかかわらないというのも難しい」でしょうしね。

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