琥珀色の戯言

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ミノタウロス ☆☆☆☆


ミノタウロス

ミノタウロス

出版社/著者からの内容紹介
革命。破壊。文学。
「圧倒的筆力、などというありきたりな賛辞は当たらない。これを現代の日本人が著したという事実が、すでに事件だ」福井晴敏
20世紀初頭、ロシア。人にも獣にもなりきれないミノタウロスの子らが、凍える時代を疾走する。文学のルネッサンスを告げる著者渾身の大河小説。

いくらなんでも、クリスマスイブに、この『ミノタウロス』は無いだろ……と自分でも思いつつ。
本の雑誌』の2007年年間ベスト10で1位に輝くなど、各誌で大絶賛のこの『ミノタウロス』なのですけど、読み終えての僕の印象は、「とにかく読み疲れた……」というものでした。正直、それなりに本を読みなれている人や「物語を物語として楽しめる人」ではないと、読むのはちょっとキツイ本なのではないかと思います。書かれている内容はかなり凄惨ですし、この小説のすごいところは、その「凄惨な行為」に関して、読者が「それじゃあしょうがないな」と納得できるような理由付けをしようとしていないところなんですよね。
「日常では絶対に体験できない世界に行く」ことを読書の楽しみのひとつと考えている人には薦められる作品だとは思いますが、単に本を読んで「感動したい」「泣きたい」という読者は、避けたほうが無難です。そういう読者にとっては、「うわー文章は難解だし、書いてあることも気持ち悪いし、何これ?」で終わってしまう可能性大なので。
でも、この小説、僕は正直あんまり好きじゃないんですよね。何というか、「世の中にはこういう人もいるだろうし、こういう世界もあるんだろうけど、知ってどうなるってものでもないだろう」という感じで。「不毛さ」を描こうとして、確かにその「不毛さ」は切実に伝わってくるんだけれども、「不毛さ」を学んだからといって、あんまり僕の人生にはプラスにならないよな、と。

僕はこの作品を読みながら、ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』を思い出してしまいました。
暗黒面の『カラマーゾフ』+『さくら』(西加奈子)みたいな話なんですけど、別に「大河小説」っていうほどのスケールの大きさはないんですけどね。
この本の高い評価には、「日本人がこの時代のロシアの話をこんなにクールに描くなんて!」という驚きが反映されていると思うのですが、読者からすれば、そういう「実作者や書評家が感じる『凄さ』」というのと、読んで楽しめるかというのは別問題。『カラマーゾフの兄弟』の新訳を読んで面白いと感じられる人にはオススメできますが、あまり読書慣れしていない人は、書店で少し読んでみてから購入したほうが無難なのではないかと思います。
「非日常体験」という意味では、これほど優れた「小説」は稀有なものなんですけど。

屑ばっかだな、とウルリヒは言った。
じゃ何がいいんだ。
西部劇小説、とウルリヒは答えた。早撃ちのガンマンが出て来るやつ。
ウルリヒは、半分くらい、正しかった。キエフ時代に読み飛ばしたような小説は、今や、どうしようもないくらいぴんと来ない。ウルリヒが雑にかい摘んで話してくれたような、武装集団が列車を襲う話や、お礼参りに来た三人のごろつきを保安官が一人で皆殺しにする話や、潰れた政府の軍資金を悪党どもが奪い合う話のほうが、恐ろしいことによほど本当らしく聞こえた。だろ、と、機銃をばらしてから組み直していたウルリヒは一人で頷いた。不動産屋の女房の贅沢三昧とか株屋の破産なんざ絵空事だ、大真面目に読む馬鹿はいねえ。

本当は、『ミノタウロス』を「絵空事のピカレスク小説」として愉しむことができる僕たちのほうが、実は、「特殊な状況」にあるのかもしれませんね。

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