琥珀色の戯言

【読書感想】【映画感想】のブログです。2016年8月より、『はてなブログ』に移行しました。

ゲームと現実世界との「つながり」について

ゲームと世界とゲーム機とメディアと呪われし姫君 - また君か。@d.hatena

 もうだいぶ昔の話になってしまうのですが、『ドラゴンクエスト3』が発売当時売り切れ続出で買えなかったとき、『ドラクエ強盗』っていましたよね。「ドラクエを買ってスキップしながら帰っていた学生からゲームをカツアゲ」というような話だったと思います。
 そのニュースを聞いて僕は「で、その『ドラクエ強盗』は、家に帰って待望の『ドラクエ』で遊べて、はたして楽しかったのだろうか?」と想像してしまいました。
 犯罪までやってしまうほど遊びたかったゲームではあるのだろうけど、彼(あるいは彼女)は、ゲーム内で「伝説の勇者」として世界を救っている自分と現実とのギャップに、身悶えることはなかったのでしょうか?
「いや、ゲームはゲームだから」って、割り切って楽しく遊べたのかなあ。

 今から20年くらい前の話、『テクノポリス』というマイコンゲーム雑誌で、ひとつの論争が行われました。
 それは、光栄(現KOEI)の『提督の決断』という太平洋戦争を題材にしたゲームに対する論争だったのですが、そこでは、

 あれだけ多くの犠牲者が出た「戦争」を「ゲーム」として愉しむのは不謹慎なのではないのか?
 ゲームの中でプレイヤーが「戦争指導者」として、ひとりひとりが「命」を持っているはずの兵士たちを、いかにも「単なる数字」のように扱って、「ああ、300人の犠牲なら上出来だな」みたいに感じるようになるのは「危険」なのではないのか?」

 という意見に対して、「その通り!」という人と「ゲームはゲームだ」「考えすぎ」「ゲームがガス抜きになるはず」などの反対派がかなり激しく争っていました。なかには、「戦争ゲームをプレイすることによって、日本の愚かな行為を実感できるのだから、むしろ『提督の決断』は『反戦ゲーム』なのだ!」と言う人まで出てきて、さすがにそれはどうかな、と僕は思ったのですけど。

 ゲームと現実世界との「つながり」について考えるたびに、僕は、この論争のことを思い出します。

 「ゲーム脳」っていうのは、ゲームを悪者にしたい、あるいはゲームが理解できないメディアの妄想だし、この話に出てくるように「ゲーム10本、マンガ100冊が殺人の元凶!」みたいなのは「本気でそう思っているなら、お前のほうが『メディア脳』じゃないのか?」という感じなのですが(いや、そのくらいで『ゲームが原因』だというのなら、僕はもうクラウザー様になってますよ本当に。『バイオハザード』が、どのくらい売れたか調べればすぐわかるはずなのに……

 ただ、その一方で、「全くゲームに責任が無いのか?」という点に関しては、「なんともいえない」のではないかという気もするのです。僕自身は「ゲームという娯楽が与えてくれるメリットのほうが大きい」と判断していますが、ある種のゲームが、ある種の人の攻撃性を増幅してしまうようなリスクは「無いとは言い切れない」のではないかと。
 堀井雄二さんは、ドラゴンクエストでの「死の表現」について、

ドラクエでは、モンスターを『やっつけた』って言葉に拘ったんです。『殺す』という表現は使いたくなかった。」

 と仰っています。
 少なくとも堀井さん自身は、「ゲームというのは、プレイヤーになんらかの『影響』を与える可能性がある」と考えておられるようです。
 もちろんそれは「悪い影響」だけではありませんが。

 まあ、僕は基本的にゲームがいちばん「素晴らしいところ」は「面白い」ということに尽きると思ってはいるのです。
 そうすると、「じゃあ『面白い』って、どういうこと?」という疑問も湧いてはくるのですが、とりあえず、時間を忘れるくらい夢中になれるというものって、世の中にはそんなにたくさんはありませんからね。

 「所詮ゲームだから」って言えるようなゲームは「所詮面白くない」のですが、「現実」への影響を不安視するあまり、規制が厳しくなったり、教条的なゲームばかりになっても面白くない。

 「リアルな戦場体験ができるゲーム」は、たぶん大部分の人にとって、「ゲームだからこそ体験できる娯楽」なのでしょう。
 それとも、「自分さえ死ななければ、みんなけっこう本物の戦争も好き」なの?

 個人的には「なんでお前らゲームを叩く前にアルコールを叩かないんだ!」って思うんですけどね。パチンコとかもそうだけど、結局のところ、あまりにも社会と密接に結びついちゃうと、みんな「みてみぬフリ」をしちゃうんだよなあ。「ゲーム脳」を撲滅するための方法は、キチンと研究したデータを出すことよりも、ゲームメーカーがもっとテレビや雑誌や新聞に広告を出すことだと感じられるのは、哀しい現実ではありますね。まあ、ゲームという産業も、20年前よりははるかに「強く」なってはいるので、僕たちはもう「ゲーム業界」を盲信しないほうがいいような気もするんですけど。

参考リンク:ゲームにおける「死の表現」