琥珀色の戯言

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凶暴両親 ☆☆☆☆


凶暴両親 (ソフトバンク新書)

凶暴両親 (ソフトバンク新書)

内容紹介
ぶち切れ父さんクレーマー母さんの実態は!?
今や家庭も学校も戦場なのか? 児童虐待育児放棄モンスターペアレントなの問題は頻繁に語られる。果たして、凶暴化した親の姿はメディアが描き出した虚像なのか? 学校や行政の対応も含め、その実態を描き出す。

昨今のメディアでは「モンスターペアレント問題」がしきりに採り上げられており、『モンスターペアレント』というドラマまで始まってしまったのです。でも、確かに「本当に親は凶暴化しているのか?」と言われると、僕はそれを実際に体験しているわけじゃなくて、「メディアを通じてそういう話を聞いている」だけなんですよね。
そういうところから、きちんと「検証」しようとしているこの本は、とても誠実だと思います。
モンスターペアレントの恐怖」を過剰に喧伝することもなく、「教育現場叩き」を主眼としているわけでもなく。

ただ、この本を読んでいて少し疑問に感じたところもありました。

 ある日、B校長のもとに、5年生の女子児童の母親がやってきた。何でも、お願いしたいことがあるという。
「最近、塾のクラス分けテストが行われたが、希望のクラスに入れなかった。ウチの子に基礎学力が定着していないからではないか? これでは中学受験に失敗してしまう。塾の上位クラスに入れるように学校で対策を講じてほしい」
 小学校は塾での成績を上げるための予備校ではない。当然、B校長はやんわりと断ったのだが、どうしても納得しない。しかたなく、担任を交えて協議し、その児童のために課題を用意することを提案したが、なぜかそれもNGだった。
「ウチの子がえこひいきされているみたいじゃないですか」
 結局、クラス全員に毎日、国語と算数の課題を出すことにした。
「すると、今度は別の保護者から『最近、宿題が多過ぎはしないか?』と、至極真っ当なクレームが……」
 あちらを立てれば、こちらが立たず。
 結局、希望者のみを対象に受験直前の6年生まで課題を出し続けることにしたのだが「最終的には5〜6人しか受けていなかったんじゃないですか。課題を頼んだお母さんからは、毎日、問題に対するダメ出しメールが送られてきたようですけど」。

この本のあとがきで、著者は「名前は出せないけれど、たくさんの先生や保護者に取材した」と書かれていますし、文献的な資料もかなり調べておられるようです。
でも、この本の中に出てくる「顔が見える発言者」には、「教育研究者」とか「校長」のような、「学校の管理者」が中心で、現場で「モンスターペアレント」と接しなければならない「ふつうの先生」がほとんどいないように思われました。
↑の引用部にしても、たぶん、ただでさえ多忙なところに課題を作っていたにもかかわらず、毎日メールでダメだしをされていた担任の先生は、ものすごく疲弊していたのではないでしょうか。校長にとっては、「あちらを立てれば、こちらが立たず」というような教訓めいた話で済んだのかもしれませんが。

 保護者規範意識や責任感の欠如の代表例として、しばしば登場するのが、給食費の未納問題だ。
 2007年1月に文科省が発表した「学校給食費の徴収状況に関する調査」によると、全国の国公私立小中学校で給食費を滞納している児童・生徒の数は、実は全体の1%程度にとどまっている。

あるいは、この「給食費未納問題」などは、地域による差もかなりあるようなのですが、「実情に比べて、世間はそんな親ばっかりだというイメージを植え付けられている」とも思われます。

僕が現在、病院という職場で体験していること(いわゆる「モンスターペイシェント問題」ですね)に関しても、「対応に苦慮する人」というのは、けっして多くはありません。全体の1%もいないでしょう。
この本で著者が指摘しているように「モンスターは、割合としてはけっして多くない」のです。
ただし、「モンスターの数が次第に増え、その要求がエスカレートしてきている」という実感は、僕が知るかぎり、大部分の現場の人間が抱えているものです。そしてそのことは、現場にとってはものすごくプレッシャーになっているのです。
「絶対数が少ないんだから、たいした問題じゃない」とは思えません。

この本のなかでは、学校の先生たちのこんな「現状」が紹介されています。

 それでなくても学校週休二日制が導入され、一日の授業時間数が増えたことなどにより、現在、学校の先生は多忙になっている。2006年、文科省がその勤務実態を調査したところ「1日の労働時間は11時間。休憩は9分」という結果が出た。
 もちろん保護者対応も業務の一環ではあるが、10分足らずしかブレイクタイムのない過酷な環境の中「給食を自宅まで持ってこい」だの「塾の補習をしろ」だのとドヤされたのでは、たまったものではない。2005年12月、公立小中高校で、精神性疾患によって休職した先生が10年前の約3倍、過去最高の3559人にのぼるという調査結果(文科省調べ)が発表されたもの、うなずけるお話だ。

たとえ、「モンスター」の絶対的な数はまだまだ少数であっても、彼らの存在が、現場で矢面に立つ人たちを打ちのめし、萎縮させ、モチベーションを奪っているというのは間違いありません。
医療現場でも、「福島県立大野病院産科医逮捕事件」や「杉並区の割り箸事故」のような事例が出てくるたびに、そして、不眠不休で働いている最中に「お前らはちゃんと診てるのか?」と厭味を投げつけられるたびに、僕たちのヒットポイントは下がりっぱなしなのです。
誰かキアリーかけてくれ。

著者は、「親はもっと学校を知るべきだ」と読者、そして世間の親たちに薦めており、僕もそれを読みながら、「現場」を知らずにメディアで伝えられるイメージだけで「非難」しているケースって多いよなあ、と痛感させられましたし、自分の子供の学校行事には、なるべく参加するようにしようと思いました。
「教師バッシング」「公務員バッシング」をする人はたくさんいるけれど、その中で、彼らの職場での実際の仕事ぶりを知っている人が、何パーセントいるのだろう?

すごく冷静で誠実な本ですし、「モンスターペアレント問題の全体像」みたいなものを掴むには、役立つ本だと思います。
ただし、この本だけ読んで「わかったような気分になる」のは、問題がありそうですので(やっぱり、ちょっと楽観的すぎるんじゃないかという気がしますし)、他の関連書籍と併せて読むことをオススメしておきます。
この本、「良書」ですよ本当に。
でも、だからこそ、「偉い人の視点からの『評論』だけじゃなくて、現場の悲鳴にも耳を傾けてくれ!」とか言いたくなるんだよなあ。


参考リンク(1):『凶暴両親』は、それこそ、もっと「凶暴」に書くべき本だったかもしれない。(ある編集者の気になるノート)
↑の感想はとても興味深く、頷けるところが多かったです。

参考リンク(2):「学校保護者関係研究会」で紹介された、驚愕の「保護者からの苦情例」 - 活字中毒R。

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