琥珀色の戯言

【読書感想】と【映画感想】のブログです。

旅館再生 ☆☆☆☆


旅館再生  ――老舗復活にかける人々の物語 (角川oneテーマ21)

旅館再生 ――老舗復活にかける人々の物語 (角川oneテーマ21)

内容紹介
国内旅館の99%が赤字といわれる。過渡期を迎えた旅館業界にも再編の波が押し寄せ、外資も参入を始めた。長年国内旅館の取材を続けてきた著者が、地方旅館の現状と再生の成功例を裏話も交え赤裸々に綴る渾身のルポ。

 旅番組や雑誌などで「すばらしい旅館」が多数紹介されている一方で、現実に「本当に満足できる旅館体験」をしたことがある人は、けっして多くはないと思います。

 筆者も、以前、出版社の編集者や企業の広報関係者らとグループで訪れた神奈川県の箱根・湯本の旅館を思い出す。
 各人が仕事を終え、夕方6時頃の小田急ロマンスカーに乗って終点、湯本に到着すると夜8時過ぎ。歓迎されるかと思いきや、到着が遅いと迷惑そうに個室の広間に通され、膳を囲んですぐ食事が始められる。カラオケ装置があるため、宴を盛り上げようと宿側に頼むと1時間2万円と言われ諦める。大浴場は夜12時までの制限がある。
 翌朝、「お早うございます」の大声と共に客室のドアが開いたかと思うと、屈強なブラジル人男性が布団を上げにきた。急いで食事を済ませ、チェックアウト前にもう一度入浴しようとしたが、既に朝の9時から清掃中だった。仕方なくロビーでコーヒーを飲んでいると駅まで出る無料の定期巡回バスがあるとせっつかれ、出されたコーヒーも味わえずにバスに乗り込んだ。
 宿のサービスで提供するのは唯一「温泉」のみという、極端に合理化し、サービスの心を失った人気温泉街の中型旅館の姿がそこにあった。
 つい10年程前まで、こうした日本旅館は、決して珍しくなかった。

 これを読みながら、僕は「これはひどいな……でも、温泉旅館なんて『こんなもの』なんじゃないの? ここの宿泊代がいくらかにもよるけど……」と感じました。
 いやほんと、僕のイメージする旅館というのは、本当に「制約」が多い場所なんですよね。
 「夕食は何時からになさいます?」と問われて、「じゃあ8時(20時)に……」と言うと、仲居さんが「あまり遅くなると混みあいますので……」などと、さりげなく自分たちの都合をアピールしてくるような。
 しかしながら、この本を読んでみると、けっしてそんな旅館ばかりじゃない、ということもよくわかります。残念ながら「そこに泊まるのにいくらかかるか」はほとんど記載されていないんですけど。
 でも、雑誌などで採りあげられている「(メディア主導の)有名旅館」ではなく、「旅館通が選ぶ良質の宿」のガイドとしても、なかなか役に立つ本です。

 この本に、こんな記述があります。

 バブル経済崩壊時まで、多くの日本旅館は、客の声を無視して、サービス様式を固定化したまま、収益目的のため「規模」のみを拡大していった。大手旅行会社がその一端を担いだことは言うまでもない。旅行会社は、宣伝力と営業力で都会の人々を集客し、それを提携した日本旅館に宿泊させるため、各旅館に客室を一定数提供させた。
 ところが集客できないと宿泊当日寸前になってその部屋を宿側に戻してくる。
 旅館の弱味は、自力で集客する営業力やマーケティング力を持たないことだ。それに目をつけた日本の大手旅行会社が、その代行を行い、代わりに宿側から15%前後の販売コミッションを徴収した。
 大手旅行会社は、提携する日本旅館に客の予約が入らないと、露天風呂付き個室など旅行者が求めるトレンドを実現するよう宿側に要請する。リニューアルのための資金も貸し付け、コンサルティングも行う。
 こうしたことを繰り返して、旅館側に再投資させ、様々な宿泊パック類を通して客を送り込む。その料金から販売手数料を取るのである。
 こうした大手旅行会社の傘下に入ることを嫌う旅館は、自力で顧客を開拓せざるを得なくなる。
 こうして、日本旅館の多くは、ゲストの声に耳を傾けることなく、バブル経済の崩壊時まで、大手旅行会社の販売力にみに頼り、旅行会社に求められるまま、投資に次ぐ投資を重ねていたのである。
 このように、極めて多くの日本旅館が、バブル崩壊直後まで、現実に訪れる旅行者の姿を見ず、いわば旅行会社の営業担当者の背中を見てサービスしていたのである。
 気がつくと、客はいないのに、旅行会社に求められるままに、施設や客室の拡大で投資に次ぐ投資を行い、金融機関からの借金は雪ダルマ式に膨らんだ。それを解決するため、旅行会社系のコンサルタントが派遣され、旅行会社の支援の下、経営再建が図られる。この結果、企業経営者としての最後の砦となる経営の自主独立性までも失われることになった。
 やがて、バブル経済が崩壊し、団体需要が一気に減ると、廃墟のように巨大な施設と返済出来ぬ程の借金だけが残ってしまった。いつのまにか日本旅館は、ホスピタリティとサービスの館ではなく、利益を生み出すだけの「巨大な箱」と化していたのである。
 それが日本旅館の偽らざる「現実」である。

 もう15年前くらいの話ですが、部活の大会に出場するために遠征した際、割り当てられた旅館は本当にひどかった。
 まあ、こちらも学生で値段も格安ではあったのですが、部屋には虫が跳梁跋扈し、まだ春先で寒いのに薄い布団1枚で、一部屋に8人くらいの雑魚寝、という状態でったのですが、そこの旅館の主が、真っ昼間から酔っ払って、僕の後輩にこんなことを愚痴っていたのです。
 「こんな宿で申し訳ないとは思うけど、旅行会社へのマージンを考えると、まともなサービスなんてできねえんだよ。これでもギリギリなんだ」
 今だったら、「もう他所へ行く!」と言うところなのですが、そのときは、なんだかとてもやりきれない気分になったものです。
 客が来ない宿は、旅行会社に頼るほかなく、旅行会社もそれを知っているから高いマージンを要求する……
  あの旅館は、いまでも営業しているのだろうか……

 「自分で情報を得て、選択できる可能性が高まった」という意味では、インターネットの普及というのは、本当に「革命的なこと」なのだと思います。
 ただ、今後さらに競争が激しくなることは間違いないでしょう。
 そういえば、先日北海道を旅行した際、久々にビジネスホテル以外の旅館や観光ホテルに泊まったのですけど、現地のホテルや旅館の接客が軒並み良くなったような印象を受けました(北海道の土地柄なのかもしれませんが)。
 飛行機の遅延で夕食バイキングの時間に間に合わなかったホテルでは、部屋までバイキングの食事をたくさん持ってきてくれましたし、こちらの要望に対してもテキパキと対応してくれました。そんなに「高級」でもなかったのに。
 お客にとっては、少しずつ「良い時代」になっているのかもしれませんね。

 この本に関しては、著者の「星野リゾート」への傾倒っぷりがちょっと胡散臭く感じられるところもあるのですが、

 顧客満足を高め、社に多大な利益を与える提案をした社員には、社員の年俸が社長より高くなる破格のインセンティブも出す。
 この社長賞を獲得したのが、取締役調理ディレクターの梶川俊一だ。ソムリエ出身で、全国ソムリエコンクール優勝の経験も持つ梶川は、ハウステンボスで4年半勤めた後、北海道・洞爺湖の「ウィンザーホテル洞爺」に料理部の責任者として勤務した経験を持つ。
 授賞理由はブライダルの食事における「当日選択」式メニューの開発で、婚礼の参加者が当日の体調に合わせて肉か魚かなど好みの料理を選んで食べられるというサービスである。従来はあらかじめメニューが決められていたため、前日肉を食べた人も婚礼当日肉しかなければ肉を食べねばならなかった。また若者は肉を好むが、年輩者は魚の方が有り難い。こおうした選択が当日出来ると料理を残すことが少なくなる。当然利用者にも好評で、結果としてゴミの量も大幅に減った。
 この新サービスがもたらす5年分の利益を現在価値に直したものの1割に相当する社長賞を梶川は手にした。

 こういう話を読むと、「星野リゾート」の現在のバイタリティに圧倒されてしまいます。
 僕はなんとなく、「結婚式というのは、みんな同じ料理を食べることにも意味があるんじゃないか」などと考えてしまうのですが、たしかにこのほうが「合理的」ではあるでしょう。
 こんな会社と外資が手を組んで「侵略」してくるのですから、生半可な「改革」では、従来の日本旅館は生き残れないはずです。

 「旅館」に限らず、「サービス業の現在」について知ることができる、なかなか興味深い本でした。
 この著者には、「本音ですすめる旅館ガイド」をぜひ書いていただきたいものです。

 

アクセスカウンター