琥珀色の戯言

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2010年本屋大賞は『天地明察』


本屋大賞公式サイト
↑に全作品のランキングが掲載されています。

大賞 『天地明察』 著/冲方丁 (角川書店) 384.5点
2位 『神様のカルテ』 著/夏川草介 (小学館) 294点
3位 『横道世之介』 著/吉田修一 (毎日新聞社) 270点
4位 『神去なあなあ日常』 著/三浦しをん (徳間書店) 256点
5位 『猫を抱いて象と泳ぐ』 著/小川洋子 (文藝春秋) 237点

点数をみると『天地明察』の圧勝で、2位以下は団子状態だったようです。

ちなみに、注目の『1Q84』は……

9位 『新参者』著/東野圭吾 (講談社) 130.5点
10位 『1Q84』著/村上春樹 (新潮社) 91.5点

なんと大きく引き離された最下位、だったんですね。ブービーが『新参者』。
すでに売れまくっている村上春樹さんや東野圭吾さんの作品は『本屋大賞』にはふさわしくない、という判断がなされたのだろうし、『天地明察』は、多くの人にとって、読みやすくて感情移入でき、元気が出る作品なので、『本屋大賞』にとっても、この賞を参考にしてこれから本を読もうという人たちにとっても、良い結果になったのではないかと思います。
勝手にノミネートされて、勝手に「ふさわしくない」と判断されてこんな順位になってしまった村上さんや東野さんにとっては、不幸だとしか言いようがありません。
ノミネート枠も勿体なかったかも。
僕みたいに、この賞にノミネートされた作品は、とりあえず読んでみようという人も少なくないだろうから。

「みんなが知らない、面白い本を、書店側から『発信』しよう!」という原点に戻ってきたという意味では、今回の本屋大賞は、とても意義深いものだと思います。
個人的には、『神様のカルテ』の2位には「モリミー根強い人気…というか、こちらが先に受賞したら複雑な気分だろうな…」と感じたり、基本的には「短めの作品」のほうが強いよな(=審査員も、全員が全作品をちゃんと読んでいるわけではないのかな……と考えてしまいます。もっとも、「短めの作品のほうが、読者が手にとってくれやすいのではないか」というところまで意識しているのかもしれませんが。



天地明察』の感想(再掲)

天地明察

天地明察

内容(「BOOK」データベースより)
江戸時代、前代未聞のベンチャー事業に生涯を賭けた男がいた。ミッションは「日本独自の暦」を作ること―。碁打ちにして数学者・渋川春海の二十年にわたる奮闘・挫折・喜び、そして恋!早くも読書界沸騰!俊英にして鬼才がおくる新潮流歴史ロマン。

「2010年ひとり本屋大賞」8作品目。
この『天地明察』、読んでみるまでは、「暦をつくる話なんて、読んで面白いのかな?」と半信半疑だったのですが、読みはじめると見事にハマってしまいました。
「武の時代」だからこそ、そこで「学問」の魅力にとりつかれ、「未知の世界を明らかにすること」に生涯をかけた人たちの姿は、いっそう際立つように思われます。
主人公・渋川春海という人についての僕の知識は、「日本史の教科書で、名前くらいは見たことがあるな」という程度でした。
歴史の教科書のなかでは、将軍や改革を行った老中、あるいは当時の人気作家などに比べても、ごくごくわずかな存在。
しかしながら、冲方丁さんは、そんな「碁打ちにして数学者、そして天文学者」の魅力を、この作品で十分に引き出し、まさに「合戦も剣客もない、知の追究のエンターテインメント」として描いてみせました。
正直、「物語」としてあまりに良くできていて、前半の絵馬で問題を出し合う「数学勝負」や渋川春海関孝和の交流、そして、「えん」との関係は、どこまで「史実」なんだろう?という疑問もあったんですけどね。
もちろん、この時代の出来事が完璧に記録されていることはないでしょうが、どこまでが史実に基づくものなのか、僕はけっこう気になりました。
登場人物の多くが、実在しているだけになおさら。
もっとも、これは「不満」じゃなくて、その境界が知りたくなるほどの「フィクション」を書いた冲方丁さんへの驚きでもあるのです。

この作品で、僕がいちばん好きだったのは、若き日の春海が、幕府の命で、二人の天体観測のベテランとともに、日本各地の測量に出かける「北極出地」の章でした。
「知る」といことにとりつかれた二人の大先輩の姿と悠久の大自然……ああ、こんな旅ができたら、どんなに楽しいだろうなあ、と、読みながら僕も開放感にひたることができたんですよね。

あと、もうひとつこの作品を読んで感心したのは、「暦」というものの力でした。
僕にとって、いや、たぶん、大部分の現代人にとっては「カレンダー」というのは「そこにあるのが当たり前のもの」で、「4年に1回、調整のために2月29日がある」というくらいの興味しか、暦に対する興味はないと思います。歴史の教科書を読みながら、僕は、「なんでこんなに暗記することばっかりなのに、『暦をつくっただけの人』の名前まで覚えなきゃいけないんだ……」と内心ボヤいていたような記憶もあります。

 だが本当に恐ろしいのは最後の経済統制の側面だった。
 頒暦(はんれき)というものが幕府主導で全国に販売されたとする。試しに晴海は、頒暦を一部四分として計算してみた。米の売買に倣って、差料などの割合を勘案した。そうして単純計算で、全国の日本人が頒暦を幕府から買ったときの利益を算出してみたのである。
 もちろん、全国の大名が幕府に報告する”人口”を参考にしての、単純計算しかできない。
 どれほど精密に算出しても誤差は出るだろう。それを承知で、色々な計算方法でやってみた。
 目を剥いて言葉を失うほどの、莫大な利益となった。
 もちろん大権現様こと家康がかき集めた六百万両とまではいかないが、最低でも数十万両にはなる。そしてその利益が、確実に、年の始まりごとに入ってくるのである。
 春海はこれを色々な方法で計算し直している。頒暦は複数の段階を経て各地に届けられるため、各地で料率ごとの利益が差し引かれる。全ての利益が幕府のものになるとは限らないのである。だが、計算し直すほどに、とんでもない額が出現した。
 授時暦で用いられている算術には、複数の観測値を平均する様々な術理がある。これを、そのまま頒暦による利益算定に応用してみた。
 その額、単純な石高に換算して、おおよそ年に七十万石。
 もちろん、条件によってこの値は大幅に増減する。だが春海は己が出した値に驚愕した。
 果たして今まで、誰も頒暦というものの利益をまともに計算した者はいなかったのだろうか。どの大名も、この金鉱脈のような商品を専売特許とすることを考えなかったのだろうか。いや、全国の神宮などは薄々それが分かっているから独自の頒暦販売に固執するのだ。そしてその利益を幕府が独占する。なんとも恐ろしい思いをさせられる数値だった。

「改暦」の経済的な側面なんて、僕はいままで、考えたこともありませんでした。
生活の不便を改善するための事業として「暦」というのはつくられるものだと思っていたのですが、この『天地明察』を読むと、「改暦」が「経済的な効果をもたらす大事業」であったということがよくわかります。だからこそ、幕府もこれを援助し、すすめようとしたのか……

「いま、あるいはこれから何かを成そうとしている人」には、勇気を与えてくれる作品として、オススメできると思います。
「面白くて読後感が爽やかな、説教くさくない歴史小説」です。


そうそう、この本を読んで気に入った方には、こちらの新書もオススメします。面白いです(堺雅人さん主演で映画化されるらしいですよ)。

武士の家計簿 ―「加賀藩御算用者」の幕末維新 (新潮新書)

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