琥珀色の戯言

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「悪」と戦う ☆☆☆☆

「悪」と戦う

「悪」と戦う

少年は旅立った。サヨウナラ、「世界」――衝撃のデビュー作『さようなら、ギャングたち』から29年。著者自身「いまの自分には、これ以上の小説は書けない」と語った傑作がついに刊行!

この作品の「言葉」が持つドライブ感に身をゆだねるのは、とても心地よい体験でした。
その一方で、書いてある内容は、「悪」とは何か、という根源的な問いというよりは、いわゆる「ぼくときみとの関係が世界のすべてを動かす」という「セカイ系」っぽいというか、「セカイ系」そのもの。
読みながら、村上春樹の『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』とか、舞城王太郎さんの作品を思い出してしまいました。
もっとも、高橋源一郎さんのことですから、そんなことは百も承知で、この「さまざまな言葉の世界をたゆたう『ランちゃん』の物語」を書いたのだと思いますし、僕も小さかったころは、何度も自分の想像のなかで、「悪」から「世界」を救っていたなあ、なんてことを久しぶりに思い出しました。

 僕は両手で顔をおおったまま、マホさんにいった。なにかをしゃべらないと、泣き出してしまうような気がしたから。
「もしかしたら」ぼくは、小さい声で呟いた。「世界って、『悪』が好きなのかな」
「ユーは」マホさんは、ぼくの頭を撫でながら、ぼくの耳もとで囁いた。「なぜ、そう思うの?」
「なんとなく。マホさんは、どう思う?」
「わからないわ。世界がなにを考えているか、なんて」
「でも、世界は、ぼくたちを試そうとはするんだよね」
「イエス」
「ぼくは、これを続けなきゃいけないんだよね」
「イエス」
「意味もさっぱりわからないのに」
「イエス」

僕はこの作品を読んで、ありきたりなセカイ系だな、なんて思いつつも、すごく惹きつけられたのです。
高橋源一郎さん自身も、失語症で苦しんだ時期があったそうなのですが、この小説には、「言葉」「顔」「自分の居場所」を失った人間たちの「失敗を繰り返しながら、再生していく姿」が描かれています。
僕は自分の息子のことを考えずにはいられませんでした。

僕は、きみの「言葉」に、本当に耳を傾けているのだろうか?
きみの「世界」を、理解しようとしているのだろうか?

もちろん、この「戦い」は、基本的に孤独なものなのでしょう。
大人には、見えない世界の出来事なのかもしれません。

 ねえ、もしかしたら、「悪」の方が正しいんじゃないかって、ちょっとだけ、ぼくには思えたよ。

「言葉の力」をあらためて思い知らされ、圧倒される、そんな作品です。
こういう「むき出しの物語」を書ける源一郎さんは、やっぱり凄い。


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