琥珀色の戯言

【読書感想】と【映画感想】のブログです。

ウェブで学ぶ ――オープンエデュケーションと知の革命 ☆☆☆☆☆


ウェブで学ぶ ――オープンエデュケーションと知の革命 (ちくま新書)

ウェブで学ぶ ――オープンエデュケーションと知の革命 (ちくま新書)

第1章 ウェブ進化が人生を増幅する(人生を切り開いていくための強力な道具「知の宝庫」たるウェブ ほか)


第2章 オープンエデュケーションの現在(ウェブによって生まれ変わったオープンエデュケーションオープン・テクノロジー、オープン・コンテンツ、オープン・ナレッジ ほか)


第3章 進化と発展の原動力(「逆転の発想」から始まったMITオープンコースウェア「互助精神」「フロンティア精神」「いたずら心」「宗教的信念」 ほか)


第4章 学びと教えを分解する(オープンコースウェアは誰がどのように使っているかアメリカの大学と「閉じ込めのシステム」 ほか)


第5章 オープンエデュケーションと日本人、そして未来へ(「残りのすべての人々のため」の教育 英語圏と非英語圏で違いはあるか ほか)


[要旨]職をめぐって世界中の人々と競争しなければならない状況がすぐそこまで来ている。一方、知識の陳腐化も激しくなるばかりだ。そんな時代に、人生を切り開いていくための強力な道具は「ウェブ」である。今や、グローバルウェブは「知の宝庫」となり、それを利用した新しい学びである「オープンエデュケーション」が、アメリカ発で全世界に拡がりつつある。本書では、革命的ともいえるそのムーブメントの核心をとらえ、学びの進化とウェブの可能性について、専門家二人が徹底的に考え抜く。

「僕はいままで、『ウェブ』のほんの一部だけを見て、『ウェブってこういうもの』だと思い込んでいたんだなあ」
この新書を読んで、そう考えずにはいられませんでした。
僕のネット生活は、ニュースやamazon、医療系の情報サイト、twitter、そして、この自分のブログが中心で、内心「ネットっていうのは、言葉に注意しないとすぐに『炎上』するし、楽しいけどめんどくさいところ」だったんですよね。
でも、そういう「買い物や個人的なコミュニケーション、配信されるニュースを読む」というのは、あくまでもネットの一面でしかないのです。

著者のひとり、飯吉さんは、このように仰っておられます。

 まず始めに、「一人の個にとって、オープンエデュケーションとは何なのか?」と考えてみると、これは簡単に言えば、「自分のおかれた環境で、利用できるものは何でも使って学ぶこと」だと思います。その意味では、インターネット前時代からある図書館も、オープンエデュケーションへの素晴らしい貢献だと言えるでしょう。

アメリカを中心に、世界中の超一流大学などの教育機関、あるいはよりよい教育を追究する個人が、大学の講義そのものや講義用の教材などを無償で公開するという「オープンエデュケーション」の動きが広がってきています。
このウォルター・ルーウィン教授のMIT(マサチューセッツ工科大学)での講義も、そのひとつ。

このルーウィン教授の講義の詳細はMITのサイトで「誰でも・タダで」見ることができます(英語というのは、やっぱり僕にとっては大きな障壁ではあるのですが)。

2007年の暮れ、「ニューヨークタイムズ」紙に、「71歳にしてウェブ・スターになった物理学教授」という記事が掲載されました。MITの物理学教授ウォルター・ルーウィンは、「まるで曲芸師のようなパフォーマンスや迫力のある実験のデモンストレーションを通して、解りやすく物理の原理や法則を教え、大講義室をサーカスのような興奮のるつぼと化してしまう」ということで同大学内では長らく人気があったのですが、MITのOCWオープンコースウェア)プロジェクトが彼の講義ビデオをウェブ上で公開したことによって、この名物授業が世界に知られることとなりました。
 1時間弱の講義を、時には25時間もかけて準備するというベテラン教授ルーウィンの教育にかける人並みならぬ情熱は、まるでロックスターのように教壇上をところ狭しと駆け回り、「その目で見ただろう! これが物理だ!」と叫ぶ姿からもほとばしります。ウェブ上の彼の講義ビデオは何十万回もアクセスされ、iTunesU(アップル社のコンテンツ配信サービスiTunesの一部で、教材・講義ビデオなどの教育コンテンツを無料で配信している)上でも、ダウンロード数ランキングのトップを飾りました。

ここでご紹介した動画は、「ダイジェスト版」なのですが、これを見るだけでも、ルーウィン教授の情熱が伝わってきます。
これまでは、MITの学生にならなければ体験することができなかった「名物講義」が、ウェブのおかげで、「無料で、(ネット環境があれば)世界中で見られる」ようになったのです。
あのランディ・パウシュ教授の『最後の授業』も、このようにして、無償で世界に届けられたものです。

日本でも、こんなふうに東京大学などで「オープンエデュケーション」への試みがはじまっていますが、まだまだ認知度は低いようです。
営利企業」であるアップルが「社会貢献」として、音楽配信システムのiTunesのインフラを無料で提供しているというのも、「アメリカ的な良心」なのでしょう。

梅田:ネットというのはそもそも「巨大な強者」よりも「小さな弱者」と親和性の高い技術で、特に意欲はあるけれど「持たざる」という人たちにとってはとてつもない威力を発揮します。


飯吉:先ほどのユネスコの話ともつながりますが、オープンエデュケーションが一番必要なのは、間違いなく途上国です。ところが、その途上国にパソコンや、インターネットを利用するためのインフラが整備されていない。「1週間に20分」という先ほどのナイジェリアの例のように。逆にいえば、インフラの問題さえ解決されれば、途上国でオープンエデュケーションがかなり普及すると予想されます。


梅田:むろん簡単ではありませんが、そこは確実に時間が解決していくと思います。「次の10年」で、インターネット人口が30億人に達するということを、シリコンバレーの企業群は、成長戦略の前提として置いています。

本当に「パソコンとインターネットができる環境」そがあれば、「高等教育に触れるためのコンテンツ」は、ネット上にそれこそ「学びきれないくらい」溢れているのです。いま、まさにこの瞬間も。
ただ、そういうコンテンツが存在するという「知識」と、それを利用するという「やる気」が、障壁となっているだけで。

僕はこの新書で示されている「希望」の素晴らしさに感動するのと同時に、怖くもあるんですよ。
こういう「やる気と能力さえあれば、『機会平等』が与えられる世界」というのは、裏を返せば「やる気がなくて、努力もしない大部分の人間は、どんどん取り残されていく世界」でもあるわけです。

梅田:素晴らしい可能性を秘めた試みだと思うし、一部のやる気のある学生にとっては最高の環境かもしれませんが、より全体ということを考えると、やはりオープンエデュケーションにも、何らかの形での「強制のシステム」がうまくデザインされることが必要になるのではないでしょうか。独学のいいところは「強制のシステム」がないことですが、同時にそれがいちばん弱いところだとも思うのですよ。人間は弱いですから。


飯吉:まさに梅田さんのおっしゃる通りだと思います。これはオープンエデュケーションを考える上で、ものすごく面白いところです。
 では、その「強制のシステム」としての学校が、実際に機能しているかというと、たとえばアメリカの場合、高校生の3割くらいはドロップアウトして卒業できないことが、大きな社会問題になっています。つまり、学校の「強制力」が効かなくなってきている。

さらに、飯吉さんによると「アメリカでは教員免許を取って、大学卒の新任教員として小・中・高に着任した先生のなんと5割が5年以内にやめてしまいます。アメリカの小・中・高校の先生というのは、本当に過酷な職業で、待遇もあまり良くないし、超過勤務で燃え尽きて仕事を辞めてしまう人が後を絶たない」そうです。
ウェブの世界では、「アメリカの夢と希望」が語られる機会が多いのですが、それはごく一部の「ひたすら上を目指す、能力も意欲も高い人」にとっての「アメリカ」。
堤未果さんが『ルポ 貧困大国アメリカ』で書かれていたように、多くの「平凡なアメリカ人」にとっては、生きていくだけで精一杯で、「オープン・エデュケーションの理想」なんて、それこそ「別の世界の話」なのかもしれません。

「オープン・エデュケーション」は、近い将来、「国境をこえた、機会の平等」を与えてくれるはずです。
その一方で、「能力も意欲もない人間」にとっては、さらに生きづらい世界になっていく、そんな予感もするのです。

少し前に、梅田望夫さんの「日本のWebは『残念』」という発言が一部で話題になり、梅田さんへの批判が多かったのですが、この新書を読んでみると、梅田さんがこんなことを言わずにはいられなかった理由の一端がわかります。
「残念」なのは、日本のWebそのものじゃなくて、Webの一部しか知らない(あるいは、知ろうとしない)のに、「Webとはこういうものだ」と訳知り顔に語っている「日本のWeb利用者」なんじゃないかな。
芸能ニュースや炎上騒ぎにばかり注目が集まり、ルーウィン教授の講義がタダで見られるという「自分を高めるための世界」が広がっているのに、「自分よりも劣った人間や失敗した人間を叩き、優越感を得るためのツール」として「利用」することしかできないのは、「残念」だよやっぱり。

けっして「簡単な本」「読みやすい本」じゃないですが、もしこのブログを読んでいる中高生、あるいは大学生がいれば、ぜひ一度読んでみてもらいたい新書です。
「ウェブでどう学ぶか」というのは、これからの人類にとって、好むと好まざるとにかかわらず、避けては通れない問題だから。


参考リンク(1):『最後の授業 ぼくの命があるうちに』

最後の授業 DVD付き版 ぼくの命があるうちに

最後の授業 DVD付き版 ぼくの命があるうちに

↑この本への僕の感想はこちら。


参考リンク(2):『ルポ 貧困大国アメリカ』

ルポ 貧困大国アメリカ (岩波新書)

ルポ 貧困大国アメリカ (岩波新書)

↑この本への僕の感想はこちら。

アクセスカウンター