琥珀色の戯言

【読書感想】と【映画感想】のブログです。

君について行こう ☆☆☆☆☆


内容説明
宇宙兄弟』は、この本から生まれた!  宇宙飛行士になった妻を愛情深く描いた名エッセイが、大人気漫画『宇宙兄弟』の小山宙哉のカバーで全く新しく蘇る。宇宙飛行を支えている家族愛の原点がここに!


内容(「BOOK」データベースより)
恋女房が宇宙飛行士になった!「自分の夢を叶えることに懸命になっていたら、亭主のことなんか忘れちゃったの」なんて女房に言われても、「オレはへっちゃらさ」と夫はやせ我慢。別居結婚もいとわず、厳しい飛行訓練にがんばる妻を見守り、応援しながらもちょっぴり切ない心の内をポロリ。巻末に書き下ろしエッセイ「私と『宇宙兄弟』その1」を収録。

この『君について行こう』の単行本が出版されたのは、1995年。
僕がちょうど大学を卒業する年でした。
当時はかなり話題になったのですが、「慶応大学医学部卒のエリートさんが、人類のなかでも超エリートである宇宙飛行士に選ばれ、宇宙に行くなんて話、読んでられるかよ」とか、「どうせ、『妻を献身的にサポートしてきた夫が、『どうです、自分は新しい形の夫婦像を提案しているんですよ。素晴らしいでしょ?』と自慢する話なんだろ」という先入観と、たぶん、試験勉強の忙しさもあり、一度も読んだことなかったんですよね。

今回、『宇宙兄弟』の小山宙哉さんの表紙で、「新装版」が出たのを見かけ、

 この本がきっかけとなって『宇宙兄弟』が生まれました。  小山宙哉

というオビに魅かれて読んでみたのですが、この本、予想外に面白くて驚きました。
向井万起男さんの文章には、ちょっとクセもありますし、「なんか鼻につくなあ」と思う人もいるかもしれません。
でも、純粋で真っ直ぐな(そして、頑固でかなり変わっていて大食いな)向井千秋さんと、「変人(失礼!)なんだけど、他人に対して壁をつくらず、驚くほどマイペースで、必要なときにはプライドを捨てることもできる」万起男さんの歩みには、いまの僕は素直に共感できました。
そもそも、この本のタイトルは『君について行こう』なんですが、万起男さんは、千秋さんへの愛情はもちろんなんですが、自分もひとりの人間として、「宇宙飛行士の配偶者」という貴重な体験を、けっこう楽しんでいるんだな、ということも伝わってくるのです。
「献身的にサポートする」のではなく、「一緒にいたら面白そうだから、君について行くよ」というスタンス。

 一方、内藤千秋はなぜ応募したのだろう。内藤千秋は宇宙飛行士募集を知って、こう感じたのだ。”わあ、すごい、宇宙から地球を見られるんだ。本当にそんなことができたら、私の世の中を見る目も大きく変わるかもしれない”と。そんなことぐらいで、せっかくここまでやってきた心臓外科医という職業を普通捨てるだろうか。しかも、本人は私などとは違って、これまで宇宙や宇宙飛行士についてとくに他の人より興味を持ったことがあるわけでもないのだ。これでは、周囲で引き留めようとした人間がいたのもうなずける。内藤千秋の妹は、
「ねえちゃん、そんなに地球を見てみたいって言うんなら、なにも無理して宇宙飛行士なんかにならなくても、床に寝そべってセンベイでも食べながらテレビを見ていたら地球の映像くらい流してくれてるよ」と言って引き留めている。妹も妹なりに、姉の将来を心配してくれていたのだ。しかし、内藤千秋は将来のことなど何も考えなかった。私のように、転職のこと、収入のこと、老後も含めた将来のことなどは、何も考えなかった。

ちなみに、宇宙飛行士に採用された場合の給与は、向井さんが応募した時点では、こんな感じだったそうです。

(1)身分:第四次選抜後、宇宙開発事業団の職員として採用されます。
(2)給与:宇宙開発事業団職員給与規定によります。(例―昭和58年10月1日現在)大卒30歳:初任給 約21万円プラス諸手当。期末手当(年間)約4.9月。大卒 35歳:初任給 約25万円プラス諸手当。期末手当(年間)約4.9月。なお、諸手当には、扶養手当、通勤手当、住居手当、特殊勤務手当などがあります。

いまから25年前の話だとしても、「人類を代表するエリート」に与えられる報酬としては、けっして「高給」だとは言えないでしょう。
ただし、この本のなかでは、「まあ、自分の地元では、悪くないほう」だとそれなりに満足しているアメリカ人宇宙飛行士の話も出てきます。基本的に「何よりもお金が欲しい人がなる職業」ではなさそうです。しかも、応募して合格に手がとどくような人は、みんなかなりのエリートですから、宇宙飛行士になっても、ほとんどは収入が大幅にダウンするはず。
そして、毎日の厳しい訓練に、宇宙飛行士になれたからといって、本当に宇宙に行けるかどうかはわからない、という不安定な立場。
宇宙に行っても、厳密なスケジュールで実験に追われることになります。
ある意味、向井さんのように「純粋な好奇心」を保ちつづけられる人でなければ、やっていけない仕事なのかもしれません。

この本を読んでいて感じたのは、宇宙飛行士たちの「絆」の深さでした。
僕は最近、宇宙飛行士についてのドキュメンタリーや漫画に接する機会が多かったのですが、宇宙飛行士に必要なのは、「特別な能力」ではなくて、「バランス感覚」とか「協調性」のようです。
それも、「なんでも人の言うことを聞く」だけでなく、「自分の主張はしっかりできるけれども、チームの一員として、リーダーシップをとるべきときにはとり、サポートに回るべきときには、その役割を果たす」ということが要求されます。
宇宙飛行士には、万が一のときの交代要員として、ずっと同じ訓練を続ける(でも、トラブルがなければ、宇宙には行けない)バックアップメンバーが用意されていて、彼らと「宇宙に行ける」メンバーとの関係も、非常に興味深いものでした。
たぶん、「宇宙飛行士になれる人」というのは、一般社会においても、「いいやつ」として愛される人なんですよね。
じゃないと、あの狭い、死と隣り合わせの場所で、他人とずっと一緒にいてうまくやっていくのは難しいはず。

あと、僕が驚かされたのは、NASAの「家族に対する気配り」の細やかさでした。

 NASAの文書は、いかにも国家機関の役人が書いたものという感じで、ひたすら事務的に淡々と書かれていた。読み始めた私は、ちょっと肩すかしをくった感じだった。家族を支援するというのだから人間的感情というやつがいっぱいの文書を予想していたのだ。それでも、私は最後まで読んだ。そして、読みきった私は、その内容に心底感心してしまった。アメリカという国は、さすがにたいしたもんだと感心した。「家族支援プログラム」というのは、なにも、甘ったれた家族のために考え出されたものではないのだ。こういうことだ。宇宙飛行士は宇宙飛行という国家的プロジェクト、ひょっとすると死ぬかもしれない仕事を行う。こういう仕事をする人間は、いらぬ雑念でまどわされずに仕事に打ち込まなければならないのは当然だ。しかし、宇宙飛行士といえども人の子である。自分の家族のことが気にかかる。打ち上げのときに万が一のことがあっても自分が死ぬようなことがあったとき、打ち上げを見ている家族は気丈に対処できるだろうか、自分が宇宙に行っている間に家族に何か異変が起こらないだろうか、子どもが病気になったりしてないだろうか(幼い子どもを抱えた宇宙飛行士というのも多いのだ)、自分が遠い宇宙へ行って留守にしてしまったので子どもが寂しがっていないだろうか、自分が宇宙に行っている間に家族がマスコミにいじめられていないだろうか、などなど。こうした宇宙飛行士の気遣いをできるだけ軽減して、宇宙飛行士が仕事に打ち込めるようにするために組まれたのが「家族支援プログラム」なのだ。命をかけた任務につく宇宙飛行士に代わって、打ち上げ数日前から地球帰還までの間、家族の面倒はNASAが充分見ましょう、そのかわり、宇宙飛行士は任務の遂行に全力を傾けてくれ、というわけだ。「スペースシャトル搭乗員家族支援文書」には、その目的、家族に対する具体的支援内容・日程などが、淡々と事務的に書かれているのだ。

 たしかに、この本を読んでいると、NASAの宇宙飛行士家族へのサポートの手厚さには驚かされます。
 その一方で、典型的日本人の僕としては、「同じシャトルの乗組員の家族どうしの交流パーティ」がけっこう頻繁に開催され、アメリカ式の「家族ぐるみの付き合い」が要求されるのは、けっこう大変だなあ、と感じずにはいられませんでした。まあ、実際に僕がそういう立場になることは無いでしょうが、向井万起男さんの、こういう付き合いも愉しんできる好奇心(と語学力)は本当にすごいと思います。
 こう言っちゃなんだけど、「自分が宇宙に行くわけじゃない」のだから。

 「宇宙」や「宇宙飛行士」に興味がある人には、ぜひ読んでいただきたい本です。
 『宇宙兄弟』にハマっている人たちにも、ぜひ。


参考リンク(1):『ドキュメント宇宙飛行士選抜試験』(琥珀色の戯言)

ドキュメント 宇宙飛行士選抜試験 (光文社新書)

ドキュメント 宇宙飛行士選抜試験 (光文社新書)


参考リンク(2):「一緒に宇宙に行こうよー!」と励ましてくれた「ある女性応募者」(活字中毒R。)


宇宙兄弟(1) (モーニング KC)

宇宙兄弟(1) (モーニング KC)

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