琥珀色の戯言

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調律師、至高の音をつくる ☆☆☆


調律師、至高の音をつくる 知られざるピアノの世界 (朝日新書)

調律師、至高の音をつくる 知られざるピアノの世界 (朝日新書)


Kindle版もあります。

調律師、至高の音をつくる

調律師、至高の音をつくる

内容(「BOOK」データベースより)
演奏会において、一流のピアニストを陰で支える調律師の仕事を初公開。まるで、F1マシンを整備するがごとく、一人ひとりのピアニストにあわせて、名器スタインウェイを最高の状態に仕上げる職人の技とは―。調律の仕事を通して見えてくる、ジャンルを超えたピアノの世界、コンサートの楽しみ方を紹介する。

村上春樹さんの『東京奇譚集』という短編集のなかに、調律師が主人公の「偶然の旅人」という作品があります。
僕は調律師の仕事については、この短編で少し知ったくらいなのですが、イメージとしては、一匹狼のプロフェッショナル、なんですよね。

しかしながら、この本の著者の高木裕さんは、そんな「調律」の世界のなかで、コンサート専門の調律師+ピアノそのものの貸し出しまで行っているという人です。

 日本に調律師と呼べる人は3万人近くいるそうです。独立して自営で調律を職業としている人、楽器メーカーに籍をおくサラリーマン調律師、嘱託あるいは自営と嘱託兼業の人などさまざまですが、仕事の世界は大きく二つに分かれます。
 皆さんのご家庭が学校、音楽教室などのピアノを調整する、一般の調律師と、コンサートホールやレコーディングスタジオで、プロのピアニストが弾くピアノを専門に調律する、コンサートチューナーです。
 コンサートやレコーディングの仕事だけをしている調律師は、残念ながら東京にしかいません。日本の音楽文化は東京に集中しているからです。ですから、コンサートチューナーとして業界内で名前が知られている人は、20人いるかいないかでしょう。
 一般の調律より格段に高い調律技術が求められ、またコンサートよりレコーディングの現場では、さらに専門的で高度な調律技術と経験が要求されるからです。

日本には、3万人もいるんですね、「調律師」が。
僕の知り合いにはひとりもいないので、かなり珍しい職業なんだろうな、と思っていたのですが。
そう言われてみると、たしかに、日本にはほんとうにいろんな場所にピアノがあります。
著者によると、「コンサートチューナー」というのは、その調律師のなかでも、「選ばれた存在」であるわけです。

ネットでいろいろ調べてみると、どうも、「スタインウェイ」というピアノへのこだわりの強さも含めて、著者とその仕事には、かなり毀誉褒貶が激しいようなのですが、「他の楽器の演奏家たちは、『自分の楽器』を持ち、自分仕様にチューンナップして使っているのに、なぜ、大部分のピアニストは、そのホールに備え付けのピアノを、それなりにチューニングして使わなければならないのか? それで最高の演奏を聴衆に届けられるのか?」という疑問からはじまった著者の仕事は、僕にはとても素晴らしいもののように思われます。

 そして、「コンサートでは、リハーサルの前に会場入りして調律をして、終演まで聴き届ける」という彼らの仕事は、まさに「職人芸」。
 ステージで名前が紹介されることはありませんが、まさに「プロの裏方の仕事」なのです。

 レコーディング・エンジニアの「マイクを立てる位置」の話。

 エンジニアの好みによってまちまちですが、クラシックのピアノ・ソロ録音は「ワンポイント録音」といって、ステレオのマイク1セット(L=左・R=右の2本)が基本です。これを、ピアノがカーブしているあたり、ちょうど大屋根から音が響いていくところにセットします。ホールの残響を録るために、客席内にマイクをもう1セット立てることもあります。
 ただし、「マイクの数は少なく」が基本なので、何セットか乱立していても、実際はその中の1セットしか使っていないとうことがよくあります。立てるマイクの数、距離や角度、位置はエンジニア個人の企業秘密。モニターを聴きながら、音の輪郭や距離感、バランスを決めるために、マイクを1ミリ単位で動かしたり上げたり下げたりして、ディレクターやアーティストの求める音を探していく姿は、コンサートチューナーとよく似ています。
 実際に楽器から出ている音が、マイクやスピーカーを通して電子信号となっても、いかにアコースティックな音に仕上げるか、これがクラシックをレコーディングするうえで最も大切なポイントです。

 CDを聴く際には、「そこに封じ込められている音」=「演奏者の実力」だと考えてしまいがちなのですが、エンジニアの力量のような、演奏者の実力以外の要素で、「CDで聴く演奏」というのは左右されているわけです。しかし、「1ミリ単位」の違いを聴き分ける耳を持っているというのは、考えてみるとものすごいことですね。日常生活では、些細な音が気になって大変かもしれません。

 ちなみに、この新書のなかでは、著者による「コンサートの聴きかた(どの席で聴くのが良いのか?)」や「ピアニストの実力の見分けかた」なども紹介されていて、これも興味深いものでした。
 「プロの見方」っていうのは、やっぱり違うものなのだなあ、と。

 ピアノ・ソロコンサートの場合、どの席からチケットが売れていくかというと、ピアニストの顔や手が見える、ステージに向かって左側の席からです。しかしながら、よい音を聴きたいということでしたら、一度、右側の客席に座ってみてください。まるで音の聴こえ方が違うと思います。
 先ほども書きましたが、音はピアノの大屋根が開いている方向から上のほうに響いていくので、ピアニストが座っている側は、実はあまりよい音ではないのです。
 ピアニストの手元が見えて、音もバランスよく聴けるということでは、やはり正面の中央よりやや後ろの席になるでしょう。客席からステージを見て、ピアノ胴体の中央を、やや見おろすくらいの位置です。とくに、設計の古いホールは、たいていステージが高いので、ステージを見上げるような前方の席は避けましょう。音は頭の上を通り過ぎていき、やせて、バランスはよくありません。自分の耳よりも楽器のほうが下でないと、よい音は楽しめません。
 ステージに近い前列は、演奏者の顔を間近で見たいファンにお譲りして、音のためなら、なるべくステージより高い席に座りましょう。
 1階席の中央あたり、通路を挟んだ最前列や2階席最前列の正面は、一番見晴らしもよくて音もバランスがよい場所なので、関係者の招待席になっていることが多いのです。

 皇族の方々や閣僚があの場所に座っているのは「周囲から目立つ」という理由だけではなく、ちゃんと「音響的にも、いちばん良い場所」だということなんですね。
 こういうのは、クラシックファンにとっては「常識」なのかもしれませんが、僕にとっては非常に新鮮でした。
 読んでいて、久々にクラシックのコンサートに行ってみようかな、という気分になる新書。
 「職人の仕事」に興味がある人には、面白く読めるのではないかと思います。

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