琥珀色の戯言

【読書感想】と【映画感想】のブログです。

ラジオから流れてきた、「どこにでもありそうな、親子の話」

 先日、ラジオでこんな話を聴いた。
 まだ社会人になったばかり、という若い女性からのメール。

 私には二人の父親がいます。
 小学生のとき、実の父と死別し、中学生のとき、母が再婚しました。
 母よりもずっと年上の義父は、すごく優しい人で、そんなに口数は多くないけれど、私の進学や就職のときには相談に乗ってくれ、私のことを励まし続けてくれました。
 でも、私はいままでずっと、義父のことを「お父さん」と呼ぶことはできませんでした。
 私に「本当の娘」として接してくれることはわかるのだけれど、やっぱり、心に引っ掛かるものがあって……
 義父は、一度も「お父さん」と呼ばれないことを気にする素振りを見せたことがありません。


 この春で、義父は長年勤めた会社を退職します。
 退職の日、義父に、いままでずっと言えなかったことを伝えようと思います。


「お父さん、いままで育ててくれて、ありがとう」

 この女性の気持ち、僕にもなんとなくわかるような気がします。
 こういうこだわりって、無い人には全く無いかもしれないけど、やっぱり、実父以外の人を「お父さん」って呼ぶのには抵抗がありますし、飲み屋の女将さんを「おかあさん」とか気軽に呼んでいる人には、ちょっと反発してしまう。
 そういうのは「実の母親」が元気で存在している人の贅沢な馴れ合いなんじゃないか、とかね。

 
 このお父さん、ずっと仲が悪くもない「娘」から、ずっと「お父さん」を呼ばれることもなく、それでも「娘」として接してきて、すごいなあ、って思うんですよ。
 世の中には、血が繋がっていても「お父さん」って呼んでもらえない父親だって少なくないのかもしれないけれど、そういう関係の場合は「でも、実の親子だから」ってことで、「親子であるのかどうかの不安感」までは発展しない。単に「疎遠あるいはお互いに照れている親子」だと割り切ることも不可能ではない。
 でも、「血がつながっていない」と、言葉で確認できないのは、すごくつらいのではないかなあ。


 僕はこの話をラジオで聴いて、なんとなく、「ああ、ラジオはまだ死んでないなあ」と思いました。
 どこの誰だかわからないひとりの女性が、こういう「友達にもできないような、プライベートな悩みと決心」を、ラジオネームという匿名で、自分が知らない、そして、自分を知らない誰かに聴いてほしくて、ある番組にメールを送る。


 それと同時に、僕は彼女がどうしてこれをネットに書くのではなく、ラジオ番組に送ったのだろう?とも考えました。
 書いたものだと記録に残るから、心ない人たちに面白半分で言及されたり、あるいは無視されたりするのがイヤだったのか、あるいは、この番組のDJに聴いてほしかっただけなのか。 
 もしかしたら、「ネットに自分で何かを発信する」という習慣そのものが無かったのだろうか。


 こういう「どこにでもありそうだけれど、その人自身にとってはすごく大事で、誰か『後腐れの無い人』に聴いてもらいたい」という話は、いまの「可視化」されつつあるネットでは、語りにくくなってきているのかもしれません。
 これが個人ブログの日記の一部であれば、調べる側が本気になれば、誰が書いたものか突き止めることはさほどの難事ではないはず。
 『2ちゃんねる』や『はてな匿名ダイアリー』の一部であれば、さすがにそう簡単にはわからないだろうけど、「名無しさん」から、心ない「言及」をされてしまう可能性もあります。

 ネットは、急速に「私の話を、私が話していると知らずに聴いてほしい」という人々の手を離れてきています。
 先日のエントリで書いた『フェイスブックの話』から考えると、そういう「(悪戯のためではなく)ある程度自分の本音を出しながら、なおかつ匿名でネットをやりたい」という人にとって、「ネット上の個人情報公開後進国」である日本は、まだ「住みやすい国」なのかもしれませんが。


 僕はラジオから流れてきた、この「どこにでもありそうな、親子の話」を聴いて、なぜだか、涙が出そうになりました。
 感動した、というか、この女性も、そして、お義父さんも、よくこれまでがんばってきたな、って。

 こういう話を誰かが誰かに伝えるための手段は、無くならないでほしいものだと願ってやみません。


 もしかしたら、ネットは、人と人とが繋がるための「可視化」「効率化」と引き換えに、ものすごく大事な何かを失おうとしているのではないだろうか?


 彼女のメールには、最後にこう書かれていました。

 私がまだ中学生の頃、母と三人で行ったカラオケで義父がいつも歌っていた、佐野元春『SOMEDAY』をリクエストします。

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