琥珀色の戯言

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わたしを離さないで(再掲) ☆☆☆☆☆


わたしを離さないで (ハヤカワepi文庫)

わたしを離さないで (ハヤカワepi文庫)

 今夜NHKで「カズオ・イシグロ特集」が放送されていて、この本をまた読み返したくなりました。
 映画も観たいのですが、うちの近くの映画館では、まったく上映されておらず……


 僕は翻訳モノというのが基本的に苦手なのですが、この作品も序盤はちょっととっつきにくい印象がありました。まだ10ページくらいしか進んでいないのか、という感じで。でも、読みすすめていくうちに「読み終えるのが惜しい」ような気持ちになってきたのですよね。もしかしたら、悲しかったのは「読み終える」というよりも、「彼らの物語を終わらせてしまう」ということにかもしれませんが。

自他共に認める優秀な介護人キャシー・Hは、提供者と呼ばれる人々を世話している。キャシーが生まれ育った施設ヘールシャムの仲間も提供者だ。共に青春 の日々を送り、かたい絆で結ばれた親友のルースとトミーも彼女が介護した。キャシーは病室のベッドに座り、あるいは病院へ車を走らせながら、施設での奇 妙な日々に思いをめぐらす。図画工作に極端に力をいれた授業、毎週の健康診断、保護官と呼ばれる教師たちの不思議な態度、そして、キャシーと愛する人々 がたどった数奇で皮肉な運命に……。彼女の回想はヘールシャムの驚くべき真実を明かしていく――英米で絶賛の嵐を巻き起こし、代表作『日の名残り』を凌駕する評されたイシグロ文学の最高到達点(Amazonの紹介より)

 レビューなどでは、この作品の「ヘールシャムの驚くべき真実」なんて書いてありますが、僕自身は、読んでいて「驚き」みたいなものはこの小説にはあまり感じませんでした。
 むしろ、もっとすごい「驚愕のどんでんがえし!」みたいなものが出てくるのではないかと思っていたのですが、作者はそういう飛び道具に頼ることなく、ただひたすらに「ヘールシャム」という特殊な教育施設で生きる少年少女と、彼らの成長を描いていきます。
 僕も寮生活をしていたことがあるのでものすごく身近に感じたのですが、寮生活で「学校」と「部活」と「人間関係」しか日常になくなってしまうと、なんだか本当に人間関係というのはひたすら濃密な方向に向かっていくんですよね。それは、よくも悪くも。
 この本には、そういう「閉鎖された場所で、どんどん煮詰まって、化学反応を起こして歪んでいく人と人との関係」が、誠実に書かれています。「ヘールシャム」という特別な場所のことを描いているようで、実際にその場所でキャシーたちが体験し、感じてきたことは、たぶん、多くの人々のとっての「普遍」なのだと思います。どんなに愛しあっていても、お互いの「立場」によって「断絶」は生じてくるのだ、ということをここまで冷徹に描くというのは、かなりの「覚悟」が要ることでしょうし。
 この物語の世界なら、「泣ける話」「怖い話」にいくらでもできたはずなのに、カズオ・イシグロという作家は、この「特別な世界」を舞台にしていながらも、普遍的な「生きること、愛すること、人間どうしが触れ合っていくことのせつなさ」を描いています。
 読んでいて「もうちょっとなんとかならないの?『運命』に抵抗しないの?」と思ってしまうくらい淡々とした小説なのですけど、「生きづらい」と思ったことがある人(逆に、無い人なんていないのかもしれませんが)には、ぜひ一度読んでみていただきたい作品です。

 僕がこの本に興味を持ったのは、id:hibigenさんの紹介記事(http://d.hatena.ne.jp/hibigen/20060706)だったのですが、その中に

「人は思っているよりずっと短い間に愛や友情を学ばなければならない。いつ終わるかもしれない時間の中でいかに経験するか」…筆者自身がこの作品について語った言葉だという。

 という文章があります。僕たちもまた、「ヘールシャム」を心に抱えたまま生き続けているのかもしれません。
 

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