琥珀色の戯言

【読書感想】【映画感想】のブログです。2016年8月より、『はてなブログ』に移行しました。

あなたが主張している「正論」は、「不安な人」には届かない。

もしあなたが「なんとなく体調が悪くて不安」だったとしよう。
あなたは総合病院を受診し、不安を訴える。
診察室で、医者はあなたの訴えをパソコンのディスプレイを見たまま聞き流し、「じゃあ検査しましょう」と言う。
そして、血液検査やレントゲン検査を受けて、診察室に戻ってきたあなたに、医者はこんな態度をとるのだ。
「ああ、検査したけど、異常値は出てないし、レントゲンも問題ない。あなたの症状は、気のせいですよ。とにかく、検査で異常がないからだいじょうぶ、じゃあ次の人!」


さて、あなたはこれで「満足」できるだろうか?
「検査で異常がない」でも、あなたには「症状」がある。「不安」だ。
たぶん、「近くの病院でこんな対応をされた」ことを誰かがネットに書けば、そこには、同情の声が集まるはずだ。


いま、ネット上での「正論」の多くは、まさに、こういう「冷たい態度の医者」そっくりだと僕には思われる。
彼らは、「不安である」という人を、「お前らはバカだから不安がるんだ」「データではこれが正しいに決まっているのに、なぜわからない?」と責めたてる。
もし自分が患者だったら、そんな医者には不満なはずなのに、自分が「正しい」「自信がある」と思いこんでしまうと、他者に対して、そういう態度をとることに何の疑問も持たない。
「こんなわかりきったことを不安がるなんて、バカじゃないのか?」
「そうですか、不安なんですね。でも、こういうデータがあって、今回の件に関しての信頼性は高いと思います。だから、だいじょうぶですよ」
さて、どちらのほうが、相手に「伝わる」だろうか?


いや待て、「バカじゃないのか?」って言う人って、実は、「自分がなぜそれを信じているのかという、明確な根拠も自信もないから、他者にその理由をキチンと説明できる余裕がない。だから、バカ呼ばわりして、思考停止しているだけ」なのかもしれない。
だとすれば、すごくかわいそうな人たちではある。


正直、こういう患者さんは、「医者にとっても扱いにくい」面はある。
「病気であること」が証明できない人に、あてずっぽうで薬を出すわけにもいかないし。
だから、こういう「やっかい払い」みたいな対応をする医者もいる。
こういう患者さんのなかには、本当に「取り憑かれたように、不安ばかりを訴えてくる人」もいて、精神的な病を疑っても、本人が精神科を受診してくれない場合もある。


でも、大部分の人は、「そうですか、不安なんですね。でも、いまはそういう症状があるかもしれないけれど、少なくとも検査では命にかかわるような病気はなさそうです。とりあえず様子をみて、症状がひどくなるようだったら、もっと詳しく検査をしてみますから、また受診してくださいね」と少し時間をかけて説明すれば、それなりに納得してくれるものだ。
実際には、その「少し時間をかける」ことが厳しい場合もあるのだけどね。


「不安な人」に対して大切なことは、まず、「あなたは不安なんですね」と受け入れることだ。
「そんなくだらないことを不安に感じるなんてバカ」と言う相手に心を開く人はいない。
そして、そういう対応をされた患者の多くが、怪しげな民間療法や代替医療に「救い」を求めることになる。
民間療法や代替医療を行っている人たちは、「自分の話を聴いてくれる」から、という理由で。


たぶん、今の方法を続けているかぎり、あなたが主張している「正論」は、「不安な人」には届かない。
「話も聞いてくれずに、バカだと決めつけられるだけだから、あんな人たちに近づくのはやめよう」と敬遠されてしまうだけだ。
本当に相手を「説得したい」のであれば、それなりのやり方というのがあるのだ。


もっとも、あなたが「ちゃんと説明できるほどの知識もないし、勉強もしていないけれど、ただ自分を大きく見せたいだけ」であれば、話は別なんだけどね。