琥珀色の戯言

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GANTZ : PERFECT ANSWER ☆☆☆


『GANTZ : PERFECT ANSWER』公式サイト

あらすじ: 死を迎えるその瞬間、黒い謎の球体“GANTZ”に呼ばれた男女たち。幼なじみの玄野(二宮和也)と加藤(松山ケンイチ)もまたGANTZに召集され、“星人”という異形の者との戦いを強いられていた。玄野は戦いの中で生き抜くことを選び、加藤は暴力と戦いを否定する。そして、終わりのない戦いの過程で、2人はある選択を迫られる。

2011年11本目の映画館で観た作品。
木曜日のレイトショーで、観客は20人くらいでした。
前作の最後に流れた予告編が、「この広げた大風呂敷をどうやって収拾するんだ?」「おおっ、あの人がターゲットにっ!」と、かなり気になる内容だったので、この『PERFECT ANSWER』の公開をけっこう楽しみにしていたのですが、ようやく観ることができた、という感じです。

観終えての感想。
うーん、これが『完璧な答え』なのだろうか……?


前半の地下鉄での派手な戦闘シーンは魅力的だったのですが、「なんで出てきたのかわからない登場人物」がやたらとたくさんいて話は混乱するばかりだし、「観客を驚かせる」(というよりは、予告編を面白そうにみせるための、かな)場面が続くわりには、「なぜそうなったのか?」がまったく意味不明。
でも、つまらない映画かと問われると、あまりに支離滅裂なストーリー展開だけに、「この先どうなるのか予想もつかない」ため、最初の1回は、けっこう楽しめるような気がします。
映像的にも生理的にも「不快」な場面が続くので、「感動の人間ドラマ」とか「ハリウッド映画のようなわかりやすいハッピーエンド」を期待している人たちには、あまり向いてはいないでしょうけど。
しかしこれ、DVDになって小学生とかが観たら、まちがいなく「トラウマ映画」になりそうだ……
いまちょうど、町山智浩さんの『トラウマ映画館』という本を読んでいるのですが、いまはネットのレビューなどでは評判があまり芳しくないこの『PERFECT ANSWER』、20年後くらいには、カルトムービーとして好事家たちが喜んで観ているのではないかなあ。
この豪華キャストを集めて、こんな「気持ち悪い映画」をつくった勇気は、素直に認めざるをえません。
帰り道、「なんか久々にツッコミを入れるのが楽しみな映画を観たなあ」と、ちょっと嬉しかったし。


以下はネタバレ感想ですので、未見のかたは御注意ください。

本当にネタバレですよ。

しかしこの映画、「加藤vs加藤」とか「こじまたえターゲット」とか、思いついた「とりあえず面白そうなシチュエーション」を、強引に上映時間内に叩き込んでいっただけ、という感じなんですよね。
「旧GANTZメンバー」なんて、「とりあえずGANTZが焦っていることをアピールするため」だけに、あんなにもったいぶって登場してきたのだろうか……
そもそも、「GANTZとは何か?」「なぜ『星人』と戦わなければならないのか?」というような「物語を通しての謎」は、なにひとつ解決されないんですよね。
「PERFECT ANSWER」のはずなのに……
いや、そのへんは下手に説明しようとしてこれ以上ゴチャゴチャになるよりは、潔くスルーしよう、という大人の判断なのかもしれませんが、そりゃあ、消化不良にもなりますよ。
そりゃあもう、あんな役回りをやらされた山田孝之さんの苦悩にはかなわないと思いますが。
あれは「ネタにすらならない」という意味では、『L change the worLd』の南原清隆さんよりも酷い扱いなのではないかなあ。

それはさておき、僕はこの映画のラストの玄野が出した「答え」(いや、それであんなにすべてが解決することそのものが、すでに「反則」じゃないかという気もするんだけど)を観て、マイケル・サンデル教授の『これからの「正義」の話をしよう』を思い出さずにはいられませんでした。
あの本のなかで僕がとくに印象的だったのは、「ひとりの少年を狭い場所に閉じ込めておくことによって、ひとつの街の平和と繁栄が保証されるとする。少年を解放したら、街は破滅するかもしれない。その場合、少年を閉じ込めておくことは『許されること』なのだろうか?」というような問いかけでした。
まさか、サンデル教授が、この映画の脚本を書いたのか?とか、ちょっと考えてしまいましたよ。
GANTZも、死んだ人をあれだけ大量に生き返らせるくらいの「力」があるのなら、「電池」くらい自分でなんとかすればよさそうなものですけど。
GANTZって、『銀河鉄道999』の「惑星メーテル」みたいなものなのか?

ただ、ああいう、「ひとりが犠牲になって中途半端なハッピーエンド」になってしまったおかげで、「星人」との泥沼の殺し合いを描いた「意味」が、だいぶ薄れてしまったのではないか、とも思うのです。
いいじゃん、弟、生き返ったんだから。

……これは「自己犠牲の物語」なのか、それとも、「武器を捨てて、共存共栄の道を探ろう」という訴えなのか?
前者でなんとなく「カタがついてしまった」ために、「星人と殺し合うことの虚しさ」は、うやむやになってしまいました。
でもさ、現実では、「ひとりの人間の自己犠牲」で片付く問題なんて、そんなにありはしない。
結局、「わかりやすい解決法」を選んでしまったのは、この映画のものすごく残念なところだと思うのです。
本当は、これが「PERFECT ANSWER」ではなくて、「観客のみなさん、これが『PERFECT ANSWER』で良いんですね?」という問いかけなのかもしれないけれど。

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