琥珀色の戯言

【読書感想】と【映画感想】のブログです。

日垣隆さんとセキュリティチェックの攻防

『トンカチからの伝言』(椎名誠著・文春文庫)に、日垣隆さんのこんなエピソードが紹介されていました。

 雑誌『WiLL』に作家の日垣隆氏が連載している「どっからでもかかって来い!」――売文生活日記」はきっぷがよくていつも面白い。三月号に羽田空港でのちょっとした騒動を書いている。北海道にスキーに行こうとした筆者の持っていたワックスが空港のセキュリティチェックにひっかかった。
「これの何が危険なんですか?」
「引火すると燃えるから危険なのです」
「それをいうならあなたの髪も引火すると燃えますよ」
 係員は日垣氏のこういう大人のジョークに無縁の反応である。ワックスがいけないという根拠は? と言うと「上の者」が出てきた。
「スキーのワックスは規則で乗せることはできません」
「じゃあその規則を見せてく下さい」
 さらに「上の者」が出てくる。が、その規則というのは見つからない。とにかくこれは空港で預かって帰りに返すという。
「ワックスはスキーで使うもので帰りにはもう要らないからそれはあんたにあげる」
「そう言われても困ります。それならここにサインを」
 日垣氏はサインを断った。
「サインをもらわないと困ります」
 最初の係の人と上の人とそのさらに上の人がそう言って迫った。たぶんそういうときはサインをもらう規則なのだろう。しかし日垣氏は時間がない。それでなくともこのトラブルで飛行機におくれそうなのである。
「このワックスでどうやってテロとかハイジャックができるか教えてくれたらサインしましょう」
 そのまま去ろうとすると、係員の三人がサインを求めて飛行機までついてきたという。いしいひさいちのマンガのようだ。
「規則を食って寝てなさい」
 日垣氏のきついジョークに三人はまたもや無反応だったらしい。意味がわからなかったらしい。
 空港のセキュリティチェックはその専門の会社がまかされてやっていることが多い。かれらはきわめて業務熱心で「規則」というコトバに全員でうっとりしているようなところがある。しかし仕事熱心のあまりたとえ「セキュリティチェック」という「検査」の仕事でも自分たちが顧客サービスの大きなツールの一環にあるということを忘れてしまっているところがある。


参考リンク:ゴールデンウィークのよくあるご質問(ANA国内線):機内に持ち込めないものはありますか?

Q:機内に持ち込めないものはありますか?


A:花火、クラッカー、ヘリウム入り風船、ライター用ガスオイル、ガスを使用するキャンプ用品(ガスバーナー、ガスカートリッジなど)、カセットコンロ、液体タイプのスキーワックス・ワックスリムーバー、オイル充填式カイロなどの爆発物、発火または引火しやすいものは機内へのお持ち込み、お預かりができません。
※家庭用カセットコンロ・キャンプ用カセットコンロなどについては、コンロ部分にガスが残留していない事が確認できない場合には、機内へのお持ち込み・お預かりができないことがございます。

ちなみに、この文庫に収録されているのは『週刊文春』の2005年10月から2006年10月に掲載されたものだそうですから、このエピソードも、この時期のものと思われます。


先日、家族で旅行にいったときに買った子供の風船がこれに引っかかって、結局、ガスを抜いて手荷物に入れることになりました。
「『きかんしゃトーマス』の風船でテロなんてできるわけないだろ!」とか、そのときはさすがに思わなかったんですけどね。
ああ、まあそれはそうだな、こっちがうっかりしていたな、と。

この日垣さんとセキュリティチェックとの攻防を読んで、僕はちょっと考え込んでしまいました。
椎名さんは、「規則」ばかりを言いたてて、臨機応変な対応ができないセキュリティの人たちを批判していますが、テロじゃなくて、「引火したら危ないから」ということならば、やっぱり、乗客側が譲るべきなんじゃないかという気がするのです。
その一方で、飛行場という公の場で、これほどしっかり自分の言い分を主張できる日垣さんはすごいなあ、とも思います。
僕だったら、「セキュリティチェックとワックスで争っている姿を周囲の人に見られている」というだけで、注目されるのがイヤで、「ああもういいです、捨てちゃってください」って言って、すぐにその場を立ち去ってしまいそう。
セキュリティチェックに関しては、僕も良い思い出はなくて(あれに良い思い出がある人は珍しいでしょうが)、アメリカの空港では「ランダムチェック!」と言いながら、あからさまに白人以外の人たちばかりが「ランダムに」選ばれて靴の裏までチェックされていたのを思い出します。


日垣さんのこの話にしても、「ワックスでテロができるものか!」と僕も感じます。
まあ、日垣さんであれば、その気になれば徒手空拳でも気迫でハイジャックできるんじゃないか、とか考えてもしまうのですが。
実際、このスタッフだって、ワックスを堂々と持ち込んで、それでテロやハイジャックをやる人がいるとは思っていないでしょう。
彼らもまた、「仕事だから」あんまり意味がなさそうなものを取り締まらざるをえないのではないかなあ。


セキュリティチェックの側は、こういう場合に備えて、「規則だから」じゃなくて、もう一歩踏み込んで、「こういう事例があった」というような説明はできるようにしておいたほうがよさそうです。
同時多発テロ以来、たしかに、「テロ防止のためなら、多少は乗客を不快にすることをやってもいい」という雰囲気もありますし。

それにしても、こういうときに、「係員に自分の意見を言える人」って本当に少ないと思うし、そういう「黙って流すことができない性格」じゃないと、作家とかジャーナリストとしてやっていくのは難しいのかもしれませんね。


トンカチからの伝言 (文春文庫)

トンカチからの伝言 (文春文庫)

アクセスカウンター