琥珀色の戯言

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不妊治療、やめました。―ふたり暮らしを決めた日 ☆☆☆☆


不妊治療、やめました。~ふたり暮らしを決めた日~

不妊治療、やめました。~ふたり暮らしを決めた日~

内容(「BOOK」データベースより)
突然の子宮内膜症手術、度重なる人工授精、流産…。10年間に及び不姓治療の末、最後に選んだのは「ふたりで生きていく」こと。手塚治虫の愛弟子・堀田あきおと妻・かよが今、日本に“夫婦の絆”を問いかける―。今年一番泣けるコミックエッセイ。

書店で見かけて購入。
うちは、とくに努力をすることもなく子どもができて、いまのところ元気に育ってくれているので、「不妊」を実感することはありませんでした。
僕の場合は、子どもができたとわかったときには、(いつできてもおかしくない状況だったにもかかわらず)困惑してしまいました。
もともと、あんまり子ども好きというわけではなく、「子どもを子ども扱いする」のがすごく苦手でしたし。


某巨大掲示板(というか『2ちゃんねる』)では、武豊騎手は、アンチから「種無し」と呼ばれています。
量子夫人とのあいだに、子どもがいないから。

村上春樹さんの文学的な業績を無視して、「でも、村上春樹父親になれなかった男だ」と罵倒する人がいます。

人間は、「幸せそうな他人が、持っていないもの」を探すのが大好きです。


僕は自分がまだ十代で、自分が親になるなんて想像もしていなかった頃、『どろろ』という手塚治虫のマンガを読んで、「うーん、『天下を取る』ことと引き換えだったら、息子がバラバラになって妖怪に連れさられても、しょうがないんじゃないかな……」とか思っていました。

もし武豊村上春樹になれるんだったら、子どもなんて要らない、というか、彼らほどの業績をこの世界に遺せるのであれば、子どもの有無なんて、関係ないだろう。
だって、「子どもなんて、言っちゃ悪いが、『バカにだってできる』のだから」。
子どもを虐待するような親にも、できるときにはできてしまう。
でも、「いろんな努力をしても、できない夫婦がいる」のもまた事実。


いま、もし神様、あるいは悪魔が僕のところにやってきて、「お前の息子をこの世から消してよければ、村上春樹にしてあげるよ」と言っても、僕は断固拒否します。
不思議なもので、生まれてしまうと、それを失うことには耐えられない。


このコミックエッセイでは、堀田夫妻の「不妊治療」が、率直かつユーモラスに描かれています。
医者としては、「不妊治療を受ける側からみた病院」の姿に、考えさせられるところもあるのですけど。
体外受精、1回50万円」
1回で上手くいくとは限らない(成功率は20〜40%)。
「自分たちの赤ちゃん」が、50万円で生まれるのであれば、けっして「高くはない」のかもしれません。
でも、やっぱり、そう簡単に払えるような金額ではない。
そもそも、そんな努力をしなくても子どもができる夫婦のほうが多数派なのに、なぜ、つらい不妊治療を受けなくてはならないのか?
そんな疑問と、やっぱり子どもが欲しい、という切望と。


堀田さん夫妻は、体質改善から、西洋医学、漢方、人工授精など、さまざまな不妊治療を長期間にわたって行ってきました。
不妊」というのは、「人格を傷つけられる」ようなつらさがあるということが、このエッセイを読んでいると伝わってきます。
「子どもができない夫婦」というのは、全体のなかでは少数派に属しており、病院内でのプライバシーの保護についても、まだまだ十分なものとはいえないようです。


堀田かよさん(1962年生まれ)は、この本のなかのコラム「あきらめるということ」で、こんなことを書かれています。

 不妊治療をやめて10年以上になります。子作りしたくとも今さらどうにもならない年齢となり、「あきらめ」という名の心安らかな日々を過ごしています。……いや、過ごしていました。
 なんと卵子提供や代理母出産という裏技があることを知ってしまったんです。私より年上の政治家が子供を産んだという衝撃的事実。生殖医療の最先端では、お金と根性があれば、この年齢の女性での子供が授かることが可能だと。

(中略)

 でも、どんなに無理してでも欲しい人には、治療終了のタイミングがわからなくなってシンドイだろうと思うんです。これって福音なのかな?
 インドでは70歳の女性が子供を産んだなんてウワサもあるし。
 70歳まであきらめられない人生って……私には辛すぎるな。

 さまざまな「可能性」がある時代になったからこそ生まれてきたジレンマ、というのもあるのです。
 いままでは「そういう運命だった」と諦めるしかなかったことでも「お金があれば……」もう少しガマンして不妊治療をやっていれば……と後悔せずにはいられなくなってしまう。


「子どもなんて要らない」という夫婦がいて、その一方で、どんなに欲しくても、できない夫婦がいて。


「あとがき」に、こんな言葉があります。

 不妊治療は大変だったけど、不幸だったとは思ってません。二人でいろんなものを乗り越えて、ヨロヨロしながらここまできました。それは案外おもしろい経験でした。
 子どもがいてもいなくても、望んでも望まなくても、それぞれがそれぞれの生き方で、歓びで。認め合って、助け合って、愉快に生きていけたらいいですよね。

興味を持たれた方は、ぜひ、手にとってみてください。
僕のように、「不妊治療と縁がなかった人」こそ、読んでおくべき一冊であるような気がします。

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