琥珀色の戯言

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プロ野球 二軍監督 ☆☆☆☆


プロ野球 二軍監督--男たちの誇り

プロ野球 二軍監督--男たちの誇り

内容(「BOOK」データベースより)
芽の出ないドラフト1位もいれば、復活にかける元レギュラーもいる。毎年、誰かが去り、新しく入ってくる残酷な世界だ。そんなファームを舞台にした監督・選手たちを初めて描くノンフィクション群像劇。


糸井重里さん推薦!」というオビが目についたので読んでみたのですが、良質のスポーツ・ノンフィクションだと思います。
プロ野球チームの「二軍」では、いったいどんなことが行われていて、どんな人がスタッフとして働いているのか?
「二軍監督」というのは、ひとつのチームを率いるという意味では、すごく重要なポストのように思われるのですが、実際にはどんな仕事をしているのか?


この本の冒頭に、現在も日本ハムファイターズに在籍している尾崎選手が登場してきます。
おお、尾崎!甲子園で活躍してたよなあ。たしか、カープも指名しようとしていたけど、選手側から断られたっていうような話を聞いたことがあるなあ。まだ現役やってたのか……

 攻撃から守備へ移るイニングの合間、その選手はほとんどいつも一番最初にグラウンドに出てきて、ベンチの横で壁キャッチをしていた。チームメイトがそれぞれの守備位置につくと、彼も自分のポジションに入り、みんなに一声かけてボール回しを始める。
 身長181センチ、体重81キロのスラリとした体躯に、しなやかな身のこなしと流れるようなスローイング。よく通る溌剌とした声がスタンドにまで聞こえて、平日の昼間から応援につめかけたファンを、きょうもここに来てよかったという気分にさせてくれる。
 ここは、北海道に本ハムの二軍の本拠地・ファイターズスタジアムだ。一軍の本拠地・札幌ドームから遠く離れた千葉県鎌ヶ谷市にありながら、最も地元に根差した経営をしていることで知られる。他球団と比べて、繰り返し通う常連のファンが格段に多い。2002年秋のドラフト1位で入団して以来、尾崎匡哉(まさや)はプロ生活の大半をこの鎌ヶ谷でプレーしてきた。

 尾崎もまた伸び悩んだ。二軍では毎年ほぼ全試合で起用され、打撃では順調に成績を伸ばしている。5年目の2007年には打率も3割を超えた。それなのに、この年まで一度も一軍の試合に出場していない。
 最大の原因はエラーの多さにある。無論、下手だったわけではない。並のショートであれば到底追いつけないような打球を、尾崎は流れるようなフィールディングでグラブに収め、難しい体勢から矢のような送球を投げ込む。その姿には、二軍の首脳陣も見ていて惚れ惚れとするほどだった。
 ところが、正面に転がってくる平凡なゴロになると、しばしば処理し損なうのだ。悠然と待ち構えて捕球し、余裕を持って送球しても十分間に合うのに、ファインプレーをするときと同様、素早くアウトにしようとして、打球がグラブの下をすり抜ける。そうでなければ、送球しようとして右手に持ち替えたときにポロリとこぼしてしまう。
 3年目の2005年は19失策。2006年、2007年にはそれぞれ15失策。ショートだけでなく、サードやセカンドでも起用されたが、エラーは一向に減る気配がない。コーチから何度注意されても、試合になるとついまた同じミスをする。これでは一軍で使えない。

(中略)

 頭では理解している。言葉で説明することもできる。だが、いざ試合になると、何故か身体がその通りに動いてくれないのだ。抜きん出た運動神経を持ちながら、そんな自分を持て余している選手は、実は決して少なくない。


こういう話を読むと、プロの世界でやっていくというのは、本当に難しいなあ、と考えてしまいます。
これはもう、野球だけの話じゃなくて、「すばらしいファインプレーができても、平凡なゴロをエラーしてしまう」というタイプの人は、けっこういるんですよね。
でも、こういう人に「できて当たり前のことを、ミスなくできるように教える」のは、非常に難しい。
そして、大事な場面になればなるほど、このタイプの人は起用しにくいのです。


この本では、パリーグの「二軍のシステムと、そこで働く人たち」の姿が主に描かれています。
近年、「二軍」というシステムは大きく変わってきており、「改革」をうまくすすめられているチームが、強くなってきているのです。

2004年に札幌へ移転、2006年に日本一となった日本ハムはこのころ、大がかりなチーム改革の只中にあった。元監督の高田繁をゼネラルマネージャー(GM)に迎えて、GM補佐の吉村浩、球団チーム統括本部長の島田利正らが中心になり、堅実かつ効率のよい、新たな育成システムの構築を進めていたのである。
 それまで、日本ハムの二軍は、一言でいえば一軍半でくすぶっているベテランの休息と調整の場となっていた。そこで吉村は若手が輩出している西武ライオンズなどのデータを参考に、選手が一人前の主力に成長するまでの出場試合数を割り出していった。
 高卒、大卒、社会人出身と、カテゴリー別に、投手なら何試合ぐらいの登板数が、野手ならいくつの打席数が必要なのか。そして、2〜3年でレギュラーに育て上げるには、何試合に起用しなければならないか。
 こうして日本ハムの二軍は、一軍半のベテランではなく、主に21歳以下の選手に経験を積ませ、一軍の戦力に仕立て上げる養成機関へと大きく変わった。おかげでイースタン・リーグの成績は低迷したが、正捕手となった鶴岡慎也内野手田中賢介稲田直人らが飛躍的な成長を遂げたのである。

これを読むと、「なぜ同じプロ野球チームで、ドラフトを経て選手が入団しているのに、交流戦ではパリーグのチームが勝ちまくるのか?」が、少しわかったような気がしました。
巨人や阪神・中日・ソフトバンクのような「豊富な資金を使って、どんどんスター選手を集めてくる球団」相手に、そんなに潤沢な資金があるわけでない日本ハムが互角に戦ってきている理由は、この育成システムにあるのでしょう。
日本ハムというチームは、積極的トレードをやってまだ活躍できそうなベテランを早めに放出したり、それなりの成績を残している外国人選手を見切ったりしているように感じられました。
でも、そこには、こういう「育成システム」によって、「次の選手」が準備されているという背景があったのです。
さすがに、ダルビッシュがアメリカに行ってしまったら、なかなか代わりはいないでしょうけど。


それにしても、多くのパリーグの二軍スタッフが「参考になった」と言っている、カープの現在の体たらくをみると、悲しくなってきます。

いまのプロ野球チームの二軍というのは、「昔からの徹底的に精神と肉体を鍛える、いわゆる『シゴキ』を当然と考える世代が指導者となり、「そんなのは時代遅れ」という野球部生活を送ってきた選手たちを指導している状態です。
この本では、「軍隊のようなシゴキ」が、特別な人間をつくらなくてはいけないプロ野球の二軍には、必要なのかもしれない、という著者の考えが書かれているように思われるのですが、僕には「それでは納得できない選手たち」の気持ちもわかる。
スター選手だけではなく、苦労人も多く、けっして高待遇とはいえない二軍のスタッフたちは、きっと、自分の野球人生に対して、いろいろと思うところもあると思うのです。

ロッテの二軍監督、高橋慶彦さんの話。

 昔もいまも、高橋の根本的な信念は変わらない。ロッテの二軍監督に就任したときにも、最初の挨拶で選手たちにそのことを話した。それは、自分の人生を大事にしてほしい、ということである。
「人生は一度きりしかない。その一度きりの人生で、きみたちはこうしてプロ野球のユニフォームを着ることができた。このチャンスを生かしてほしい」
 本当に人生が一度しかないとわかっていれば、誰でも死にもの狂いでやるはずだ。練習で手を抜くことなどできないはずだ。だが、実際には、おれはやっている。こんなに必死なんだと言いながら、結局は中途半端な練習しかせずにやめていった選手が多い。
「あくまで、ぼくの目から見たら、ですけどね。本当に悔いのない野球人生だったのか、これ以上はできないところまでやって、もうできないからやめたのか。そう聞かれたら、自分でもクエスチョンがつく人のほうが多いんじゃないですか」

選手たちに対して、「一度きりの野球人生なのだから、悔いを残さないように、完全燃焼してほしい。そのためには、キツイ練習に耐えて、自分を鍛えることが必要なのだ」と考えるのも、よくわかるんですけどね。
人間って、「可能性」を持っているときには、その「可能性が貴重なものであること」になかなか自分では気付かないものだし。


そうそう、この本のなかで、大久保博元・元西武ライオンズコーチが、自ら、あの「暴力事件」について語られています。

2010年の夏ごろ、菊池が門限の時刻を過ぎても寮に帰らず、遊び回っているらしいという評判が立った。
 大久保は、機会を見つけては「そんなことしてちゃダメだ」と、懇々と諭した。左肩を故障して、二軍の試合でも投げてないのに、夜遊びにうつつを抜かしている場合か、と。
「おまえね、ケガをしてんのに、門限破って出歩いてるんじゃないよ。身体を治して、練習もちゃんとやってさ、そしたら好きなことをしてこいよ。で、門限の前に帰ってくりゃあいいだろう。いまのまんまじゃダメだって」
 そういう自分は西武が日本一になった2008年のシーズンオフ、愛人関係にあった女性への傷害容疑で書類送検され、翌2009年に略式起訴されている。「おかげでチームに大変な迷惑をかけたおれだから、おまえにも言うんだ」と、大久保は声を嗄らして繰り返した。
「結果を出してもいないうちから出歩くのはやめろ。うまいことやれとは、いまのおまえには言えない。ダメだ、そんなんじゃ」
 こんなこともあった、と大久保が続ける。
「工藤さん(公康、2010年シーズンで戦力外)が雄星を食事会に誘って、僕が雄星の希望した日に寿司屋を予約したんですよ。そしたら、別の予定が入ったから欠席しますと言って、平気な顔してる。あのな、先輩やコーチに対してそういう態度はないだろう、工藤さんに謝っとけよって言ったんだけど、雄星はこたえたふうがない。逆に、なんで自分が謝らなきゃいけないのか、と思っていたようですね」
 やがて、菊池は大久保の注意に拒否反応を示すようになった。選手間で徴収されていた罰金について、大久保が菊池に問い質すと、いわゆる逆ギレを起こされ、強い口調でかみつかれたこともある。
「このときのことが、ぼくが選手から罰金を取っているかのように報じられたんですよ。実際は違うんだけどね」
 そして、7月11日の早朝6時半、“事件”は起こった。大久保が挨拶しなかった菊池をロッカールームに呼び出し、「そこへ座れ」と正座を命じる。「なんでぼくが座らなきゃならないんだ!」と菊池が激高して、怒った大久保は菊池の胸倉をつかみ、床に座らせ、左側頭部を平手ではたいた。これが、大久保の語る「暴行」のすべてである。

この行為、大久保さんは「ごくふつうの指導の範囲内だった」と認識しているそうです。
僕はこの本で、はじめて、「大久保コーチの側からみた、あの事件の経緯」を知りました。もし、事実がこの大久保さんの話のとおりであれば、雄星投手側にも少なからず「問題」はあったのでしょう。
そもそも、お互いが過ごしてきた野球人生とか「価値観」が違いすぎるふたりだったのかもしれないけれど……
タテ社会的な野球部で過ごしてきた人と、リベラルな野球部で過ごしてきた人では、同じ「野球」をやっていても、「理不尽に感じられるような厳しいシゴキや鉄拳制裁」への耐性は異なるのが当然でしょうから。


そして、まだ高校卒業直後の雄星選手にとっては、ちょうど自分の親くらいの世代の大久保さんは、「小言ばかり言って、すぐに威圧的な態度に出てくる学校の先生」のようにみえていたのかもしれません。
大久保さんのキャラクターというのは、「タテ社会での先輩の扱い」に慣れていない人にとっては、やっぱり、「怖い」だろうし、反発したくなったのかなあ。
それが大久保さんの立場からすれば、「ごくふつうの指導」であったのだとしても。


雄星選手がイメージしていた「プロ野球選手としての生活」と現実には、大きな落差があったはずです。
もちろん、雄星選手も、その世界に入ってきてしまったのだから、ある程度は「郷に従う」べきだったのでしょう。
多くの普通の新社会人が、そうしてきたように。
でも、コーチと「どうしても性格的に合わない」っていうのは、新人選手にとっても「悲劇」ですよね。


それにしても、「プロ野球選手になる」ことだけでも難しいのに「一軍と二軍の壁」があり、さらに「レギュラーと控えの壁」もある。
本当に、厳しい世界ですねプロ野球というのは。
だからこそ、多くの人が魅了されるのでしょうけど。


プロ野球チームの2軍は、まさに「人間ドラマの宝庫」だなあ、と思わずにはいられない本です。
鳴り物入りで入団してきた選手たちが、いつの間にか忘れられていくことも少なくない世界だし。

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