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琥珀色の戯言

【読書感想】【映画感想】のブログです。2016年8月より、『はてなブログ』に移行しました。

僕と妻の1778の物語 ☆☆☆


SF作家・牧村朔太郎は大好きなSFの執筆に空想を膨らませ、妻・節子と仲睦まじく過ごしていた。ある日、節子は腹痛に襲われ妊娠かと思われたが、朔太郎は実際は大腸がんに侵され余命1年であることを告げられる。妻の力になろうとするが空回りしてしまう朔太郎。しかし朔太郎は「笑うと免疫力が上がることがある」という医師の言葉から、毎日1編ずつ妻のために短編小説を書くことを決意する。

 自宅でDVDを鑑賞。
 久しぶりに竹内結子さんが観たいなあ、なんて思っていたのですが、うーむ、また死んでしまう役なんですね……

 この映画(「原作」の新書もですが)、登場人物たちは、みんな「癌で闘病している妻のために、1日1作、小説を書く」ということに対して、比較的スムースに受け入れています。
 まあ、物語中には、必ずしもそうではなくて、牧村朔太郎自身が「こんなことしかできない」と苦しんでいる場面も出てくるんですけど。


 でも、この映画を観た人は、ちょっと腑に落ちないと思うんですよね。
 「いや、夫が作家で、いくらその夫を応援してきた妻でも、『小説を書く』より、もっと他にやることがあるんじゃないか?」って。
 もちろん、僕もそう感じてしまいました。
 それって、単なる「自己満足」なんじゃないだろうか?
 それが「妻の闘病に必要なお金を稼ぐための仕事」であれば、致し方ないと思うんですよ。
 長期にわたる治療のあいだ、生活を保障してくれるような優しい世の中じゃないからさ。


 しかしながら、それが「妻を笑わせるための、妻だけへの作品」ということであれば、「そんな暇があるんだったら、ふたりで話でもすればいいのに」とか考えてしまいます。
 不躾ながら、作中に出てくる朔太郎の「小説」は、あんまり「面白くない」ですし。
 これは、この映画の脚本家の責任じゃなくて、原作の眉村卓さんの「1日1話」も、新書で紹介されていた範囲に関しては、僕にはあまり面白いとは感じられませんでした。
 不条理系の余韻を残そうとして、単にオチが不十分になってしまっているだけの「星新一劣化コピー」みたいなショートショートというような作品ばかりで。


 ああ、眉村さんほどのSF作家でも「妻との闘病生活」と「絶対に1日1話書かなければならない」という2つの大きなプレッシャーの下では、このくらいの小説しか書けないんだな、と僕は正直悲しくなりました。
 あれを「面白い」って笑うのは、けっこうつらい日もあったのではないかなあ。
 なんのかんの言っても、コンスタントに良質の作品を書き続けるには、生活と精神の安定というのが必要な作家のほうが、はるかに多いのでしょうし。


 ただ、この映画を観て、「なんだよ、妻が癌だっていうのに、美談のフリして現実逃避しやがって!」と考えたあとで、僕はちょっと振り上げた拳のやり場に困ってしまうのです。
「じゃあ、朔太郎は、節子にどうしてあげるのが『正解』だったのだろうか?」って。
 「そばにいてあげる」っていうけれども、それはなかなか難しいというか、実際、どんなに仲が良い2人でも、ずーっと毎日毎日、相手が側に張り付いているというのは、そんなにラクじゃないと思うんですよ。
 病院でも、介護が長い人などは、ずっと患者さんに話しかけるのではなく、ベッドサイドで本や雑誌を読んでいます。
 朔太郎という人は、「夢をみせてくれる人」ではあるのかもしれないけれど、ずっと話していたらけっこう疲れそうですから、むしろ、「少し距離を置ける時間」として、「小説を書くために席を外してくれる」というのは、ありがたいのかな、とか想像してもみるのです。
 「旅行に行く」とか「好きなものを食べてもらう」なんていうイベント系だって、毎日やるわけにはいきませんしね。

 
 僕の父親が昔、母親のお見舞いに来ていたときのことを思い出します。
 仕事を終え、自宅から離れた大きな病院まで来た父親は、せっかく来たのに、母親のベッドの横で、長時間「寝ているだけ」だったんですよね。
 わざわざお見舞いに来たっていうのに!
 ……などと当時まだ若かった僕は怒っていたのですけど、実際のところ、父親は「とにかく心配でそばにいなければとは思っていたけれど、そばに来てみたら、何をどうして良いのか、わからなかった」のでしょう。
 そして、僕自身も父親を責めて自分が悪くないことを確認したいだけで、「何をすべきか」を自分で考えようとはしていなかったのです。


 「死んでいく人に、家族は何ができるのか?どうするのが『正解』なのか?」
 それは、本当に難しい。
 淋しいと思う夜があれば、気分が悪かったり、痛みが強かったりで、周囲の人に気を遣うことがつらい夜もある。
 そういうのは、誰でもみんな同じなのです。

 
 なんかもう、映画の話からは脱線しまくりなのですが、映画そのものの内容については、「予想以上でも、予想以下でもない」というか、このキャスト、スタッフ、設定だと、こんな映画になるんじゃないかな、とあなたが予想した通りの映画です。

 安心感はありますが、人が死ぬ映画で安心させてどうする?とも思います。
 この映画のスタッフが泣かせよう泣かせようとすればするほど、逆に「これってそんなに凄いことなの?」と疑問がわいてきましたし、「病院では、節子さんみたいな患者さんは、けっして『特別』ではないのになあ」なんて考えずにはいられませんでした。


 それにしても、『僕と妻の1778の物語』って、タイトルそのものがネタバレですよね。
 だって、1778話までは、妻が絶対に死なないってことだから。
 まあ、そう言い始めれば、映画というのはだいたいの上映時間がわかっている時点でかなり「ネタバレ」ですし(最初の30分で主人公が死ぬ2時間の映画はありませんから)、もっと言えば、「人生」ってやつも、長くても100年くらいで終わってしまう「ネタバレの宿命」を持っているのかもしれませんね。


妻に捧げた1778話 (新潮新書)

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