琥珀色の戯言

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いねむり先生 ☆☆☆☆


いねむり先生

いねむり先生

内容(「MSN産経ニュース」書評より)
表題の「いねむり先生」とは、“最後の無頼派”と呼ばれた作家・色川武大(たけひろ)(1929〜89年)のこと。

 色川は本名で純文学を書くかたわら、阿佐田哲也の筆名で『麻雀(まーじゃん)放浪記』などの賭博小説を手掛け、“雀聖(じゃんせい)”“ギャンブルの神様”の異名を持つばくち打ちでもあった。

 伊集院さんが色川と知り合ったのは、亡くなる2年あまり前。2人で全国の競輪場を巡る「旅打ち」に出かけるなど、親しく過ごした。今回の作品は、その実体験を基にした自伝的小説だ。

 間近で見た最晩年の色川は、持病のナルコレプシー(眠り病)や幻覚・幻聴に苦しみ、執筆にも追われていた。だが、茫洋(ぼうよう)として、限りなくやさしい人だった。「盛りを過ぎたばくち打ちは、まぶしさがなくなる。でも、色川先生にとっては一番大切な作品『狂人日記』を書いていた時期。そのたたずまいは、最も文学者に近かった」

 この『MSN産経ニュース』の書評によると、この作品には、1つ、「大きなフィクション」があるそうです(ただし、ネタバレになるので、本を読んでら確認されることをおすすめします)。

 この「小説」を読んで、「伝説化されてしまった、色川武大というひとりの人間のナマの姿」が、僕にも少しだけわかったような気がしました。
 この作品では、色川さんと「妻を亡くし、アルコールとギャンブルに溺れた男(伊集院静さん)」の出会いと交流が描かれるのですが、伊集院さんは、亡くなった「先生」を過剰に美化することもなく、なるべく「ありのまま」に描いているように思われます。
 この小説には、ナルコレプシーという、突然眠りに落ちてしまう難病を抱えた人と付き合っていくことの「難しさ」と、色川さんの内面の孤独や病との闘いを覗き見ることもなく、「伝説の雀聖」として崇め奉る人たちへの困惑が、けっこう率直に描かれているんですよね。
 著者自身の、「ひとりで出かけてしまった先生」を、見捨てて帰ろうとしてしまったときのことも、包み隠さずに告白されています。
 そんなにドラマチックな出来事が起こるわけではないのだけれども、読み終えて、なんだか僕も少しだけ「救われた」ような気分になりました。
 ああ、この世界は、こんな人がみんなに愛されて生きていける場所だったんだなあ、って。


 それにしても、色川先生(あるいは、阿佐田哲也さん)の「世の中を見る目」と「こだわりのなさ」には僕も圧倒されてしまいました。

「先生」がテレビゲームをやっている少年を見かけたときのエピソード。

 先生が立ち上がり、女にトイレの場所を尋ねた。
 トイレに行く途中、少年の背後に立ってプレーを見学していた。
「上手いね」
 先生が言うと少年は照れたように笑った。
 そんなことしても何の役にもたたないのに、困ったもんです、と女が愚痴をこぼした。
「いや。こういうものはあとで役に立つものです」
 先生は女に言った。
 トイレから戻り、ほどなくやってきたもう一人前も先生は平らげて、ボクたちは店を出た。
 通りをあるきはじめると独り言のように先生が言った。
「テレビゲームというものも面白そうですね」
「なさるのですか」
「いや、したことはありませんが、あれでいろいろ工夫がいるらしいですね」
「一人で遊んで面白いんですかね」
「うん。遊びは一人遊びが基本でしょうが、あれは一人遊びじゃないでしょう」
「そうなんですか」
「ええ、今、日本全国でだいたい同じ時間に子供たちはあれをやるそうです。その様子を少し俯瞰すると、日本中の家々の屋根をはぐれば何十万人という数の子供が同じゲームをしてるようです。あれは皆と遊んでるんですよ」

 これ、最近の話ではなくて、1980年代後半のエピソードなんですよね。
 当時は、いまほどテレビゲームが一般的なものではなくて、多くの大人たちは、テレビゲームを「子供たちにとっての害悪」だと考えていました。
 あるいは、「あんなものをやるよりも、外で元気に遊べ」と言っていたのです。
 ところが、もうすぐ還暦を迎えようとしていた色川さんは、まるで、2011年の「子供たちとゲームとの付き合い方」を予言するかのような、こんな言葉を発していました。
 この発想の柔軟性!
 いやまあ、色川さんの場合は、単に「ゲームと名のつくもの一般が大好きだったから」なのかもしれないけれども。


 しかしながら、「なにものからも自由だった」ように見える(あるいは、思われていた)色川さんにも、内面にはさまざまなコンプレックスを抱えていたのです。

 二人して煙草をくゆらしていると、先生がぽつりと言った。
「顔にコンプレックスがあってね、おまけにこの後頭部だ。子供の頃から、よくからかわれてたんです」
――そんなことありませんよ。
 ボクはそう言おうとしたが、先生はさらに話を続けた。
「親とぜんぜん似てないんだよね。養子なのかって親に訊いたこともあるんだ……」
 そこまで言って先生は黙り込んでしまった。
 いつか本屋で見た先生の若い時の写真を思い出して、そんなことぜんぜんありませんよ、いつかKさんの奥さんも素敵な頭だとおっしゃってましたよ、と言いたかった。
 そこでボクはさっき似顔絵描きが言ったことに急に怒り出した理由がわかった。
 ちらりと先生の横顔を見ると、ひどく憂鬱になっているようだった。
 ボクはどう声を掛けていいのかわからず、ひとつ隣りのベンチに座っていた。

 容姿っていうのは、ずっと付き合っていれば慣れそうなものなのですが、自分のこととなると、どうしようもない面があって……
 還暦に近い年齢になっても、色川さんほど「自由そうな人」であっても、「こだわり」を捨てられないときがあるのか……と、40歳になっても容姿に自信が無い(というか、この年齢になっても、容姿にこだわる大人がいるなんて、10代後半くらいのころには想像もつかなかった……)僕にも、この色川さんの「悲しみ」が伝わってきたのです。


 「雀聖」とまで呼ばれた、勝つことへの執念と、「生きること」そのものすら投げ出してしまったかのような諦念。
 そして、他人への優しさ。

 先生は昔馴染みの知人や編集者とともに弥彦競馬場の特観席で競輪を打っていたという。
 特観席は眺望のよい所にこしらえられていて、レース自体も見易く、一般席のように夏の猛暑や冬の木枯らしに吹かれることもない。その上、いちいち自分で広場まで車券を買いに行かなくとも各部屋にメッセンジャーと呼ばれる女性が控えていて、専用の買い目表がついた封筒に現金を入れれば済む。的中した時もメッセンジャーの女性が払い戻しの現金を換金してきてくれる。
 その日、最終レースが終わってほどなく、先生と同行した人の中にはそのレースの的中者がなかったので皆が引き揚げようとすると、メッセンジャーの女性が的中者の払い戻しの金が入った封筒を持って来て、おめでとうございます、と言って、一人の男にそれを置いて行った。皆驚いて、その人を見た。よく見ると彼女のミスで、違う客の払い戻し金を置いていったらしい。封筒の中身をたしかめると結構な金が入っていた。皆は色めき立ち、これで今夜宴会をやろうということになり、とんだ拾い物だと喜んだ。
 その時、先生がぽつりと言った。
「その程度の金で、あの女の一生を傷つけるのもどうなのか」
 その一言で金は返されたという。
「先生らしい話だろう」
 Kさんが美味そうにウィスキーを飲みながら言った。
「そうですね。先生らしい話ですね」
「その話を先生に直接訊いてみたんだ」
「そうなんですか」
「何と言ったと思う?」
「さあ……」
「もう少し金額が多かったら考えてもよかったんだが、だと」
「ハッハハハ」
 二人して笑い合った。

 もちろん、他人の配当金を持ち去るのは「不正行為」ではあります。
 でも、ギャンブルで負けて、殺伐とした状況下で、「そんなことをしたら自分たちが捕まってしまう」というのではなく、「メッセンジャーの女性が責任を問われる」ことを想像し、いきり立っている周囲を「納得」させられる人は、そうそういないはずです。
 「メッセンジャーもひとりの人間である」ことすら忘れてしまうのが、「あたりまえ」なのに。
 
 そのあとのKさんとのやりとりが、また洒落てますよね。

 
 僕はこの『いねむり先生』で、色川武大さんの作品を、あらためて読んでみたくなりました。
 もちろん、『麻雀放浪記』をもう一度読み返してみたくもなったのですけど。


狂人日記 (講談社文芸文庫)

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麻雀放浪記(一) 青春編 (角川文庫)

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