琥珀色の戯言

【読書感想】【映画感想】のブログです。2016年8月より、『はてなブログ』に移行しました。

37日間漂流船長 ☆☆☆☆


内容(「BOOK」データベースより)
武智三繁、50歳、漁師。7月のある日、いつものように小さな漁船で一人、長崎を出港。エンジントラブルに遭遇するが、明日になればなんとかなるとやり過ごす。そのうち携帯電話は圏外となり、食料も水も尽き、聴きつないだ演歌テープも止まった。太平洋のど真ん中で死にかけた男の身に起きた奇跡とは?現代を生き抜くヒントが詰まった一冊。


この本を読み始めたのは、最近読んだ『奇跡のリンゴ』と著者が同じだったのと、短時間で読めそうな薄さだったから、なんですよね。
正直なところ、37日間漂流した船長が生き延びたこと、というのは、あの3月11日の大震災の後の僕にとっては、あまりにも「小さな物語」であるようにも感じてしまうのです。

「電話をかければ、そりゃあ助けに来てくれることはわかっているよ。だけど、俺はそれだけはしたくなかった。
 そうなったら、漁協だって何隻も船を出して、俺を探さなきゃいけなくなる。まだそんなに崎戸から遠く離れていなかったけれど、それでも俺自身が正確にいま自分の船がどこにいるかわからなくなっていたんだ。
 船が走っている分には、自分の現在地がわからなくなることはない。山タテ(陸上にある山などの2つ以上の目標物を使って海上での位置を知る方法)だってしているし、羅針盤も見ているから、どこからどっちの方角へこれくらい走ったから、いま自分がどのあたりにいるというのは正確に把握できる。
 流されて初めてわかったのは、自力で走っていないと、その見当をすぐに失ってしまうということだ。エンジンルームに滑り込んで作業をしているうちに、いつの間にか、俺は自分の船の位置がわからなくなっていたんだ。
 陸や島影は見えていたし、ちょっとでも船が走ってくれれば、自分の見覚えのある場所まで行けるという自信はあった。いや、たとえそこまで行けなくても、どこかの陸に船をつけられれば後は何とでもなる。
 みんなだって漁があるのに、こんなボロ船で漁に出た俺を捜させて、1日を無駄にさせたくなかった。それだけはできない。
 そんなことをするより、何とかして船を動かして、誰にも迷惑をかけずに崎戸に戻ってやろうと。そっちの方にばっかり考えが向いていた。
 まあそういう綺麗事ばかりじゃなく、これが大事になったらみんなの手前、恥ずかしいっていう、自分勝手な気持ちがあったのも確かだけどさ」

この本を読んでいても、「自分でなんとかしようとせずに、さっさと携帯で救助を求めていれば、こんな大事にはならなくて済んだのに……とか、つい言いたくなってしまうんですよね。「人に助けを求めるのが苦手」な僕としては、なんとなく気持ちはわかるところもあるんですけど。


それでも、僕はいつのまにかこの船長の「物語」に引き込まれて、幸運にも救助された場面を読んだときには、涙が出てきてしまいました。
同じような経緯で、救助されずに絶命してしまった人たちが、これまでに大勢いたのだろうけど、こうやって、「ひとつの命が救われる」というのは、すごく尊いことだなあ、って。

「死ぬことは、漂流し始めた最初の頃から覚悟していた。
 覚悟はしていたけど、いざそのときが来たら、どうしようもないパニックになるんじゃないかって。内心では、どっかで恐れてたんだ。
 ものすごい恐怖感が、湧き上がってくるんじゃないかってさ。
 映画とかでもそういうシーンがあるだろ。グアーッとか叫び出して、頭を壁に打ちつけたり。自分もそうなるんじゃないかって。
 だけど、そういうもんはどこからもやって来なかった。
 自分が死にかけていることはよくわかっていた。
 それが明日、いやいまこのときに来ても、ちっとも不思議はなかった。
 それなのに、何にも、どこにも、恐怖はなかった。
 それどころか、あんなときにでも、俺にはまだ楽しみがあったんだ」

「海の上にひとりぼっちで、自分の死に直面した人」の精神状態というのはこんなものなのか、と。
「死」が目の前にあると、人間というのは、かえって、「いま、生きていること」を実感せずにはいられなくなるのでしょうか。
もちろん、誰もが同じような心の状態では、ありえないのだろうけど。


大震災では、ほんとうにたくさんの人の命が失われました。
あれ以来、僕のなかで、「ひとつの命の重さの感覚が、麻痺してしまった」ように感じられるのです。
でも、この本のような「ひとつの命が大きな脅威にさらされながらも、取り戻される話」を読むと、少しだけ、「ああ、1万人とか2万人というような数字の大きさに圧倒されてしまうけれど、それはあくまでも「1万人の死者」ではなくて、「ひとりの死の1万人分の積み重ね」なのだという感覚が戻ってくる気がします。


病院で働いていると、「ひとつの命を救うことの困難さに比べて、それを失うのは、なんて簡単なのだろう」という無力感にとらわれることがあります。
こうしている間にも、たくさんの子どもたちが、飢餓で命を落としている。
その一方で、いまの状態のまま「すべての人が生きていける」ようになれば、たぶん、地球はパンクしてしまう。


ちょっと大きな話にしてしまいましたが、いまだからこそ、こういう「ひとつの命の物語」に触れてみるというのは、けっこう意味があるのではないかと思います。
とりあえず、この物語は「ハッピーエンド」ですしね。

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