琥珀色の戯言

【読書感想】と【映画感想】のブログです。

66年目の「8月6日」



僕は小学校時代、広島に住んでいました。
8月6日は、毎年「登校日」になっていて、体育館に集められ、黙祷を捧げ、こんな歌を「なんて暗い歌なんだ、こんなの歌うのイヤだなあ……」と思いながら小さな声で歌い、記録映画を観たり、被爆されたかたの話を聴いたりしたものです。


今年もまた、8月6日がやってきました。
世界各国の人々と日本人、そして、広島、長崎の人と、そのほかの日本人には「温度差」があるのはしょうがないのかもしれないけれど、年々、核兵器に対する恐怖感が薄れてきているのを僕は感じています。


世界には、何十回も人類を絶滅させられるだけの核兵器が存在しています。
もちろん、それなりの「安全管理」がなされているものだと信じたいのですが、日々稼動し、チェックされていたはずの原発でも、あのような事故が起こりました。
ヒューマンエラーの可能性、あるいは、何者かが悪用しようとする(というか、核兵器って「悪用」しかできないとは思いますが)ことも「ありえない」とはいえないはずです。
そういえば、先日亡くなられた、小松左京さんの『復活の日』という小説の設定は、当時の僕にとっては、そんなに「非現実的なもの」ではなかったんだよなあ。


藤原正彦さんの『日本人の誇り』という新書で、こんな話が紹介されていました。

 1999年末、アメリカのAP通信社は、世界の報道機関71社にアンケートを求め、二十世紀の十大ニュースを選びました。5位がベルリンの壁崩壊、4位が米宇宙飛行士による月面歩行、3位がドイツのポーランド侵攻、2位がロシア革命、そして何と第1位になったのが広島・長崎への原爆投下でした。これだけの非人道的行為を、息も絶え絶えの日本に行ったのです。

「原爆は戦争犯罪である」という点などは、深く頷いてしまいますし、原爆投下というのは、多くの日本人が思っているよりも、「世界を変えた出来事」だったのです。


それは「悲劇」という面だけではなく、多くの国が「核を保有することによって、自国の発言力を高めたい」と考えたり、原子力発電所が世界に建設されるようになる「契機」になったことも含めて。


日本人には信じられない話なのだけれど、世界には「自国が核兵器を持つようになった」ことにお祝いをする国だってあったのです。


村上春樹さんの「カタルーニャ国際賞スピーチ」の一部です。

戦後の日本の歩みには二つの大きな根幹がありました。ひとつは経済の復興であり、もうひとつは戦争行為の放棄です。どのようなことがあっても二度と武力を行使することはしない、経済的に豊かになること、そして平和を希求すること、その二つが日本という国家の新しい指針となりました。


 広島にある原爆死没者慰霊碑にはこのような言葉が刻まれています。


 「安らかに眠って下さい。過ちは繰り返しませんから」


 素晴らしい言葉です。我々は被害者であると同時に、加害者でもある。そこにはそういう意味がこめられています。核という圧倒的な力の前では、我々は誰しも被害者であり、また加害者でもあるのです。その力の脅威にさらされているという点においては、我々はすべて被害者でありますし、その力を引き出したという点においては、またその力の行使を防げなかったという点においては、我々はすべて加害者でもあります。


 そして原爆投下から66年が経過した今、福島第一発電所は、三カ月にわたって放射能をまき散らし、周辺の土壌や海や空気を汚染し続けています。それをいつどのようにして止められるのか、まだ誰にもわかっていません。これは我々日本人が歴史上体験する、二度目の大きな核の被害ですが、今回は誰かに爆弾を落とされたわけではありません。我々日本人自身がそのお膳立てをし、自らの手で過ちを犯し、我々自身の国土を損ない、我々自身の生活を破壊しているのです。


 何故そんなことになったのか?戦後長いあいだ我々が抱き続けてきた核に対する拒否感は、いったいどこに消えてしまったのでしょう?我々が一貫して求めていた平和で豊かな社会は、何によって損なわれ、歪められてしまったのでしょう?


 理由は簡単です。「効率」です。

あれから66年、「あの記憶」が風化しつつあるなかで起こった原発の事故。
僕は思うのです。
原発」だけを問題にすればいいのか?と。
もう、核による軍拡競争の時代ではないのかもしれないけれど、世界には、「人を効率的に殺すことにしか役立たない原子力」が、たくさん存在しています。
ふだん直接目にすることがないからといって、原発はNG,核兵器は必要悪、というのは、おかしな話だと思いませんか?


↑以前、教科書に載っていたのを読んで以来、忘れられない本。

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